水曜日。 春夏さんの家庭教師が終わった後、以前のように喫茶店に立ち寄る。 「いらっしゃいませ。」 もう案内されずとも、いつもの席が空いているのを確認して、そこに座る。 「お久しぶりです。 この前は連絡ありがとうございました。天宮さんから連絡来る事ないから、嬉しかったです。」 「迷惑じゃなかったですか？」 「迷惑どころかむしろ、機嫌良いねって春夏に言われるほどでした。」 「そんなに？」 「はい。 天宮さんと話すのが久々だったので。」 「首藤さん最近忙しいですもんね。」 「はい。就職は終わったんですが、就職先に行ったりとか、卒論とかでちょっと。」 「就職先って近いんですか？」 「近くはないですね。」 「じゃあ来年からひとり暮らしですか？」 「いえ、今は考えてません。 職場には許可取って、短時間にはなるけど、ここも続けて働かせてもらうんで。」 「それ大変じゃないですか？」 「多少は。 でも、後々はこの店を譲り受けたいと思ってるので、そのための経験です。」 「いろいろ考えてるんですね。」 俺は将来のことなんか、具体的には何も考えていない。 そこそこ楽しくて、プライベートを大切に出来る仕事であればいいと考えているくらい。 「それにこの辺りに住んでたら、天宮さんと会うことがあるかもしれないし。」 「それは別に……。」 こういう首藤さんの言葉の端々から、俺への好意が伝わってきて、嬉しいような恥ずかしいような。 「俺にとってはそこも大切です。」 「聞いてもいいですか？」 「はい。俺が答えられることならなんでも。」 「俺のどこが好きなんですか？」 「どこが……。どこが欠けても天宮さんじゃないので、しいていえば、すべてですかね。」 「すべて……。」 「春夏に優しく勉強教えてくれるところ、危機管理能力が低すぎるところ、思ってる事が顔に出るところ、あと優しいけど実は他人にそんな興味無いところとか。 あー、あとは、可愛くて、静かな空間が好きで、俺という人間には多少興味持ってくれてるところも。」 「……多いですね。 あと結構細かいところまでバレてる……。」 自分で聞いておいて、ちょっと恥ずかしい。 「まだまだありますよ。 どんな些細なことも、天宮さんのことは気になってしまって。」 俺も首藤さんのことは気になっているけど、純粋に人間として気になっているのか、恋愛の意味を含む気になるなのか、そこがよく分からない。 「友達として仲良くなりたいっていうのと、どう違いますか？ 友達でもほかの仲良い人に嫉妬する人はすると思うし、かっこいいとか可愛いとか、まああるじゃないですか。」 「俺は、天宮さん以外にかっこいいとか可愛いとか思ったことがないので、そのへんはわからないです。」 「……そうですか。」 「……あ。」 「ん？」 「喋りすぎましたね。すみません。」 「いえ、全然。 首藤さんから話してくれるようになって嬉しいです。」 「本当ですか？ 春夏から、お兄ちゃんはうるさいから嫌われないよう気をつけてって言われて……。喋りすぎてたら教えてください。」 「ふふ、出会った頃と逆になりつつありますね。」 最初は俺ばかり話してたのに、いつの間にか首藤さんからも話してくれるようになって、今は出会った頃を思い出せないくらい話してくれるようになった。 「確かに。あの時の俺、感じ悪いですよね……。すみません。」 「いえ、俺は最初から優しくて話しやすい人だと思ってました。」 「ほんとに？あの時の俺がですか？」 「はい。ちゃんと目を見て話してくれるし、相槌うってくれるし、説明の仕方が優しい上に分かりやすいし、感じ悪いって思わなかったです。」 「そう思って貰えてよかったです。じゃないと、きっと今こうやって話してないですもんね。」 「そうですね。」