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第7話
本当に有り得ない。正に今からという場面で邪魔されるなんて。
凛太郎は呼び出されたスタジオに、不機嫌さを隠さずに乗り込んだ。
「やぁ、来てくれてありがとう」
急に呼び出してすまないね。と、綺麗に髪をあげた凛々しい一翠に労われたが、今日だけは上手く笑顔を作れない。
殺風景な部屋はパイプ椅子と長机があるだけだったが、奥に座っていた人物を見て目を見開いた。
携帯を弄っていた女性は、入ってきた凛太郎に目を向けた。その瞬間、味気ない室内に様々な色が溢れる様な感覚を味わった。
(あ、彼女か)
凛太郎の女友達も彼女のSNSを見ているので、話題にもよくあがっていたので知っている。
テレビにはあまり出ていないが、雑誌やネットでは常に取り上げられているモデルだ。
「彼女はRiaさん。君のこの仕事のパートナーだよ」
一翠の紹介を聞くと、彼女は素早くその場に立ち上がり、凛太郎に頭を下げた。
「Riaです。よろしくお願いします」
「あ、仲 凛太郎です。こちらこそ、素人なので迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
互いに挨拶が終わると、一翠がコーヒーを出してくれた。
「近くを通ったからって寄ってくれてね。もし会えるなら今すぐ会いたいってRiaさんから言われたんだよ」
お陰様で据え膳食わずに駆けつけました。とは言えなくて、貼り付けた笑顔でコーヒーを飲んだ。
「押しかけちゃって本当にごめんなさい」
「いや、いいんだよ。じゃあ、俺は別件で出るけど、後は任せるね。奥の部屋にスタッフもいるから、ここはそのままにして帰っていいから」
「いっちゃん、本当にありがとう」
Riaは慣れた風に一翠とハグを交わしていた。何が何だか理解できないが、もしかしてモデルの気まぐれなティータイムの相手をするために呼び出されたのだろうか。
口に触れているカップを噛んで割ってしまいたいと考えていたが、一翠が部屋を出たあと、Riaが凛太郎の目の前の席に移動して座った。
何か話し出すのかと待機していたが、彼女は両手を口元に触れさせたまま、じっとこちらを見つめている。
(これ、なんの時間…?)
人目を惹き付ける容姿は自覚しているので特に不快はないのだが、二人きりの空間でこれはなんだろうか。
「…えっと、Riaさんの事は友人達からよく聞いてます」
「え、ほ、ホントですか?」
「はい。どちらかと言うと、格好いい感じの写真とか多いですけど、プライベートであげてる写真って可愛らしいもの多くてギャップがいいとか、よく聞きますよ」
凛太郎自身は彼女のSNSは全く見ていないのだが。何か切り出したい時は相手を褒めるに限る。実体験で得た技術だが、彼女にも効いたようだ。
「わぁ…。凄く嬉しいです。やばい、泣いちゃいそう」
大袈裟に言っているだけだと思っていたが、彼女は両手で顔を隠して泣き出してしまった。
「あの、大丈夫ですか?」
鞄の中からハンカチを取り出して手に触れさせると素直に受け取ったのだが、ぼろぼろと溢れる涙を拭きもせずにハンカチを見つめている。
「えっと…。嫌じゃなければ使ってください」
モデルという仕事が多忙で情緒不安定なのだろうか。もしかしたら、二人きりで密室にいるのは危険なのか。と、かなり失礼な事を考えていたのだが、彼女は真剣な顔で「勿体ないです」と呟いた。
「…はい?」
「あの、自分のがあるので。私の汚れをつけるわけにはいかないので」
日本語のはずなのに理解できない。だが、彼女の凛々しい瞳は真剣だったので、ハンカチは返してもらった。
Riaは隣の椅子の上に置いていた鞄の中からハンカチを取り出すと、大胆に顔を覆ってしまった。
(…なんだ、この子。俺、もう帰っていいかなぁ)
呼び出された理由すらまだ分からない。ただ、泣いているモデルを眺めているだけだ。
「…Riaさん。そんな拭き方しちゃ、メイク崩れちゃうんじゃない?」
凛太郎の周りの女の子達は、とにかく四六時中メイクや髪型を気にしている。一般人ならまだしも、モデルならば良くないのではないかと声をかけたのだが、顔を上げた彼女のメイクは崩れていなかった。
(違う。元々の顔立ちが派手なのか)
「もしかして、ほぼ素顔ですか?」
「そ、そうなんです。さっきまで雑誌の撮影してたんですけど、全部とってしまって」
お目汚しですみません。と謝られた。その一言がおかしくて思わず笑ってしまった。
「あ、笑っちゃダメですね」
「はわわ、い、いえ!笑顔がご ご褒美です!ありがとうございます!」
「何言ってるのかさっぱりわかんないんですけど、Riaさんて面白い人だな。俺、こういうの初めてなんで、色々教えてください」
凛太郎が手を差し出すと、彼女は自分のハンカチで右手を拭いてから重ねた。
凛太郎を見送ったあと、玲はいつも通り自宅へと戻った。
狭いワンルームは部屋の半分がベッドだ。玲はリュックだけ床に落とし、ベッドへと倒れ込んだ。
手探りで枕を掴んで思い切り抱きしめ、顔を押し付けて叫びながら足をバタバタと振った。
「信じられない…」
すれ違う女の子達が必ず振り向く程爽やかな彼が、玲の恋人になりたいと言ってくれた。自分の事を好きだと。
「…俺、人生初の恋人できちゃった…」
枕を横へ投げ飛ばし、床に積んであった本を一冊掴んで広げた。それはお気に入りのラノベだ。
何度も読んでくせのついたページ開いて、主人公の恋が実を結ぶ場面を読み返した。
初めて読んだ時と同じくらい胸が弾んでいる。
相手は女性ではないけれど、素直に好きだと想える相手だ。
(そうか…。世の中の人達はこんな風に人を好きになって恋をしてるのか…。なんだか凄いな)
浮かれているせいか、頭の中がふわふわと落ち着かない。元宮を好きになって味わった感覚とは、また違う気がする。
まだ土曜日の午前中だ。今日は何をしよう。
洗濯と掃除はするにしても、ワンルームの掃除などたかがしれている。
(あ、凛太郎くんの部屋も掃除とかしてあげれば良かった…?いや、他人に勝手に家の中を触られるのは嫌だろうし。…恋人って、他人じゃないのか…)
友達よりも近い恋人という呼称にただのぼせあがっているのは自覚しているが、ベッドの上で悶えるくらいはいいはずだ。
友達として時間を過ごしていても楽しい彼と、もっと特別な距離で過ごして行けるならば、最高に決まっている。
生きてて良かった。大袈裟な喜び方をしている自分を知ることすら楽しい。
玲はとりあえず、仕事も休みだからと冷蔵庫からビールを出して一人で祝杯をあげた。
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