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「聡くん、俺と番になろうよ?」
自分でも・・・何、言ってんだ俺?って感じだった。
気が付いたら勝手に言葉が漏れ出して・・・って、そんな感じ。
勢いで聡くんを押し倒してしまったけど・・・聡くんの頭を腕で庇うようにして床に二人して倒れ込むみたいな感じになって。
このまま・・・もうちょっと顔をずらせばキスできるんじゃね?ってくらい間近に聡くんの顔があって。
それに・・・クラクラするほどの甘い香りが俺を誘って。
けど・・・俺はその香りに何とか耐えた。
だって・・・そうだろ?
こんなことでこの5年間、築いてきたメンバーの絆を壊してしまうなんてさ。
どんなに俺ん中のαの血がΩを求めて暴れようとも・・・俺は耐えるしかねぇじゃん?
ああ・・・耐えようとした。
なのに・・・俺の理性は数秒も経たないうちにもろくも崩れ去って・・・如何しようもなくなった俺は、何も答えてくれない聡くんにキスしてしまいそうに・・・って、やっぱそれは・・・流石にマズイんじゃね?と思ったら勝手に口がまた・・・動いてた。
「聡くん、俺と番になろうよ?」って。
そしたら、組み敷かれてる聡くんが、覆い被さってる俺の胸を全力で押してきた。
「圭クン、自分で何言ってんのか、わかってんの?」
必死で俺の下でもがきながら言うと
「それって、オレの事が好きで言ってんじゃないだろ?
オレが薬飲むの忘れて・・・そのせいでオレが発情して・・・そのフェロモン嗅いだから・・・そのせいで言ってんだろ?
αの圭クンは気まぐれで番になったって嫌になったら番を解除出来っけど、Ωのオレは一度番になったら一生・・・」
そこまで息継ぎもせず、一気に言葉を吐き出して想いが溢れ出してしまったのか、俺を押し返そうとしていた両手で顔を覆い隠してしまった。
多分・・・その隠された瞳からは涙が零れてる。
シンとした二人だけの空間に、聡くんの嗚咽が聞こえてきたから。
聡くんを泣かせてしまった。
その事が酷く俺を狼狽えさせて。
まだ聡くんから香る甘い香りから逃れるようにして、押し倒した聡くんから飛び退き、「ごめん」とだけ呟いた。
その俺の声が・・・聡くんに届いたかどうかわからなかった。
けど・・・聡くんから
「悪いけど・・・此処から出て行ってくれる?
このまま一緒にいて、圭クンがおかしくなんのを俺は見たくねぇし。
オレは圭クンと一線超えるつもりもねぇし。」
そう言われたが・・・発情してしまった聡くんをこのまま置いて帰るなんて出来ない。
聡くんに番がいないなら・・・αだけでなく、βだって聡くんのフェロモンに惑わされるはずだ。
夜中だと言っても・・・ここにはまだレッスンで残ってるヤツや役員や警備の男がいる。
その中の誰かがもし、ここに来たら・・・そう考えるだけで俺は・・・俺の胸の中がざわつき始める。
聡くんに俺以外の誰かが触れたら・・・想像しただけで吐き気がしそうだ。
聡くんは俺のモノだ。
誰にも渡さない。
そんな感情が俺を支配していく。
俺にとってそれは・・・不思議な感覚だった。
今まで、それなりに付き合った女の子もいた。
例え交際中と言えども、こんな仕事をしてると会うこともままならなくて・・・浮気されたり、一方的に別れを告げられたこともあった。
でも・・・彼女は俺のモノだとか、誰にも渡したくないとか・・・そう言った、子供じみた感情が湧き上がってくることは一度もなくて。
浮気とか、別れを告げられたら・・・そりゃ、悲しいし、自暴自棄になって酒の力を借りたことだってあったが、こんな風に誰か一人に固執したことは一度もなかった。
なのに・・・如何してだよ?
さっきまでメンバーだ、仲間だとしか思っていなかった聡くんに対して、ここまで胸がざわつくんだ?
