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悪魔の片鱗

これは何かの間違いだろう。二度も同じ失態をしでかす程馬鹿ではない。だが何故両腕が拘束されているのか。毎朝目覚める度見える景色と、一つだけ例外であるその背中。 「あ、起きた?」 振り返った男は、陽向に覆い被さると額に優しくキスをする。それは瞼、頬に落とされ、朦朧とする意識を徐々に覚醒させようとしているのだ。 「…なんでお前が家にいんの?」 「忘れたんですか?あなたが連れて来てくれたのに」 「はあ?んなわけねーだろ。…っ、頭痛え…」 昨日は和一と約束していた日だった。だが時間になっても彼は現れず、陽向は一人レストランで待ちぼうけを食らって最悪な一日だった。その後確かコンビニで酒を買って公園で寂しく飲んでいた記憶はなんとなくある。 「いいからこれ外せ」 腕には馬鹿にしているのかピンクのふわふわの着いた手錠がベッドのフレームに掛けられている。手首は傷つかないが屈辱的だ。 「ダメです。俺も外せるようになればいいなあとは思ってますけど、まだあなたは暴れるでしょ」 「当たり前だ。結局体目当てのクソ野郎って訳か」 「まあ勿論体も目当てではありますけどね。ちょっと色々ムカついてたんで」 静かに雨音は微笑むが、その目は笑っていない。心底震え上がるような暗い執着が渦巻いている。その長い指先がそっと頬に触れて、陽向は体を強ばらせた。 「ムカついたって…なんの話?…なんもしてねぇだろ」 心臓が太鼓のように鳴り響く。笑顔がその顔からスっと消え去るのだ。 「俺に話してくれたよね。『和が来てくれなかった、ずっと待ってたのに』…って。口を開けば和、和、…うぜえくらいにあの人の事ばかり」 普段の爽やかさから程遠いドスの効いた声は、脳みそを揺さぶるほど深い。 「…そんなこと言った記憶はない」 「そうですか?約束すっぽかされてメソメソ子供みたいに泣いてたくせに。」 「うるせえな。…別にすっぽかされた訳じゃない、多分何か用事があったんだよ。」 それに半ば強引に約束を取り付けたのだ、何か予定があったのかもしれない。それか健二郎に伝えた時間と場所が間違って伝わったか。 「用事があるにしろ電話くらいするでしょ。」 「俺の番号多分知らないだろうから…」 「でもあなたの番号サイトに載ってますよね?仕事用にしろ普通掛けてみません?単純に連絡してまで関係を保ちたくなかったんでしょ」 今まで散々『和一に嫌われている』ことを自覚していたが、それをどこか認めようとはしなかった。雨音はそれを促すように「和一さんは陽向さんのこと嫌いですよ」と追い打ちをかけるのだ。憐れむように髪を撫でる指先は、陽向も気が付かぬ気持ちに『諦めろ』と言っているようである。 「…んな事言われなくても分かってるよ。別に…腐れ縁というか、知人というか…」 「俺なら、…あなたが欲しいもの全部あげられるのにどうして?」 「バカ、驕ってんなよ。和とどうこうなりたい訳でもねぇし。俺は今も昔も金以外要らねぇって―」 雨音はその言い訳を全て聞き終わる前に、強引に陽向の口をその口で塞いだ。口内を犯す舌が歯肉をなぞるように蠢いて、反射的に噛んだ。ガリ、と柔い唇は簡単に切れてすぐに口の中に血の味が広がっていく。 「…いったいなあ…。噛む事ないじゃないですか。一応俺明日撮影なんですけど」 一粒落ちた血は陽向の頬に筋を作り、口紅を塗ったように赤い唇をべろりと舐める。それは情欲を刺激するような魔力が漂って、陽向は思わず視線を逸らした。 「…んなもん知るか。俺に好きになって貰えるよう頑張るんじゃなかったのかよ」 「もちろんですよ。