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目は口程に物を言う

※切ない、病ネタ 俺は瞬きする以外、何ひとつ自分で出来ない。 こうなる前は何だって出来てたのに。 寝るのも、起きるのも 歩いたり、走ったり・・・ 食べるのも、飲むのも もちろんトイレや風呂だって当たり前に出来てた。 ダンス教室では軽快なステップだって踏めたし 後、趣味の絵とかフィギア作りとかもやってた。 なのに今の俺ときたら 息を吸うのだって時々危うくなるから 器械と俺を繋ぐチューブがまたひとつ増えた。 こんな状態だから寝返りなんて打てないし 指一本動かすのにも介助が必要で。 でもさ・・・悪いことばっかじゃない。 そう大して忙しくもないのに 何時も睡眠不足と戦ってた・・・って言うか 眠るのが趣味みたいな俺にとっちゃこの環境は最高で。 どんなに夢の中を微睡んでいても誰にも怒られない。 俺がウトウトしてたら 「良かった・・・眠ってるみたい」 あのうるさかった母ちゃんが言うんだよ? これって凄くない? もしかしたら今の俺の方が幸せなのかも。 なんて・・・さ。 強がり言ってみたところで 口を動かせない俺はそれすら声になっていなくて この強がってみせた言葉も 俺だけの中でしか反響してないんだけど。 それでも時間だけは有り余るほどある俺は 夢だけじゃなく、色んな世界へと赴く。 まぁ・・・空想の世界だけど。 この間は壁いっぱいに落書きしたし 空飛んでルーブル美術館にも行ってきた。 そしたらさ・・・写真集で見た絵画とかが俺の目の前にあんの。 実際の俺はベッドの上なのにさ。 想像するだけで行きたい場所に行けるのは ドラえもんがいるのび太か俺ぐらいだと思う。 そんな俺がここ最近ずっと思い描いてる世界は 南クンとまた一緒に並んで歩いてた元気だった頃の日常だ。 高校は別々だったから南クンが塾のない日に待ち合わせして 生クリームたっぷりのクレープを頬張りながら それ程面白くもない話でバカみたいに笑ってたあの頃。 最近の俺はそればっかり考えてて。 俺、やっぱ辛いのか?と思ってしまう。 だってこんなにも・・・ あの頃のことばっかが思い浮かぶから。 南クンは3軒先の家に住んでた。 過去形なのは南クンが高校の時引っ越したから。 生れた年は違うけど同じ学年だった南クンとは 幼稚園の頃からの付き合いで。 小さい頃の南クンは俺より小っこくて クリクリのぱっちりした二重に白い肌に映える赤い唇。 もうさ・・・同性だなんて反則だろ?ってくらい可愛いかった。 だから俺は何時も「南クンをお嫁さんにする!」って 南クンにちょっとでも他の子が声をかけようもんなら 俺がその間に割り入って邪魔してた。 南クンにとっては迷惑極まりなかっただろうけど マジで嫌だったんだよなぁ・・・ 南クンが俺以外の誰かと喋ったり仲良くしてたりすんのが。 初恋は誰ですか?って質問されたら即答で「南クン」て答えられる。 いやいや、「南クン」の後ろにハートマークか !マークを5個くらいは軽くつけられるくらい好きだった。 なのに・・・ 中学卒業式の日に「引っ越しするんだ」って言われて。 そう言や「高校どこにする?」って訊いても 「う~ん・・・樹生くんはどこ受けるの?」みたいな感じで ずっとはぐらかされてたっけ。 もちろん俺と南クンじゃ頭脳の出来が違い過ぎるから 偏差値も差は天と地の差程あって 一緒の学校は鼻から無理だよなと思ってはいたけど まさか引っ越しするとは考えてもいなくて。 その日・・・初めて南クンに抱きついて泣いた。 中学になっても周りが引くくらい 「南クンを嫁さんにする!」って豪語してた手前 南クンの前では絶対に泣いたりしなかったのに。 カッコイイ俺でいたかったから・・・。 そんな俺にまだ俺より少し背の小さい南クンが 「樹生くん・・・  俺、樹生くんより背も躰も大きくなって  樹生くんを迎えに来るから待っててくれる?  