自分でも理解しがたい感情が俺を・・・支配しだしてる。
これが・・・Ωを求めるαってヤツなのか?
だとしたら・・・怖ぇえよ。
俺がαってことが。
聡くんがΩってことが。
すげぇ・・・怖ぇえよ。
俺は聡くんから距離を少しでも置こうと、前面に備え付けられている鏡にズルズル這うように進み、その鏡に背を預けて座り込む。
冷やりとした感触が背中に伝いゾクリとする。
けど・・・一気に跳ね上がった体温にはそれが心地よかった。
俺はこの状況を如何すべきか?定まらない思考を何とかしたくて、天井のライトを見上げた。
そのライトがあまりにも眩しくて、目がチカチカとし始めたけど、少しでも気を抜けば聡くんに襲い掛かってしまいそうになるのを、そのライトを見つめることで凌ごうと試みる。
それでも、鼻腔に残る甘い香りが俺の下半身をダイレクトに刺激して。
半端ない熱がそこに集中していくのを止められなかった。
それでも、俺はその異常なまでの熱に負けたくなくて。
こんなことで、聡くんとの絆を壊したくなくて・・・歯を食いしばると重なり合った奥歯が嫌な音を立てる。
「圭クン・・・まだ、いんのかよ・・・帰れよ・・・」
聡くんが背を向け、猫のように丸まった体勢で俺に言った言葉の語尾は消えそうで。
その声色から・・・発情してしまった躰をなんとか必死に耐えてるのがわかった。
だから・・・
「このまま聡くんを放っておけない・・・」
言えば・・・
「俺は圭クンとヤりたくねぇ・・・」
それが本心なんだろう・・・だけど・・・
「薬、飲んでも効かないんだろ?
もし・・・このまま朝になっても薬が効いてこなかったら?
聡くんは此処に最初に来た奴とならヤんのかよ?」
自分でもクソ意地悪い言葉を投げかける・・・
「それは・・・っ」
言葉に詰まった聡くんに畳み掛けるようにして、今度は反吐が出る程最低な提案をする俺・・・
「そんな奴にヤられちまうくらいなら・・・俺とヤろうよ。
俺と番になって、もし・・・聡くんが嫌なら・・・子供は作んないようにすりゃいいだけだろ?」
自分でも打ん殴ってやりてぇくらい、最低な言葉・・・
「圭クン・・・マジでそれ・・・言ってんのか?」
俺に背を向けたままだった聡くんが振り返り、俺の顔をやっと見てくれた。
けど・・・俺を見つめる瞳はやっぱり・・・涙に濡れていて。
なのにその瞳は今までに見たことがない、鋭い色と険しさを放っていて。
聡くんが本気で俺と番になる気がないんだとわかった。
SEXをすることを拒否られて、持て余す熱で俺は辛いのか?
俺なんかと恋仲になる気は全くないと拒絶されて、ざわつく胸で俺は苦しいのか?
どっちなのか、俺にもわかんねぇけど・・・聡くんから投げつけられた怒りを露わにした視線でやっと・・・冷静になれた。
「俺とヤルのが本気で嫌ならさ・・・発情してしまった聡くんと番になる以外で助けれる方法を教えてよ?」
睨みつける聡くんに言えば・・・
「オレのカバン・・・持ってきて。
父ちゃん呼ぶから・・・」
それだけ言うと、また・・・俺に背を向けてしまった。
その後、更衣室から持ってきた鞄をある程度距離を取った場所から床を滑らせ渡せば、ゴソゴソと鞄の中を漁ってスマホを出した聡くんは電話をかけていた。
会話を聴くのは躊躇われたから「迎えが来るまで、ドアの外で待ってる」と伝え、俺はレッスン室を出た。
30分くらいだろうか?
