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【スピンオフ】ワケあり医者は狼青年を大事にしたい/1 弟子と医者
「先生、手紙が三通、届いてますよー」
「おう、テーブルの上に置いといてくれ」
「わかりましたー」
先生の返事のあと、奥の部屋から聞こえていた独特のゴリゴリというすり鉢の音がしなくなった。ということは、もうすぐ作業が終わるということだ。
テーブルに先生宛ての手紙を置き、愛用のペンを仕舞って買い出しリストをもう一度確認する。うん、とりあえず薬の材料はこれで大丈夫かな。あとは食材だけど、お肉と卵、それにバターも買い足しておきたいなぁ。コーヒーは……、少し控えておこう。
そんなことを考えつつ、休憩の準備を始める。
「今日は、ちょっと甘くしたタンポポ茶にしよう」
最近の先生はコーヒーの飲み過ぎだと思う。それも顔をしかめたくなるくらい濃いものばかりだ。新しい薬の調合がうまくいっていないせいなんだろうけど、あんなに濃いコーヒーをがぶ飲みするなんて、体がどうにかならないか心配になる。
だから今日はタンポポ茶にする。コーヒーとは味が違うけど、少し苦味があるからコーヒー好きの先生も飲んでくれる。
お湯を沸かしながら、棚に並んだ瓶からタンポポ茶を取り出して茶葉をポットに入れた。お茶請けには……、そうだ、昨日もらった焼き菓子にリンゴジャムを載せたものにしよう。
「このリンゴジャム、すごくおいしいんだけど、どこの店のだろう?」
先生宛てに届くリンゴジャムの瓶には、お店のラベルが貼られていない。もしかして誰かの手作りなんだろうか。
甘みと酸味のバランスがとてもよくて、何口でもぺろりと食べられる。物心ついたときからリンゴは食べているけど、こんなにおいしいリンゴジャムを食べるようになったのは半年前の誕生日からだ。
誕生日の日、先生がこのリンゴジャムを持って帰ってきた。「特別なリンゴジャムだ」と言った先生の顔が珍しく少し赤かった気がするけど、時別なものをもらえたことがうれしくて、先生の表情がどうだったかあまり覚えていない。
「だって、僕が先生の特別になったんだって実感できたからさ……」
特別なリンゴジャムをくれたとき、先生は「つがいになろう」と言ってくれた。
それからの僕は毎日が夢みたいで、何だかずっとふわふわしている気がする。それに最近は体がぽかぽかしていて、たまに頭がボーッとすることもあった。
やっぱり浮かれすぎてるのかな。でも仕方がない。だって、ずっと大好きだった先生と、……ラスキエンテ先生とつがいになったんだし、仕方ないよね。
「どうした、トウカ」
「あ、先生」
「顔が少し赤いぞ」
「大丈夫です。僕だって先生の弟子なんですから、病気かどうかくらい自分でわかりますよ」
少し眉を寄せた先生に、慌てて大丈夫だと笑いかけた。
僕は小さい頃から体が弱くて、随分と先生に心配や迷惑をかけてきたと思う。出会ったときなんて、ほとんど死にかけていたようなものだっただろうし。
でも大人になってからは丈夫になったと思うんだ。それに弟子としての知識も増えたし、自分が病気かどうかくらいはわかるようになってきた。
「ちょっと体がぽかぽかしているだけで、きっと生姜を使った薬湯が効いてるんだと思うんです」
「なるほどな。じゃあ、冷え性の薬湯として売り出すか」
「え!? 本当ですか!?」
「小せぇ頃から氷みたいに冷たかったおまえの手足がポッカポカになるってんなら、効果大だろう? きっと村のおかみさんたちにも喜ばれるぞ」
「そ、それなら、うれしいです……っ」
やった、僕の調合した薬湯が先生の役に立てる……! うれしくて顔がニマニマしてしまいそうになった。
「それにリンゴの効果も十分出てるみたいだし、そろそろだな」
「先生?」
「いや、何でもねぇよ。それより、この匂いは……、タンポポ茶か。あー、俺はコーヒーのほうがよかったんだがなぁ。それもとびっきり濃いやつな」
