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第13話
実家が嫌いな訳では無い。
生み育ててくれた両親にも感謝はしているし、標準家庭よりも裕福に不自由ない境遇にも不満は無い。
ただ、苦手なだけだ。嫌いと苦手は違う。と、子供の頃から自分に言い聞かせてきた。
大学への進学を機に始めた一人きりの生活は、凛太郎にとって天国としか言えないものだった。
だからこそ、ここへ帰ってくるのは憂鬱になってしまう。
正面の門がやたらと高いのも、どこぞの宮殿のように洋風な造りの自宅も、昔よりも拒絶反応が出るようになった気がする。
久しぶりに足を踏み込んだ実家の玄関で凛太郎を出迎えたのは、家族でも使用人でもない人物だった。
彼は慣れた様子で凛太郎をリビングへと招き入れたあと、紅茶までいれてくれた。
「堀田さん…。姉さんの秘書なのになんでここに居るの?」
「直接お渡ししなければならない書類がありまして。心配なさらなくてもお暇するところでしたよ」
「俺は客じゃないんだから。終わったんなら早く帰りなよ」
「はい。凜々子様はもうじきおりてらっしゃいますよ」
「…うん。ありがとう。お疲れ様」
彼を玄関まで見送ろうとしたが、先に手をかざして止められてしまった。
リビングから出て行った彼を見送った凛太郎は、真っ白なソファに座り直した。
改めて眺めてみると、まるで異国のホテルのような家だと感じた。
広いリビングは母の好みに合わせていて、家具は全てが白で統一されている。
ごちゃごちゃと物を置き飾るのが嫌いな母なので、生活空間には見えないのだ。どこか他人行儀な空気を漂わせているせいで、ホテルにいるような錯覚に陥る。
早く自分の城へと帰りたい。ポケットから携帯を出した凛太郎は、愛しい恋人の写真を眺めて自身を慰めた。こっそり撮影した玲の寝顔。なんて愛らしいのだろう。
ついさっきまで一緒にいたのに、もう会いたくて仕方がない。
黒澤と元宮の自宅から直行したせいで、横には百貨店で購入した小ぶりの袋を置いていた。
さすがに出先の他人の家でプレゼントを渡すタイミングはなかった。手渡せないまま持ち帰る事になるなんて、悔しい。
「眉間に皺。感情制御は未だに出来ないのね」
高い天井に響いた声は、壁に跳ね返りようやく凛太郎の元へ届く。
「急に呼び出されちゃ当たり前だっての。俺、今夜はデートだったんだけど」
姉は何も聞こえていないようだ。ソファに座り置かれていた紅茶に口をつけて、一息ついたと言うように微笑んでいる。
「可愛い恋人ね。いいんじゃないかしら。男性ならば妊娠の心配もないし」
頭の処理が追いつく前に、背中にあったクッションの一つを姉に向けて投げつけていた。
命中すると思われたそれは、紅茶を飲む姉にあっさりと避けられてしまった。
「約束に背いたのは彼を手に入れるためね。良かったじゃない。それに飽きて別れたなら帰ってきなさい」
「何でだよ!」
「先に約束を破ったのはお前よ。凛太郎」
後悔先に立たず。頭にはそれしか浮かばない。上手く姉を納得させないと、玲と会えなくなってしまう。
「考えても無駄ね。悪いのはお前。嘘はつくなと何度言わせればわかるの。もう二十歳にもなるのに、幼い頃と何も変わらない」
もう、凛太郎は子供では無い。なのに、何故姉の前にこうしていると、自分が幼い頃に戻ったような感覚に陥るのだろう。
「イギリスのお父様のところに行って、学び直すというのなら許してあげてもいいわ」
それは、凛太郎が自分で選んだ大学へと進学したいと言った時に散々揉めた話だ。
「…済んだ話だろ、それ。俺は今の大学は辞めない」
「なら、マンションは解約してここへ戻りなさい」
「嫌だ…」
「そう。ならば支援無しで生活すればいい。私は優しいから学費だけはきちんと援助するわ。けれど、ほかは認めない。お前が甘い考えで決めたあのマンションにかかる費用を、自分で負担できないのなら戻りなさい。引越しは認めない」
いつもこうだ。自分の考え通りに動かない弟を前に、逃げ道をなくし追い詰める。
凛太郎は立ち上がると、紙袋を手に出口に向かった。
「あぁ、凛太郎」
呼び止められ、返事もせずに姉を振り向いた。
「子供ができない相手は遊びでしか認めない」
強く握りしめた拳を、部屋の壁にぶつけた。
最低だと思った。
物に八つ当たりする自分も、血を分けた姉も。
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