年老いた警備員に誘導されて聡くんの両親が到着したのを確認して、俺も家路についた。
躰は正直なもんで・・・発情した聡くんの放つフェロモンから遠ざかれば、さっきまでの熱は一気に退いて。
痛みを感じるくらい張詰め、熱り勃ってたソレは、今じゃ完全に重力に負けましたと言わんばかりに弱々しく俯いている。
発情したΩのフェロモンがこれほどまでとは・・・知識だけではわからない、身を以て体験しなければ絶対に知ることが出来ない躰の火照りと疼き・・・そして、奪われてしまう理性と思考・・・それが・・・新鮮で・・・けど、怖くて。
俺はベッドに横たわってもなかなか眠りにつけなかった。
サイドボードに置いたスマホが光る。
聡くんからだ。
「今、病院から帰ってきた・・・即効性の制御剤打ってもらったから・・・」
「そう・・・」
「うん・・・さっきは・・・ごめん・・・」
「いいよ・・・もう。」
「けど・・・圭クンのこと、傷つけちまっただろ?」
「・・・」
「オレ・・・その・・・どうにかしてて・・・」
「わかってるって。
俺も、そうだったから・・・けど・・・」
「けど?」
「オレの事が好きで言ってんじゃないだろ?ってどう言う意味?」
「あ・・・あれは・・・」
「俺が聡くんのこと好きだったなら良かったわけ?」
「それは・・・」
「それは?何なの?俺があなたのことが好きで、フェロモンに誘われなくてもあなとヤりてぇって思ってたなら・・・良かったわけ?」
俺はずっと胸んとこでざわついてるモノを・・・喉につっかえてたまんないモノを聡くんに吐き出す。
そして、困ってしまったのか黙り込んでしまった聡くんに、俺の想いを詰め込んだ援護射撃を更に放つ。
「俺の聡くんに対しての気持ち言ってもいい?
聡くんがΩで俺がαだからかもしんない、俺がαだったからΩの聡くんのフェロモンを嗅いで番になりてぇって思ったのかもしんない。
でも・・・聡くんのフェロモンが香ってない今も・・・俺の胸はモヤモヤしてる。
聡くんが俺以外の誰かと番になるなんて・・・考えられないし、考えたくもない。
これが・・・あなたを好きだって証拠になるんなら・・・俺にチャンスをくれない?」
「圭クン、何・・・言っ・・・」
聡くんに最後まで言わせない。
俺は聡くんの言葉を俺の言葉で遮る。
「聡くんが俺と番になってもいいって思うまで、絶対に俺は無理矢理聡くんを奪うようなことはしないし、他の誰とも付き合ったり、もちろん番になったりもしない。
その代わり、聡くんも絶対薬を飲むのを忘れないで。
俺の知らないとこで勝手に発情されて、勝手に知らない奴と番になんかなって欲しくねぇから。」
「勝手なこと言うなっ!」
「勝手?そうかな・・・そもそも、聡くんの不注意だろ?
薬を飲み忘れるなんてしなかったら、俺はあなたがΩだなんて知らずに済んだ。
違う?」
「そ・・・そうだけど・・・」
「薬は何時飲むの?」
「夜・・・寝る前・・・だいたい1時くらい?」
「なら、明日からは必ず飲む前に俺に連絡して。」
「冗談だろ?」
「冗談?冗談なわけねぇだろ?
あと・・・もしもって時の為の薬とかはないの?」
「ある・・・さっき、何本かもらってきた。」
「なら・・・その内の1本は明日、俺に渡して。」
「えっ?」
「もしもって時、俺が持ってたら直ぐに対応できるってこともあるだろ?
でも・・・そんなことが起こんないようにも、明日からは飲む前に必ず俺に連絡して。
連絡なかったら、俺からするから・・・話はそれだけ。
じゃ、明日・・・もう、今日か・・・夕方スタジオで。」
「圭クン、オレ・・・」
聡くんは何か言いたげだったけど、無視して俺は通話を切った。
強引過ぎかもしんねぇ・・・けど、聡くんが俺以外の誰かと番になるのだけは絶対に嫌だし、何が何でも阻止したかった。
やっぱ、俺・・・聡くんのことを好きになったのかもしんねぇ。
あの甘い香りはもう何処にも香ってないのに、押し倒した時・・・間近に感じた聡くんの唇を思い出すだけでズクンと下腹部が重くなったから。
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