でもこうしてあなたの気を引いておかないと、ね?」 その両手は陽向の首筋から徐々に下っていく。シャツ越しに肉を拾うように、じっくりと形を確かめているのだ。弧を描くように胸部を撫で回し、その気持ちの悪い快楽から逃れようと体を捻る陽向を見下している。 「…っ、やめろ!」 「思ったんですけど陽向さんって敏感ですよね。まだ何もしてないのにビクビクして可愛い」 頭の中のスイッチを勝手に切り替えられていくのだ。触られた肌が熱を帯びてもどかしさが腹の奥で煮え出す。荒い呼吸から声が漏れぬよう奥歯を噛み締めるが、その手は脇腹、浮き出た骨盤を淫らに撫で回し足の付け根に下りてくる。男ならば理性が効かなくなることもあるだろう。 「…嬉しいです。俺に触られてちゃんと反応してくれるんだ」 ワイシャツのボタンを丁寧に外して肌を露出させる。そして手際よくベルトをあっという間に外すのだ。陽向は乱れた呼吸をどうにか押さえつけ、「マジでやめろ。…レイプだぞ」とぎっと睨みつける。だが雨音はその言葉を聞かず、ズボンのファスナーをゆっくり下ろした。 「なんでもいいでしょ。ふふ、またお漏らししたみたいになってるけど」 「…ぅ、さわ、んなボケ…ッ」 弄ぶように陽向の体が一番触って欲しい所を羽でなぞるようにそっと触れ何度も往復する。それは欲する悦びには及ばず、陽向のどうしようも無い部分が『もっとして欲しい』と理性に揺さぶりをかけるのだ。 「陽向さんは優しくされるより乱暴な方が良かったんでしたね」 雨音は意地が悪く張り詰めたそれを指でパチンと弾く。 「あっ、…ぐ…」 背筋が弓なりに反ってつま先まで痛みと快楽が駆け抜け、体に籠った熱がグラグラと煮詰められていくようだ。 雨音は乱暴に下着を剥がして今にも弾けそうなそれを見てご満悦の表情だ。その薄い唇がふっと息を吹きかけただけでビクビクと痙攣した。 「本当はヤッちゃいたいけど、今日はお口でしてあげますね」 舌をべっと出して、粘ついた唾液を先に落とすとその赤い口内へ誘うように飲みこんでいく。 「い、嫌だっていってんだろ!…やっ、やめろ!」と阻止するのは口だけで、体はその熱い口の中でブルブルと震えているのだ。その馬鹿力で鼠径部(そけいぶ)を固定され、ただ与えられる暴力的な快楽を受け入れる。 「…っ、ぐっ、…」 できるだけこの男を喜ばせぬよう陽向は声を殺した。だがその状況は自身の欲を刺激するだけである。下品にわざと音を立ててその肉厚な舌は絡みつく。泡立ったそれは視覚すら犯して、着実に理性を快楽で押し潰してしまう。 「あっ、あま、音、マジで…や、ヤバいから…口、離せ」 その静止を聞くことの無い男はヒルのように吸い付いて、陽向を絶頂へと導くのだ。 「…ぁ、あっ…ぐ、…」 喉が引き攣り、電流が背骨を駆け抜けた。脳みそがドーパミンでヒタヒタになっていくと、温かな口内に汚い欲望を排出する事にほんの一瞬幸せに似た何かを感じる。 雨音はゴクリとそれを飲み干して、口の中を陽向に見せると 「トイレ借りていいですか?ヌいてきます」と聞いてもいない情報を置いてさっさと立ち上がった。 その背中をぼんやりと眺める陽向は、(あー、やっちまった…)と手錠に繋がれたまま余韻を過ごすのだった。 「そこ座れ」 ベチャベチャの下半身で威厳など全くないが、陽向はできる限り低く威圧的にその男に言いつけた。 「…はい」 でかい体を縮めて正座する雨音の右頬には赤い手形がくっきり付いている。本当はグーパンしたいところだが、撮影があると言っていたので掌で勘弁してやった。 「何か言うことあるか?」 「うう、ごめんなさい。」 その素直さが暴走したのは言うまでもないが、それでは陽向の気が収まらない。