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【スピンオフ】ワケあり医者は狼青年を大事にしたい/4 医者の過去
自分は大変な病気なんじゃないかと怯えていたトウカは、胎ができたんだと伝えてから考え込むことが増えた。
やはりショックだったんだろうなぁ。いろんな覚悟をして狼とつがった人の男だって、ショックを受ける奴がいるくらいだから当然か。
そもそも、狼側に胎ができるなんて症例は俺だって初めてだ。噂には聞いていたが、まかさトウカがそうなるとは思わなかった。体のほかの部分を念入りに調べてもおかしなところはなかったから大丈夫だろうが、まったく心配がないかと聞かれればはっきりと頷くことは難しい。
「ってことは、王子サマんところもわかんねぇってことか」
あそこも受け身側が狼という珍しいつがいだ。可能性が無いとは言い切れない、が……。
「……俺が特殊な生まれのせいって可能性のほうが、高ぇだろうなぁ」
これまで俺と同じような奴に出会ったことはない。ということは、やはり俺は相当珍しい存在なのだろう。祝福のリンゴの影響と言えなくもないが、相手が俺だったがためにトウカの体が変化しすぎた可能性のほうが高いと見るのが妥当だ。
「まったく、あの人が言ったとおり、世の中にはおもしろいことが溢れてるってこったな」
昔のことを思い出しながら、しみじみとそう思った。
赤ん坊の頃から、俺は母親と一緒に魔女の村で暮らしていた。父親の狼と母親はつがい関係じゃなく、俺を孕んですぐに別れたそうだ。
というよりも、目的を果たしたから別れたというのが正しい。リンゴを使わずに狼の子を孕めるか気になって仕方がなかった母親は、とある群れで自分好みの狼を見つけ、媚薬香をしこたま匂わせて勃起させた狼の上に乗っかったそうだ。
そんなんだから相手の狼に好かれることはなく、母親も相手の狼に未練なんてまったくなかった。妊娠中に移り住んだ人の街で無事に俺を生んだ後、満足して故郷である村に帰ったのだと聞いている。
「我が母親ながら、なんつー女だ」
ま、随分と変わった人だったから、子どもの頃にこの話を聞いても驚きはしなかったが。
母親は魔女の村で生まれた、ただの人だった。というよりも、魔女の力を持って生まれる者は極端に数を減らし、俺が村にいた頃も数人しかいなかったはずだ。
魔女の力を持たない魔女たちは、古くから集めてきた膨大な書物を読み耽り、魔女の生業の一つであった医者や学者になる者が多かった。そのせいか、ちょっと変わった人たちばかりが住む村だったように記憶している。
当然、俺の母親も変わった人だった。学者寄りの医者だったらしく、とにかく探究心ばかりが目立っていた。その探究心が向いた先が祝福のリンゴの研究で、そこから“リンゴを使わずに人と狼の間に子は生まれるのか”という疑問にぶつかり、わからないなら自分でその状況を作ればいいと考えたらしい。まったくもっておもしろすぎる人だ。
その結果、獣の耳や尻尾を持たず、代わりに獣の目を持った俺が生まれた。俺を受け入れてくれた魔女の村の人たちは、なんておもしろい存在だと言って大層俺を可愛がってくれた。
「俺なんかより、あいつらのほうがよっぽどおもしろいと思うんだがな」
まぁ女ばかりが生まれる村で、久々の男ってだけでおもしろがられた気もしなくはない。
そうして俺は変わった奴らの中で育ち、溢れんばかりにあった書物を読み耽り、気がつけば母親と同じ医者の道に進んでいた。母親は俺が医者になったことについて何も言わなかったが、村を出るときに餞別だと言って“魔薬の手飾り”をくれた。
それはどんな毒も薬も身につけた者には害をなさないという魔女に伝わる道具で、母親の家に代々受け継がれていたものだった。手飾りをくれたとき、あの人は笑いながら「この世界にはおもしろいことが溢れている。それを見るのは楽しいことよ」と言っていたが、本当にそのとおりになった。
