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帰宅

キイチはクジャクと別れて家に向かっていた。 つい思い出してしまっていたクジャクの指先や唇の感触を、頭を振ってキイチはわすれようとした。 とにかく、ガラスの監視から逃げられた。 家に。 家族の元へ帰らないと。 「お父さんお母さんみゆこ」 キイチは家族を呼ぶ。 電車に飛び乗る。 キイチには現在の情報もクジャクによって注入されているので、これが昔の記憶の電車と違うのかが分からない。 キイチの記憶も今の時代に合わせて、服装や背景も改変されてしまっているのだから。 でもきっと違っているんだろう。 その時の流れが見て分からないことがキイチを焦せらせる。 40年だ。 40年。 家族は無事なのだろうか。 「お父さん、お母さん、みゆこ」 キイチは名前を何度も繰り返しながら、列車に乗る。 まだその駅はある。 駅というのはなかなか消えないものだからだ。 駅を降りてキイチは途方にくれる。 確かに。 ここは。 キイチの知ってる地元ではない。 キイチの記憶に補正がされているから、どう違うのかは分からないのだけど、違うことはわかる。 だが。 川は駅の近くに流れていて。 その川を頼りに家へと向かう。 この川の下流に小さな工場が並ぶ地域があって、そこにキイチの家兼父親の整備工場があったのだ。 工場は今でも並んでいた。 かなり数は減っていたけれど。 そして。 工場はあった。 だけどそれはキイチの知ってる父親の工場ではなかった。 確かに昔の工場の面影もあったけれど、半分は店舗のように改造されていた。 ガラス越しに見える店内は小型のバイクがいくつもならび、美しく改造されていた。 どれもが業務用に使われることで有名な小型バイクを改造したものだ、新聞配達や配達等に良く使われるあのバイクが、別の種類のバイクかのようにオシャレに改造されていた。 売ってるものとは違う美しい塗装、バーツもオリジナルじゃないものに。 見た目から全く違うバイクに変わっていた。 これなら元のカタチがわからないだろう。 整備工場の息子らしく、キイチはその改造の腕に感心したが、これは父親の仕事ではない。 父親の仕事は車の修理や車検で、こんな改造ではなかった。 それに、もう80過ぎている父親がまだ仕事をしているとは思えなかった。 誰かが、工場を買い取るかなにかして、その後にここで商売をしているのだ。 店には綺麗な英字のオシャレな看板があり、それは父親の工場の名前と何の関連もなかった。 ならば、工場の裏にあった住居部分がまだあるかどうかは分からないが、父親がいないことだけは確かで。 でも、まあ。 キイチも家族がそのままここに住んでいるとは思っていなかった。 何しろ40年なのだ。 だが。 工場の設備を流用していたり、バイクの仕事をしているなら。 前の持ち主である父親のことを知っている可能性はある。 キイチは迷わず店に入った。 店には白髪混じりの髪を後ろでくくった女性が赤いツナギをきて、オイルで黒く汚れた軍手をつけて、客から預かったのだろう中古バイクのオイルを交換していた。 店のロゴのはいったツナギとキャップ。 父親と違って、随分オシャレな感じだった。 「すみません」 キイチは声をかける。 作業中に声をかけるのは気がひけたが、何よりキイチには2時間しかない。 それくらいしかガラスの目からは逃れられないとクジャクは言ったから。 もう残り1時間と30分なのだ。 やれることは全てしないといけなかった。 女は顔をあげた。 目深に被ったキャップのせいで顔が見えない。 白髪から感じる年齢よりは、女性の身体は力強く、敏捷そうに見えた。 キャップの鍔で見えない女の顔が驚いたのが気配でわかる。 何より女は、驚くと同時に跳ね上がった。 女の肉体の反応速度の速さはわかった。 女の腕が構えを取る。 半身をきり、腰を落とし、敵に備えるように。 その構えを知っていた。 父親にならった構えだ。 この女は。 同じ流派の空手を使う。 恐らく父親が教えた空手だこれは。 女は父親を知っている。 でも、何故。 キイチを見ただけで、こんなに驚き警戒する? キイチは戸惑った。 「お前は何だ!!」 女は言った。 キイチは何て答えればいいのかわからない。 「何故、死んだ兄さんと同じ姿をしている!!」 女は叫び、キイチは理解する。 この女は。 みゆこ。 妹だ。

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