で、その時は・・・  樹生くんが俺のお嫁さんになってくんない?」 そう言うとグズグズ鼻を啜る俺の頬にキスをしてくれた。 俺の知ってる南クンとは違う・・・ 大人っぽい視線で俺を見つめて。 それからと言うもの・・・ 月一で会う度に南クンの目線が徐々に上になってきて 気付けば同じになってて・・・ 高3になる頃には南クンを見つめる俺の目線の方が 南クンより下になってた。 で・・・ それに気付いた日が俺と南クンのファーストキスの日だ。 頬じゃなくちゃんと唇の・・・な。 そんで俺が南クンの嫁さんになるって決まった日で。 だけど・・・ 幸せって言うの? そう言うのって長く続かないんだよなぁ。 朝ご飯を食べてる時、箸が手から落ちるようになった。 それに付け加えるように妙に疲れるようにもなって。 今まで部活の画材道具とか入れてもも平気で担いでた鞄が やたら重く感じるようにもなった。 そしたら徐々に手足が動かせなくなって来て 慌てた母ちゃんに病院に連れて行かれたら 大学病院に紹介状を書かれたんだよな。 そこで色んな検査を受けて診断されたのが 『ALS/筋萎縮性側索硬化症』だった。 まだ10代の俺が発症するのは本当に稀らしい。 それなら宝くじに当たりたかったなぁって 呼ばれた診察室で俺を診てくれてる先生の言葉と 隣の椅子に座った母ちゃんの泣き声を聞きながら 俺は暢気にそんなことを考えてたっけ。 これから自分がどんな風に進行して行くかも知らずに。 そんな俺だったから南クンにも 「俺さ・・・ALS?  筋萎縮性側索硬化症だったっけ・・・  そんな病気らしいよ」 笑いながら話したら絶句した南クンの目から涙が溢れ出して え?え?ってなった。 そしたらギュって抱きしめられて 「樹生くん、大丈夫だから・・・  俺、樹生くんとずっと一緒にいるから。  病気の事、俺もっと調べてみるし  大学だって医学部に進むって決めてるし  俺が樹生くんの病気治すから・・・  俺・・・樹生くんの病気が治せるなら  やれる事はなんだってするよ」 そう南クンに言われて 俺は初めて自分の病気が怖い物なんだと実感する。 だって・・・南クンが泣くんだよ? 大学は医学部を受けるのは前から聞いてたけけど それは小さい頃から大好きで 尊敬してる叔父さんがお医者さんだからってもあるらしいし 叔父さんとよく食事に行ったりもするって言ってたから 多分・・・ 病名や症状だけでなんとなく大変な病気だってことは 診断結果を聞いた俺よか南クンの方が分かったんだろうなぁと。 そしたら急に怖くなってきて 抱きしめられた腕の中で震えてきた。 で・・・ その日が・・・ 自分の病気の怖さに気付いた日が俺と南クンの初体験の日だ。 そんで・・・ 南クンに俺だけじゃなく 病も一緒に背負わすことになってしまった日で。 「俺、どうしよう・・・  怖いよ、南クン・・・」 抱きしめられた腕の中で震えながら訴える俺に 「今日はずっと一緒にいよう」 そう提案してくれる南クン。 その優しさに甘えて俺は母ちゃんに嘘ついて外泊した。 南クンも・・・だ。 連休前の週末で賑わう繁華街だと 男同士で手を握り合ってても誰も気づかない。 それを良いことに俺は南クンの手をしっかりと握った。 少し進行して握る力が衰えてきた手で。 南クンもその手を離すことなく二人してホテルに入れば 「こんなとこでごめんね・・・」 南クンは言うけど俺は南クンと一緒にいられるなら どこでも良かった。 怖くて震える俺を抱きしめてくれるなら。 ラブホとかでも全然気にならなかった。 もしかしたら次はないかもしれない。 南クンの嫁さんになるって約束したのに 俺には次・・・ もう一回抱きしめてもらうことも抱きしめることも できないかもしれない。 そう思うと一瞬でも南クンと離れたくなくなって。 震える俺を抱きしめた南クンとベッドの上に倒れ込んで そのまま唇を重ねて躰も重ねた。 この次がなくっても後悔しないように 痛みや苦しみだけじゃなく 南クンが与えてくれる快感も全部忘れないように。 