「駄目ですよ。最近ずっと濃いコーヒーばかりだったし、しかもたくさん飲んでたじゃないですか。あんなに飲んだら体に毒です」
「おっと、弟子に叱られちまったなぁ」
「先生」
「まぁ、大事なつがいに叱られちゃあ、言う事聞かないわけにはいかないか」
「だ、大事って……」
「ん? 間違ってたか? おまえは俺の大事な大事なつがいだろ?」
そ、そうだけど、でも面と向かって言われたら照れるっていうか……。
「つがいの言うことは、ちゃんと聞かねぇとなぁ」
そんなことを言いながら、先生が指の背で僕のほっぺたを撫でる。それはいつもされていることなのに、どうしてかいつもと違う気がしてドキドキしてしまった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
隣でスヤスヤと寝ているトウカを見るだけで、さっきまでの痴態が思い出されてどうにもニヤけてしまう。
今夜は性器の根本に射精止めの道具をつけたうえで、尻の中を存分に可愛がってやった。しばらく続けてきたからか、射精しなくても尻だけでイけるようになったのは喜ばしい限りだ。
「ま、そういうふうになるように道具を使ってんだけどな」
トウカは感じやすい体質らしく、射精止めをしないと何度でも吐き出す。そうすると体力がもたなくて、あっという間に夢の中だ。それじゃあ、俺とじっくりたっぷり楽しむことは難しい。
「なんたって、俺は王子サマいわく絶倫らしいからなぁ」
母親似の綺麗な顔でそんなことを言うあいつこそ、絶倫だと思うんだがな。
そもそもシモの手解きとして娼館に連れて行ってやった俺に「絶倫って嫌われませんか?」なんて言い放つとは、どういう了見だ。ま、男にとっちゃあ勲章みたいなもんだから、褒め言葉として受け取っておくことにしたが。
「魔女のリンゴの効果も十分出てきたみたいだから、そろそろだな」
トウカの尻穴をいじるのには触診の意味合いもあった。特別な魔女の祝福を受けたリンゴを食べ始めて半年あまり、ようやく効果が現れ始めたのがわかった。
その証拠に日中も体が火照っているようだし、何より尻穴が濡れるようになった。そう、男の尻穴だというのに、まるで女の性器のようにヌルヌルと淫液をこぼすようになったのだ。
「まさにリンゴの効果、これぞ祝福のリンゴの本領発揮ってところか」
人の国のお姫様に恋焦がれた白き狼が手にした祝福のリンゴは、人と狼という種族を超えて交わる奇跡を生んだ。狼を人型に変化 せしめ、互いの発情を促して深く交わることを可能にし、さらには子を成す奇跡さえも起こした。
そんな奇跡のリンゴは、いまだにこの国で美しくも禍々しい実をつけ続けている。それもこれも、魔女の力を受け継いだお姫様の子孫が祝福を与え続けているからだ。しかも最初の魔女と同等の力を持った王子まで誕生してしまった。
おかげで枯れる運命だった城のリンゴは見事に復活し、いくつかの森に残っていた祝福のリンゴたちまで完全に蘇った。
その影響は凄まじいもので、俺が知る限りでも狼とつがった人は二桁にのぼる。中には雄の狼とつがう男まで出てくるわ、さらには胎までできて子を孕む奴まで出てきやがった。
「とんだお伽話だよなぁ。というか、男が孕むなんざ、まるで呪いみたいじゃねぇか」
ま、本人たちが幸せなら構いやしない。何より祝福のリンゴの呪い、もとい恩恵を受けようとしているのは俺も同じだ。
「さすがの医者でも、種の違いの壁を突破する方法なんて知らねぇから仕方ない」
本来、人と狼とが恋をして交わるなんてことが起きるわけもない。いくら狼たちが人型になれたとしても、そこには歴 とした種の壁が存在するからだ。それをいとも簡単に突破できてしまうのが、祝福のリンゴってわけだ。
俺の調べた限りじゃあ、あれには人と人型狼の脳に作用する成分が含まれている。とくに生殖器やフェロモンに作用する成分が多く、それが狼のような強烈な発情を促し、異種を拒絶する本能を打ち消すんだろう。
