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第11話 体調を崩した狼/うれしい狩人
「ぅ~……」
今日も体がだるい。昨日もその前の日もだるかった。風邪でもひいたのかって思ったけど、前に風邪をひいたときはこんなじゃなかったから違うような気がする。
それに、今日はお腹の下のほうまで変な感じだ。ジクジクするし、ほんのちょびっとだけどじんわり熱い気もする。
「でもお腹は壊してないし、ご飯だって全部食べたし」
風邪のときはご飯がおいしくなくて、あんまり食べられなくなる。そんなオレを見た兄貴たちは「チビだから風邪ひくんだよ」とかひどいことを言うんだ。
オレ、生まれてから三回しか風邪ひいたことないっつーのにさ。九番目の兄貴なんてムキムキのくせに、もう十回以上風邪ひいてるじゃんかよ!
「……ミチカには、バレてないよな」
毒リンゴを食べて倒れたオレのことを、ミチカはすっげぇ心配していた。せっかく治ったのに、今度は風邪ひいたかもなんてバレたら、また心配をかけてしまう。
それは絶対に嫌だ。だって、またミチカが悲しそうな顔になるのは嫌なんだ。
「……それに、せっかくちゃんとつがいになったのに、またできなくなるのも嫌だし」
体中をミチカにチュウチュウされるのが好きだ。オレだってたくさんチュウチュウするし、この前は初めてミチカのちんちんをモグモグした。……でかすぎて、先っぽしかモグモグできなかったけど。でも、ミチカはすっげぇ気持ちいいって喜んでくれた。
それからオレのお尻の中にリンゴの匂いがするヌルヌルを入れて、ミチカのちんちんが入ってきて……それだけで、すっげぇ気持ちがいいんだ。目がチカチカしてぶわってなって、体中から何かの汁がビューッて出ちゃうくらい気持ちいい。
それに、すっげぇ幸せな気分にもなる。これって、オレとミチカが“そうしそうあい”のつがいだからだ。“そうしそうあい”のつがいは、一緒にいるだけでも幸せな気分になれるんだって聞いていたけど、本当だったんだな。
「それにオレ、もっとミチカとつがいのこと、したいし」
だから風邪ひいたかもなんて、バレたくない。元々オレは頑丈だから、肉をいっぱい食べればすぐに治るはずだ。つーか、毎日ミチカのうまい肉を食べてるから、すぐ治るし。
そう思っていたんだけど、今回はちょっと違ったみたいだ。
今日もいっぱい肉を食べて、ミチカと一緒に片付けして、風呂に入って洗いっこもした。お尻の中も洗ってもらったし、ベッドに転がってからはミチカがずっと口にチュウチュウしてくれる。
うれしくてオレもチュウチュウ仕返したところで、お腹の下のほうがズクンって感じで熱くなった。ほんのちょびっとだったから、気のせいだと思ってチュウチュウしていたんだけど……。
「……っ」
今度はジワッて熱くなった。ぴょこんって立ち上がったちんちんのすぐ上ぐらいが、ジーンって熱い。それがだんだんジクジクしてきて、ピリピリに変わって、オレはチュウチュウできなくなった。
「シュウ?」
「……っ、なんでも、ない」
「そんなことないよね? ……もしかして、どこか痛い? 苦しい?」
慌てて頭をブンブン振ったけど、ほっぺたをミチカの両手でむにゅって掴まれた。ついでに「僕を見て」って、ちょびっと怖い声で言われてしまった。
「ねぇシュウ、もしどこか悪くしてるのなら、僕にちゃんと教えて?」
「…………お腹、ちょびっと、熱い」
「熱い? 痛いってこと?」
「ちがう。……なんか、ピリピリっつーか、ジンジンって、熱くて」
熱いって言ったせいで、もっとジンジンしてきた。我慢できなくはないけど、でもちょびっとしんどくなってきた気がする。
「……もしかして、」
「ミチカ……?」
ミチカの暖かい茶色の目がキラキラ光っている。メガネがあってもなくても、つがいのことをするときは、こうしてキラキラするんだ。
(きれいだなぁ。オレ、母さんの石と同じくらい、ミチカのこの目も好きだ)
ミチカの目は、母さんが一度だけ見せてくれたキラキラした石みたいだった。「これはお父さんがくれたのよ」って教えてくれた母さんは、すっげぇうれしそうに笑っていた。
母さんの真っ白な石は、お日様に当てると緑とか青とかの色が混じるんだ。それがすっげぇきれいで、オレにも特別な石なんだってわかった。
そんな母さんの石みたいに、ミチカの目が光っている。いつもは茶色だけど、いまは緑とか青とか、それにリンゴみたいな赤色も混じっていて、母さんの石よりずっとずっときれいだ。
「ミチカの目、すげぇきれい……」
「ん?」
あはは、ミチカの目、ぱちくりしてんの。メガネをしていないから、なんだかちょびっとかわいい。……すごくて強いミチカのことかわいいとか思うなんて、オレ、変なのかな。
「ありがとう。シュウの緑色の目もかわいいよ」