もらった手飾りは、いまでも重宝している。手飾りのおかげで猛毒に冒された狼たちにも直接触れることができるし、初めての薬を自分の体で試すことだって可能だ。いまもずっと身に着けている手飾りを見るたびに、あの人が母親でよかったんだろうなぁなんて思うことも増えてきた。
そんな俺たちの隣に住んでいたのが、王子サマの母親だった。
美人が多い魔女の中でも抜きん出て美人になると言われていたあいつは、村を出た俺のところに遊びに来たときに王様に出会って、あっという間に王妃サマになっちまった。
「あのね、体がビュビューンってして、心がキュキューンってしたの。あの人も同じだって言ってくれたわ。だからあの人と結婚するの」なんて言ったときのあいつは、たしかまだ十三歳だった気が……。
ってことは王様の野郎、とんだ幼児趣味じゃねぇか。その性質は立派に王子サマに受け継がれてんぞ。
とにかくそんなこんなで十七歳で嫁ぎ、成人してすぐの十八歳で自分そっくりの息子を生んだあいつは、もともと体が弱かったのもあって俺の診察を待つことなくあの世へ旅立ってしまった。まだ二十代の花ざかりだったってのに生き急ぎすぎだろうって、思わず空を仰ぎ見ちまったなぁ。
まぁ、そのうちまた村に戻って来ることだろう。魔女ってのは何度も生をくり返す生き物で、死んだ魔女は転生して村に戻ると言われている。そのせいで、村に住む魔女からは女しか生まれない。村を出た魔女が生んだ子は魔女の村には帰れず、男は転生することができない。
「そういう意味でも、村に迎え入れられた俺は相当珍しいってことだ」
いろいろ言われている話が真実かどうかはわからんが、そもそも魔女ってのは人とは別の領域の生き物だから絶対にないとは言い切れない。
王妃サマだったあいつが死んだあと、俺はあちこちを転々としながら弟子を取るようになった。
なかでも狼たちの医者については、割と真剣に考えるようになった。自分の体に半分、狼の血が流れていたせいかもしれない。狼をちゃんと診ることができる医者は皆無で、それは医者として看過できない問題でもあった。
だから狼の弟子を取り、せっせと医者の卵にして世に送り出した。薬の知識だけを教えた奴らもいたが、その中の一人がトウカの父親だった。
トウカの母親から息子を弟子にしてやってほしいと言われたとき、俺に否と言う選択肢はなかった。だから受け入れると返事を出したんだが、待てど暮らせど息子はやって来ない。こりゃ何かあったなと思った俺は、国境の森中を探して回った。
ようやく見つけた場所は俺の家とは真反対の森の中で、保護した後でどういうことだと母親に手紙を送った。しばらくして母親から「つがいを半殺しにした。申し訳ないが薬を少しわけてほしい」と返事がきた。
「狼ってのは強い個体以外を仲間だと認めにくい生き物だ。ってことは、トウカは新しい父親に疎まれていたんだろう」
おおよその推測はついたが、半殺しとはすげぇなと感心したもんだ。ま、それだけ母親はトウカを、トウカの父親を愛していたんだろう。同じくらい、新しいつがいのことも想っていることは容易に想像できた。
その後、トウカが元気になったことと俺の助手になったこと、それからつがいになったことは母親に知らせてある。つがいになったと手紙を送ったあと、「不幸にすれば殺す」という一文が届いたときには、さすがの俺もゾッとした。
いやだって、トウカの母親といえばこの国一番の女傑狼だぞ? いつの間にそんな冠をいただくまでになったのかわからねぇが、そんな女傑に「殺す」なんて言われちゃあキンタマも縮み上がるってもんだろ。
だが、天寿を全うするまで殺されることはねぇな。なぜなら俺は、一生をかけてトウカを守ると決めているからだ。
「それに胎までできちまったら、その先まで覚悟を決めるに決まってるだろ」
いくら胎ができたとはいえ、子ができるとは限らない。奇跡としか言いようのない存在の俺に、子を成せる子種があるとは思えないからだ。
ただ、絶対にない、とも言い切れない。それにトウマのほうは、子を成すための出血があった。