これを人同士で使えば子どもを孕みやすくなることまではわかった。おかげでよその国では本当に奇跡のリンゴと呼ばれていて、とんでもない高値で取り引きされるくらいだ。
ただし、どうしてそうなるのかはっきりした理由はわかっていない。それに狼とつがった人の男に子を成すための胎ができるなんてのは、どんな成分が含まれていたとしてもあり得ない現象だ。
「まぁ魔女って存在がいるくらいだから、成分やら何やらは関係ねぇんだろうけどな」
そもそも魔女の力は人には理解できない領域だ。
「それに、俺みたいなもんまで生まれるんだから、世の中ってのはおもしろい」
たとえ人型の狼に惚れたとしても、たとえ交わることができたとしても、異種間で子を成すのは不可能だ。種も卵も作りが違うのだから当然だろう。だからこそのリンゴのはずなのに、リンゴを用いることなく狼の父と人の母の間に俺が誕生した。
まったくもって世の中ってのは不思議が溢れすぎている。
「そんな俺にも、ようやく一番ってやつができたんだ」
トウカの漆黒の髪を撫で、同じくらい艶々した獣の耳を指先で摘む。外側の黒毛も内側の真っ白な毛も極上の手触りになった。いまじゃあざっくり切れていたところなんて、まったくわからないくらいだ。
そのまま頬を撫で、唇を撫でる。かさつきなんて知らないくらい、すべすべな触り心地に口元が緩んだ。そうして首すじ、鎖骨を撫で、乳首は爪で弾き、臍は指の腹でぐるりと一周撫でた。一度も陰毛が生えない下腹を撫で、くたりとした性器を撫でれば、さすがに「んぅ」とむずがるような甘い声を出す。
「ヤラシイ声を出すようになったもんだ」
ニヤニヤしながら陰嚢をフニフニと軽く揉んで、太ももを開いて尻穴を確認した。
「……ん、傷はついてない。腫れてもない」
腫れてはいないが、この半年で散々いじってきたから穴の縁はすっかりふっくらしてしまった。
それに最初は小さく丸い窄まりだったはずが、いまじゃわずかに縦に伸びている。そのうち完全な縦割れになるだろうが、それはつまり俺にそれだけ愛されているという証拠で、誇らしいばかりだ。
「あぁ、やっぱり濡れやすいみたいだな」
ほんの少し縁を撫でただけで、ふっくらした窄まりがわずかに湿ってきた。このまま撫で回せば、またいやらしい音を聞かせてくれるに違いない。
だが、今夜はもうおしまいだ。
太ももからすね、ふくらはぎ、足の指まで撫で、どこも悪くしていないのを確認する。右足の小指はとくに念入りに優しく撫で、ついでにと持ち上げてチュッとキスをした。
すると、それじゃあ満足できないとばかりにフサフサの黒毛の尻尾が俺の股間をペシペシと叩いてきやがった。
「ははっ、無意識なんだろうが、可愛いことしてくれるじゃねぇか」
そのうち、たっぷりと可愛がってやるから待っていろ。あぁ、そのうちなんて話じゃないな、もうすぐだ。一度も匂いづけすらしていないおまえの腹の中に、俺の子種をたっぷりと注ぎ込むのは、もう間もなくだ。
トウカは成人した狼にしては体が小さい。背なんて、頭のてっぺんがようやく俺の肩に並んだくらいだ。この体でどこまで俺を受け止められるか……、あー、想像するだけで勃起した性器が痛ぇ。
「俺にも狼の血が流れてるってことだなぁ」
半分しか流れてないはずの狼の血が、早くつがいに種づけしろと訴えてくる。そう感じるたびに「祝福のリンゴなんて必要なかったか」と思ったりもした。
しかし、トウカの体を考えれば選択は間違っていないはずだ。本来性器として使われることのない場所をそういう目的で使うんだから、できるだけ負担が軽いほうがいいに決まっている。
それに獣のように互いに求め合ってこそ、つがいになったってもんだ。そういう本能的な発情は、半分しか狼でない俺には起こりえない。ということは、リンゴを食べて正解だということだ。
「トウカ、楽しみだな」
そう言って頬を撫でてやれば、いい夢でも見てるのか「ふふっ」とトウカが笑い返してくれた。
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