いっつも言われている「かわいい」なのに、なんだか照れくさい。
「かわいいシュウ、僕のシュウ、……ようやく効果が出てきたんだね」
「こう、か……?」
あれ……? 急に眠くなってきた。まだつがいのこともしていないのに、勝手に目が閉じてしまう。
ミチカのすっげぇきれいな笑顔を見ていたはずのオレは、その後しばらく眠り続けたんだって、目が覚めてから教えてもらった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
シュウが少し赤い顔ですぅすぅ寝息を立てている。お腹が熱いって言っていたけれど、下手に冷やさないほうがいいだろうと思って薄いブランケットをかけてやった。
「たぶん間違いないとは思うけど……」
そう思いながらも、やっぱり少しだけ心配になる。
シュウは十分すぎるくらい庭のリンゴを食べてきた。城のリンゴと同じくらい、強力な魔女の祝福――僕が祝福を与えたリンゴを食べ続けた。もしシュウが人だったら、胎ができるくらいの量は食べている。だから、きっと効果が出たに違いないと予想した。
「それでも、念のために医者に診てもらおうね」
そう言ってシュウのぷにぷにした頬を撫でたところで、入り口のドアを叩く音がした。
「待ちくたびれそうだったんだけど」
「無茶言うな。国境の森からここまで、どのくらい離れてると思ってんだ」
開いたドアの向こうには、小さい頃に城で見たときと見た目がまったく変わっていない医者の男が立っていた。
「こりゃ、腹ん中が変化してる最中ってところだろうな。はっきりとはわからんが、狼だからさすがに胎まではできないだろう」
「ラスキエンテは医者なのにわからないんだ」
「おまえが触診させないからだろうが。中を触りゃ一発でわかるってのに」
「僕以外がシュウの中を触るなんて、嫌に決まってるでしょ」
「あー、はいはい、わかってるから睨むな。眼鏡をしてても、そら恐ろしいのに変わりはないんだからな」
短い無精ヒゲが生えている顎を撫でながら、医者――ラスキエンテが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「そんなこと言って、ラスキエンテだって変な色メガネしてるくせに」
「おっと、忘れてた。おまえ相手に眼鏡は必要なかったな」
メガネを外すと、光彩が小さく丸い獣の目がはっきりと見えた。
ラスキエンテは母上の幼馴染みで、リンゴを食べなかった狼と人との間に生まれた珍しい人だ。
そう、祝福を受けたリンゴを食べずに人型の狼と人が交わり、そうして生まれた存在。獣の耳と尻尾は持たず、けれど獣のときの狼の目を持つ。明らかに人と違う目は人の世界では受け入れられなかったのか、生まれてすぐに魔女の村が母親ごと迎え入れたのだと言っていた。
(たしか母上より十歳は年上のはずなのに、昔からまったく見た目が変わらないんだよなぁ)
それがリンゴを用いないで誕生した特異な存在ゆえのことなのか、僕にはわからない。
ただ一つわかっていることは、彼はとても優秀な医者だということだ。人だけでなく狼の体にも詳しく、狼たちの間でも「先生」と呼ばれ慕われている。彼の弟子になり医者になった狼たちもいるけれど、シュウのいた群れには残念ながらそうした医者はいなかった。
そういうこともあってひと月ほど前、僕はナナヤのためにラスキエンテを烏で呼んでやった。
「狼側には、祝福のリンゴを食べても胎はできんと言われてる。それは最初に祝福を受けた白き狼が雄で、つがう相手が女性だったからだ。だから、このちびっこい狼に胎ができることはないはずだ」
「ナナヤにはできたけどね」
「あいつは人で受け入れる側だからな。それに特別強力なリンゴを食べ続けたんだ、男でも最初のお姫様並に影響が出やすかったんだろう。まったく、いつの間にか祝福のリンゴじゃなくて呪いのリンゴに変わりやがるとは、魔女ってのは面倒くせぇことをしてくれる」
「変なこと言わないでくれるかな。代々のお姫様たちは、ちゃんと心を込めて祝福してきたんだから」
「あー、わかってるわかってる。その祝福がちょーっと偏ってしまったってだけだろうからな。『愛し合うもの同士なら性別種族関係なく固く結ばれて当然』なんて、いまどき魔女くらいしか思わねぇってのに。そのせいで狼とつがった人の男に胎ができるなんて、とんだお伽話だ」
ボサボサの黒髪を右手でグシャグシャッと掻きながらも、ラスキエンテの漆黒の目は優しいままだ。
口は悪いし身なりを気にしないところはどうかと思うけれど、狼や狼のつがいにはすこぶる優しいところが気に入っている。
だから大事なシュウを診てもらうならこの人だと思った。ラスキエンテも僕のつがいになった狼に興味を持つだろうから、絶対にここまで来てくれると確信していた。案の定、丸一日はかかるはずの国境の森から半日弱でここまで来た。
