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泣きたくなるほどに青い空

※切ない/メリバ 「どうされました?」 眼の前の優しそうに笑う警察官に俺は云う。 「妻を殺しました」 見上げた空は 泣きたくなるほどに青かった。 君と出会ったのは入学式を終えた教室。 出席番号順に並んで座った席の君は俺の前で。 少し猫背の君の背中が何故かとても可愛く見えて。 俺から声をかけた。 それが君との出会い。 でも、君は直に学校を辞めてしまった。 理由は・・・ 両親が事故で亡くなったから。 君は中学生と小学生の弟達の面倒を見る為に 「働くんだ」って俺に笑って見せた。 泣きそうに眉を下げて。 俺はそんな君を抱きしめたよね? あの時・・・ 俺の胸は君と会えなくなるさみしさであふれ 君の気持ちなんか考えずに抱きしめてキスをした。 君が大好きだったから。 普通なら嫌がるはずの行為なのに 君は笑って 「オレ・・・ずっと真翔くんと一緒にいたかったな」 そう云って無色透明の硝子のように綺麗な泪を流した。 俺はそれを拭ってあげることも出来ず ただ、君が流す泪をみていた。 あまりに君が清らかで 俺のこの邪まな感情が あまりに汚く思えて 君の頬を濡らす綺麗な泪に触れられなかった。 君が・・・ 夜の街で働いてるって聞いたのは それから数ヶ月もたたない真夏の暑い日だった。 君を穢したのは・・・ 俺ではなく 誰か知らない人。 そう思うと俺はその顔も知らない奴らに嫉妬した。 今まで感じたことのないほどの醜い感情。 俺はその感情から逃れたくて君を忘れた。 君から教えてもらった番号もアドレスも 全て削除して。 『真翔くん、元気?オレ・・・真翔くんに会いたいよ』 受信したメールも全て削除して。 『夏休みになったら会おう。俺も州くんに会いたい』 送信したメールも全て削除して。 俺の中から君の全てを削除した。 それから俺は勉強に打ち込んだ。 親が望む大学を受け 皆が望む企業に就職して 上司が望む結婚をした。 幸せなはずの人生。 けど・・・ 胸の中の奥に風。 満たされない心。 それを埋められない妻の存在。 君が開けた胸の穴は君でしか閉じれない。 入学式の後に撮った集合写真。 俺から君を全て削除したはずなのに。 これだけは削除できなくて。 何度も手にして君の映った場所を指でなぞるから そこだけがセピア色に褪せてて。 フッと笑ってしまう。 その俺の心に気付いた妻が君の素性を調べた。 そして、俺ではなく君を罵った。 あんなに綺麗な泪を流す君を。 俺は妻が許せなかった。 君の何を知ってると云うの? 君の何が穢れてると云うの? 穢れているのは俺の方だよ。 君を見捨てた。 あんなに綺麗な泪を流す君を 俺は削除したんだ。 気付けば右手に赤く染まったナイフ。 風に揺られてレース越しに見えた空は真っ青で。 俺は泣いた。 君の流した無色透明の硝子のような綺麗な泪ではなく 嫉妬と憎しみとで汚れた赤い泪。 俺は君に会いたくなって妻が調べた店に電話をする。 君との逢瀬の時間と場所をメモった紙をポケットに入れ 俺は部屋を出た。 指定されたホテルで待っていれば 君は直にやってきて 俺の顔を見て直に笑って泣いた。 「ゴメン、こんなオレで・・・・・」 そう云って流す泪はあの日と何も変わらず 無色透明の硝子のように綺麗な泪だった。 「親父が残した借金があって、その為にこうするしかなかった」 俺の腕の中で乱れる君が哀しそうに呟く。 「真翔くんに・・・真翔くんとだけこうしたかった」 俺の下で吐息混じりに君は切なげに呟く。 「オレ・・・汚れてしまっててゴメン」 一つになった君が悦びに震えながら呟く。 違う。 君は汚れてなんかない。 汚れてしまったのは俺。 そう俺が呟けば君はふわりと笑って 「真翔くんはオレにとって何時までも綺麗に澄んだ青い空だよ」 そう云って抱きしめてくれた。 夜が明けて 君がまだ眠るベッドから抜け出し 俺は君が俺だと云ってくれた青い空の下に一歩踏み出す。 見上げれば泣きたくなるほどに青い空。 今度はちゃんと君を削除するよ。 俺の中から。 だって君にもう二度と 無色透明の硝子のような泪を流させたくないから。 「どうされました?」 眼の前の優しそうに笑う警察官に俺は云う。 「妻を殺しました」 見上げた空は 君が俺だと云ってくれた青く澄んだ空だった。

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