治りかけていた手首の傷がジクジクに膿んでしまって、せっかく和一が貼ってくれた絆創膏も剥がれてしまっている。 「やめろって言ったよな。挙句の果てに他人の家の便所でマス掻くってどういう神経してんだ」 「流石にあなたの目の前でしちゃったら、それこそ我慢が効かなくなると思って…」 しゅん、と肩を落としているが、流石に陽向も騙されない。この男はそうする事で陽向が何も言えなくなると分かってやっているのだ。実際陽向はその姿をどこかで可愛いと感じている。 「で?言いたいことはそれだけ?…だったらとっとと帰んな」 「…はい、陽向さん、…ごめんなさい。あと好きです。」 流れるように『好き』と言った男に、陽向の先程までの虚勢と威厳は簡単に壊される。トボトボと玄関に向かい、チラリとこちらに視線をやってしょぼくれた背中。バタン、と扉が閉められた後も陽向は良心を弄ばれている気分である。 (…ぐ、こいつ) 計算尽くで発言して、先の先まで見越したずる賢い男に目をつけられた。きっと飽きるまで陽向は振り回される。 「もう、酒飲まない…」と自分自身に禁酒宣言をして、ぐったりと汚れたベッドに倒れ込むのだった。 そのマンションの四階、一番奥の角部屋に掛かった『雨辻』の表札。インターフォンを鳴らそうと伸びた人差し指が躊躇って陽向は体ごと倒すように押した。 「じゃあまた来ますね〜」 カーテンを潜って笑顔でそう出ていく常連客を見送って片付けに入る、それを見計らったように太い腕は肩を掴んだ。 「ひーちゃんちょっといい?」 「なに?いいよ」 その男らしい眉は八の字に下がり、不安そうに視線がキョロキョロと動いている。彼は客が途切れたタイミングを伺っていたのだろう。陽向を椅子に座らせると、焦らすことなく本題に入る。 「和一と連絡取れないのよ。」 「…え、そうなの?」 脳裏に過ぎるのは一人では多すぎる料理と公園で飲んだ安い焼酎の味だ。そして体を好き勝手弄ばれた強烈な快楽。胸の痛みと抗い難い悦びが同時に押し寄せて、苦いのか甘いのかも分からぬぐちゃぐちゃの心身。 そしてそれらを与える張本人達はどちらも音沙汰がない。 「電話かけても無視、…実は今日店番頼んでたんだけどそれもすっぽかされて…何かあったんじゃないかしら」 たしかに陽向との約束を守らないのはまだ分かるが、店番をすっぽかすなんてことは彼の性格上有り得ない。健二郎が心配する気持ちも分かる。 (病気で倒れてたりしねーよな…?いや、あの女と暮らしてるんだからそれは無いか) 「ひーちゃんもう今日は予約無いでしょ?悪いんだけど様子見てきてくれる?」 「ええ、…俺?」 健二郎はギロリと陽向を睨みつける。彼はこうなれば聞かない。陽向が行くと言うまで拘束するだろう。 「よろしくね。一応お弁当作ったの。これも持って行って」 「……わかったわかった」 可愛い紙袋を預かって、陽向は和一の住所を聞いてそそくさとスウィンドーを後にした。 がちゃりと重い扉がゆっくり開かれる。それは数回ベルを鳴らして諦めかけた頃だった。 薄暗い扉の向こうから頭を出したのは顔色の悪い男である。(死んでなくて良かった)とひとまず安心だ。 「…外崎…。何しに来た」 かすれた声は覇気がなく、疲れ切った様子で項垂れる和一は開口一番そう言った。約束をすっぽかした挙句心配してやって来たというのに、陽向は思わずムッと口を曲げる。 「様子見に来ただけだけど?中入れろ」 強引ではあるが、陽向は玄関の扉をこじ開けると体をねじ込んだ。和一は小さくため息をついただけでそれ以上何か言うことも無く、のそのそと廊下の奥に消えていく。 (…なんだよ)と毒づくが、和一の様子がおかしい事に気が付かない訳がない。