「ま、胎はできなくても受け入れる腹ん中にはなってるだろうよ」
「じゃあ、もう精液を掻き出さなくてもいいってことか」
「おーおー、たっぷり仕込んでも腹を下したりはしないぞ。それ以上のことは、さすがの俺もわからんがな。なんたって受け入れる側の狼の症例は、ほとんどないからなぁ」
「でも、噂はあった」
僕の言葉にラスキエンテが片眉を上げて頷いた。
「あったな。しかし、それもお伽話程度のものだ。そのへんは魔女たちもよくわからなかったんだろう。ま、俺はそのあたりも含めて研究してるわけだが」
黒目がさらに優しくなったのは、おそらく弟子でありつがいである狼のことを思い出しているからだろう。
「研究って、あの子のためにでしょ。まさかあなたがそういう趣味だったとは思わなかったけどね。だって小さいときから育ててたんでしょ」
「うるせぇ。おまえにだけは言われたくねぇぞ。人型になれるってことは成体ってことなんだろうが、見た目だけなら犯罪者だぞ」
「うるさいな。僕はシュウが好きなだけなんだ」
「それを言うなら俺だって、…………あー、まぁこの話はいい。とにかく、人に似た現象が起きているってだけで詳しいことはわからん。ただ、健康に問題が出ることはない。なんたって狼の願いを叶えたリンゴだからな」
「それがわかればいいんだ」
大丈夫だと思っていたけれど、こうして信頼できる医者に太鼓判を押してもらえば、もっと安心できる。そのために、わざわざ遠い森から呼んだんだ。
「あ、これお礼代わりのお裾分け。僕特製のリンゴジャム」
たくさん作り置きしてあるリンゴジャムの大瓶を二つ、テーブルに置いた。材料はもちろん庭のリンゴで、シュウもたっぷり食べてきたものだ。
「おー。やっぱりおまえのリンゴじゃないとなぁ。あっちの森のリンゴは、もうほとんど祝福の効果が残ってないんだ」
「ってことは、リンゴはずっと食べ続けないとダメってこと?」
「いいや、そんなことはねぇな。一度腹ん中が変われば、それは死ぬまで続く。ただ、やっぱりリンゴの発情効果ってやつは大きいからなぁ?」
うわ、おじさんのニヤけ顔なんてどうしようもないものを見せられてしまった。
でもそっか、やっぱりリンゴでしか狼同士のように発情しないってことか。うん、いいことを聞いた。
狼はいつでも発情するわけじゃない。季節も年齢も関係なく交わりたがるのは人くらいなものだ。だから、本当は狼と交わりたい時期に互いにリンゴを食べるだけで十分なのかもしれない。
でも僕は、シュウにはいつでも発情してほしいと思っている。もちろん僕も、いつでもシュウに発情したい。互いに発情しないと交われないのなら、リンゴを食べ続けていつでも発情状態にしていたいと思っている。
これは僕だけに限ったことじゃない。現に人であるナナヤとつがったハルキは頻繁に庭のリンゴをほしがるし、人とつがいになった狼たちはもれなくそういう傾向にある。
それに口に出さないだけで、つがいになった人のほうもそれを望んでいるような気がするんだ。僕やラスキエンテは、まず間違いなくそうだしね。
本当に、人も狼も抱く欲望は底知れない。
「あんまりがっつくと、あの子に嫌われるよ?」
「うっせぇな。あいつは俺のそういうところにも惚れてんだよ」
「うわぁ、オジサンののろけ話とか、本気でやめてほしいんだけど」
「なんだ、羨ましいのか? あいつは狼らしく激しく発情したがるからなぁ、リンゴも毎日たっぷり食べるぞ? おかげでいつでも体はトロトロってやつだ」
「そんなこと言って、そのうち愛想尽かされても知らないよ」
つがう前は手を出すことにあんなに怯えてたのに、いまじゃすっかりデロデロの甘々だ。一人きりの存在だったラスキエンテにつがいができたのは喜ばしいけれど、おじさん臭いエロ話は正直いただけない。
しかも、最初から“祝福のリンゴ”を使いまくっていた確信犯だ。それに昔から道具を使うのが好きらしく、狼相手に使っていると聞いたときはとんでもない男だと思ったものだ。
腕はたしかなんだけど、そういうところは残念なおじさんだ。
「とにかく、あなたの見立てなら間違いないから、これでようやく安心できる。ありがとうございます」
「いいってことよ。初代の魔女の力を受け継ぐ子孫がいないってのは少しばかり惜しい気もするが、孤独な王子サマに大事な相手ができたってのは喜ばしいことだ」
「よかったな」なんて言いながらニカッと笑うラスキエンテに、「それはあなたもでしょ」と思いながらシュウのかわいい寝顔を見た。
あぁ、早く目が覚めないかな。そうして狼のつがいらしく、今度こそ掻き出さずにたっぷりと僕の匂いをつけたい。外側も、もちろんお腹の中も、たっぷりとね。
そんなことを思いながら、柔らかくておいしそうなシュウの頬を優しくむにっと摘んだ。
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