胎のできた男が、胎の準備が整うと出血することはわかっている。それは女のような月のものとは違って発情が近づくと起きるもので、出血量も本人が気づかない程度の場合が多い。
それもそうだろう。狼とつがった者が森の中で頻繁に血を流していては命に関わるし、もともと獣の狼も出血は少ないもんだ。狼のつがいになって起きる現象だっていうなら、狼に近い体の仕組みになっていてもおかしくはない。
ついでに言えば、毎回の発情で出血することもない。そのため狼のつがいになった男が子を生むこと自体、ものすごく数が少ない。だから王子サマの友達に胎ができたうえに子ができたことは、珍しい症例の一つと言っていい。そういうこともあって俺が直接診に行ったし、その後も様々な書物を取り寄せて学び直している。
そんな俺でも狼側に胎ができたなんて話は耳にしたことがなかった。
「俺みたいな存在がいるんだし、あり得なくはないか……。ま、トウカが孕んだとしても、なんとかなるだろ」
どうにもならなさそうなら、母親 に連絡するという手もある。変な人ではあるが、あの人の医者としての腕は超一流だからな。
「先生ー、タンポポ茶が入りましたよー」
「おう」
元気で可愛い声が俺を呼んでいる。大事なつがいに呼ばれちゃあ、何を置いても行くしかない。
袋詰めしていた薬を一旦仕舞って作業部屋を出た。歩きながら、「またタンポポ茶か」なんて言いながらも口は緩みっぱなしだ。
「俺はコーヒーのほうがいいんだがなぁ。それもとびっきり濃いやつな」
内心とは裏腹にそんな憎まれ口を叩けば、トウカがぷぅっと小さく口をすぼめた。
「だから、先生はコーヒーの飲み過ぎですって。それじゃあ体を壊してしまうって、何度も言ってるじゃないですか」
ちょっと膨れた顔もすこぶる可愛い。
トウカとつがいになってからというもの、余計に可愛く見えるもんだから俺の理性と本能はいつも戦いっぱなしだ。プクプクの頬なんて、いますぐ食らいつきたいくらいうまそうだし、ピンと立った耳にも齧りつきたい。なんならいますぐ服を引っぺがして……。
「先生」
しまった、昼間っから不埒なことを考えてたのがバレたか? 堅い声に少しばかり身構える。
「僕、体が変わったこと、後悔してませんしショックも受けてませんよ」
「……しかし、何か考え込んでただろ?」
「まぁ、少しは驚いたというか、そういうことも起きるんだと興味深かったというか……。僕だって先生の弟子ですから、一つの現象として興味深いなって思ったんです」
「なるほどな……」
トウカのやつ、どんどん俺に染まってる気がする。ベッドの中のことなら喜ばしい限りだが、医者の面でも似てくるっていうのはどうなんだろうか。しかも、俺というよりは母親 のほうに近づいているというか、…………いやいや、それはさすがに恐ろしすぎる。
「僕、先生の子どもなら生んでもいいって、結構本気で思ってることに気づいたっていうか……。こんな僕のこと、引いちゃったりしないかなぁって、心配になったっていうか……」
「そんなことばかり考えてしまってたんですけど、さすがに言い出せなくって」なんて言われて、平静でいられる奴は男じゃない。
こりゃもう、つがい冥利に尽きるってことで間違いない。こんなことまで言われちゃあ、あとはもう仕込むしかないだろ? そりゃあもう優しく丁寧に、トロトロでグチャグチャになるくらいに、「もう無理」って言われるくらいに。
「……先生、僕、……先生と、ちゃんとつがいに、なりたいです」
よし、これはもう「お腹いっぱい」って泣くくらい仕込む。むしろ溢れ出すくらい仕込む。グチョグチョ音がするくらい仕込んで、それでもグポグポいやらしい音が響くくらいヤる。
急ぎの薬は全部調合し終わったし、診察予定も五日間はない。たまには連休ってのも悪くないだろう。
「トウカ、これからちゃんとしたつがいになるか」
あー、若干声が上ずってしまった。
チラッと見たトウカはそんな俺の恥ずかしい声に気づかなかったのか、真っ赤にした顔でコクンと頷いてくれた。
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