玄関は和一のものとあの女の趣味の悪いヒールが転がっている。どれもこれも踵が揃わずぐちゃぐちゃだ。 陽向は和一の後を追いかけるようにズカズカと上がり込んで奥の扉に手をかける。 「…お前マジでどうした?何かあったのか?」 何がどうなってそのようになったのか陽向には理解できない。散乱した服、ひっくり返ったテーブルとは裏腹に二つの椅子だけがしっかり自立している。そのひとつに和一は座ってタバコをふかしてぼーっとしているのだ。その下に山積みになったビール缶は彼がどれほど精神的に参っているか容易に分かる。 「和?…大丈夫か?」 「…何が」 緊張する右手はその肩にそっと触れようと試みるが空に浮いたままである。 「何がって、…何かあったんじゃねーの?」 「ああ、お陰様で。お前の思惑通り滅茶苦茶だ。祝いにでも来たのか?」 どこか投げやりで、乱暴な物言いはやはり和一らしくない。彼は常に冷静である筈だ。 「…なんだよそれ。祝い?なんの事よ。ケンジくんが心配してた」 陽向は弁当の入った紙袋を差し出すが、和一はそれを受け取らなかった。 「ああ、叔父さんか。じゃあ俺は大丈夫だからもう帰ってくれ」 「そういう訳にはいかねぇだろ!…部屋もこんなになって…」 陽向はテーブルをよいしょと持ち上げ正しい向きに直そうとするが、何が気に入らないのか「触るな!」と怒鳴りつけるのだ。…男の怒鳴る声はどうも苦手で意図せず体が萎縮し、持っていたテーブルの足を離してしまう。再び転がったテーブルは冷静さを和一に戻した。 「…悪い。怒鳴るつもりは…」 「…ああ、うん」 陽向はどうしていいのか分からず言葉を探した。恐らく玲実と何かあったのだろう。それは彼の左手の薬指から指輪が消えていたからだ。陽向は無意識に(良かった)と思ってしまう。その瞬間に、『和一さんは陽向さんのこと嫌いですよ』と悪魔の囁き声が聞こえる。 「…」 バツが悪そうに和一はテーブルを元に戻して、ゆっくり座り直す。陽向も何となく席について、彼が口を開くまで待った。それが何分かかってもだ。陽向はこの沈黙が嫌いじゃない。やはり沈黙に耐えられないのは和一の方だ。 「…玲実を追い出したんだ」 「……追い出した?出ていったんじゃなくて?」 「…ああ」 それは意外だ。陽向はてっきり彼女が出ていったものだと思っていた。 「なんでか聞いていい?」 和一は玲実にはとても優しくて、大切にしていた。それなのに追い出した、となるとそれなりの理由があるだろう。そこまで陽向が踏み込んでいいのか分からなかったが、案外和一はあっさり教えてくれた。 「浮気だ」 「……あ〜、ナルホドね…」 「この間お前の待ち合わせ場所に行く途中、玲実が知らない男とホテル街を歩いているところを見てしまった」 「それでどうしたの?」 「…その場で一悶着」 つまり陽向が待ちぼうけを食らっている間、和一は修羅場を迎えていたわけだ。単純に陽向と食事に行きたくないという訳ではなかった事に喜びが足先から滲み出る。 「俺無理やり誘ったから嫌すぎて来なかったのかと思ってた」と本音がポロリと口から飛び出た。女々しいセリフはきっと今晩思い出して恥ずかしくなるに違いない。 「…連絡しようにも番号を知らなかった。叔父さんにも掛けたんだが…いや、言い訳は良くないな。約束を破って申し訳ない」 陽向には無い誠実さは目を細めるほど眩しい。陽向は昔から和一のそのような所が気に入っている。捻くれ者の陽向とは対極的だからこそその行動に興味が引かれるのだ。 「和って昔からそうだった。俺がギリギリアウトで提出物出した時『これは預かれない』って貰ってくんなかったよな。あの後数学の岸井にめちゃくちゃ怒られた」 「…そうだったか?」 