二人で時間の許す限り愛し合った。 それから・・・ 俺は想定以上の早さで進行して行った。 若いってのもあるのかもしれないけど。 残り1年だった高校も入院生活を余儀なくされて 退学するしかなかったし。 そりゃそうだよな・・・ 進行の止められない病気なんだもん。 俺が生きてる限り病気も同時進行なんだから。 気付けば指一本も動かせない躰になってた。 でもさ、幸せなこともいっぱいあった。 まぁ病気だからってのもあるんだろうけど 南クンが俺と付き合ってるって母ちゃんに話してくれて。 驚いて拒否されるかと思ってた母ちゃんの口からは 「出来損ないの樹生がこんな立派な南クンと。  どうして隠してたのよ!  あ・・・そう言えば小さい時から  南クンばっかり追いかけてたもんね・・・  良かったわねぇ樹生、初恋が実って」 男同士なのにだとか一切責めるような言葉は無く 南クンには「こんな息子ですけど、よろしくね」って 泣き笑いして喜んでくれて。 南クンが見舞いに来るとそっと病室を出て 俺と南クンだけの時間を作ってくれたり。 だからさ・・・ 俺と南クンに次はなかったけど ベッドの横に座った南クンの温かい指で 俺のもう全く力の入らなくなった手を握って 小さい頃のままで変わらない白い肌に映える赤い唇で 俺の麻痺した唇にキスした後 あのクリクリでぱっちりした目なんだけど すっかっり大人びた視線で俺を見つめて 「樹生くん、大好きだよ・・・愛してる」 俺を見つめたまま南クンが言ってくれるだけで マジ・・・それだけで凄く嬉しかった。 だから俺もそれに答えるように南クンを見つめ 『俺もだよ・・・ってか、俺のがもっと南クンを愛してるよ』 それを伝える為に瞬きをする。 本当は言葉に、声に出して伝えたいけどさ 出来ないから・・・。 でも南クンったら凄いんだ。 俺の想ってること、分かるんだもんなぁ。 「知ってるよ・・・知ってる。  樹生くんの方が俺よりもっと・・・だよね。  だってあなた、小さい時からずっと俺にこと・・・  俺さ・・・嬉しかったんだよ。  樹生くんに「俺が南クンをお嫁さんにする」って言われて。  でも何時の間にか俺が樹生くんをお嫁さんにしたくなってさ。  ごめんね、樹生くん・・・お嫁さんじゃない俺でもいい?  樹生くんの旦那さんになっちゃった俺でも許してくれる?  けど、その分・・・うんと樹生くんを幸せにするから」 そう言ってもう一度俺の唇にキスを落とし 「樹生くん、愛してるよ。  俺が絶対に樹生くんを治すから・・・」 ・・・って言うんだ。 結婚はまだだけど・・・ もしかしたら・・・ううん、多分出来ないだろうけど 俺の旦那・・・マジでカッコイイだろ? もうさ、俺・・・その言葉だけで そうやって俺を愛しそうに見つめてくれるだけで マジで本当に嬉しくて。 南クンが「大学行ってくるね」って帰った後は 目を閉じて空想の世界に旅立つんだ。 前みたいに・・・ そう・・・ 一緒に並んで歩いて 目に入った美味そうなもんを2人で頬張って 大して面白くない話でもバカみたいに笑う二人を・・・ 俺は想像する。 きっと叶わないだろう未来を。 とりあえず今のところ、俺には時間は腐る程あるからね。 瞼を閉じベッドの上から飛び出すんだ。 俺が想う夢の世界へ。 そんで南クンが俺に会いに来てくれる度 俺ん中のありったけの想いを込めて南クンを見つめる。 南クンが俺を愛してくれて嬉しいけど それよかもっと俺の方が南クンを愛してるってね。 だから・・・ 何かあってももう泣くなよって・・・さ。 声に、言葉にできなくても 絶対南クンには伝わってると思うから。 そして想像するんだ。 叶えられなくても二人で一緒に過ごす未来を。 俺の唯一できる瞬きすら 『もう終わりだよ』と俺の中でアナウンスが流れ 本当に瞼を閉じてしまうまで。 そう・・・永遠に瞼を閉じてしまうまで。 END

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