「そーよ。お前に逆恨みしそうになったもん」 当時は理解していなかったが、あの長ったらしい説教が思い出になっている。増やされた課題に頭を悩ませて、また説教、高校三年間はなんだかんだで充実していた。もし戻れるならもう少し和一との接し方を見直せたはずだ。 「…お前こそ昔から変わらない。常に達観しているというか、人を見下したような…鼻に着くやつだった。当時から何故俺に必要に絡むのか分からなかったな 」 「それは…えーっと」 何故、と言われても深くは考えたことがなかった。ただいつも陽向の視線の先には和一がいる。 「お前と話したいやつなんてゴロゴロいただろう。それなのにわざわざ嫌っているやつに話しかける必要はない」 「…嫌ってなんかねぇよ!」 部屋に響いた陽向の声が思ったより大きくて、和一は目を丸くして驚いた。陽向は自分でも(何言ってんだ?)と戸惑ってゴホン、と咳払いをする。 「…多分喋りたいだけ?なのかもね。お前といると落ち着くし…」 「落ち着く?………落ち着く、か…。」 信じられないのか、悩ましげに眉を寄せる和一の反応は当然である。彼が嫌がることばかり陽向はしていたのだ。 「どうしてかは分からないけどね…」 「まあ、悪い意味じゃないなら別に構わん。…お前がそんな風に思っていたとは知らなかった」 綻んだその口元は優しく弧を描く。それは陽向がいつも遠くから眺めていたもので、自分には向けられないものだと思っていた表情だ。 (…あれ?なんだこれ) 鼓動が細かく、大きく刻まれる。それは息もできない程激しく、陽向は胸を押さえつけた。和一は「どうした?」と心配そうに席を立った。 「なんかめっちゃ痛い?というか心臓が暴れてる」 「…どういうことだ」 「俺が知るかよ。お前が悪魔的な笑顔を見せるからだろ」 胸がギリギリ締め付けられているのに、幸福に似た何かも混在している。それは金を手にした時や、性欲を発散させた時、美味しいものを食べた時全てと異なるのだ。 「………外崎…お前なあ」 「何気に和が俺に笑顔見せてくれたのって初めてだよな」 「…そうだったか?」 「うん。いっつも無表情か眉間にシワ寄ってる」 陽向がいつもの和一の表情を真似てみせると、彼は渋い顔をして「そんな顔をしているのか…」とまたシワを寄せる。 「あ、…連絡先聞いてもいい?ほら、何かあった時困るだろ」 「…それは構わないが…」 「お前のケータイ貸して」 和一は言われるがままスマートフォンを差し出して、陽向は手際よく自分のスマートフォンに着信を入れて、「登録しとけよ」とそれを返す。 陽向は目に見えて機嫌が良くなった。鼻歌を歌いたくなるような、スキップしたくなるような…誰がどう見ても浮ついている。 「何故嬉しそうなんだ」 「そんな事ない。ま、お前が倒れたりしたらケンジくん心配するじゃん。これは一応保険だから」 「……そういう事にしておこう」 「…えっと、もういい時間だからそろそろ帰るわ。」 陽向は健二郎から預かった弁当を渡して「これちゃんと食えよ」と釘を刺す。和一はやっとそれを受け取って陽向の見送りに席を立った。 「…あのさー、俺に言いたくないかもしれないけどその、辛いこととかあったら相談には定評のある陽艶時さんが話聞いてやるから」 「…ああ。ありがとう。気をつけてな」 「うん、じゃあまた」 玄関の先はしんと静かな住宅街が広がっている。本当はもっと色々な話をしたいと思ったが、疲れきった和一に変な気を使わせたくないので名残惜しいが帰るとする。だが心は分厚い雲が晴れたようだった。

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