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「これで良かったんです?」
瑞希が訊いてきた。
相変わらずだけど、ゲームをしながら。
けど、その何時もと変わらない体でいてくれんのが嬉しかった。
オレもいつも通りのオレでいいんだなって思えっから。
「いいんだよ、これで」
少しの無言の後、「ま、聡くんがそれでいいんなら」って返事がゲーム機のボタンを押すカチャカチャした音に混じって返ってきた。
結局・・・オレと圭クンは番を解消した。
・・・って言っても、ここ数年はお決まりの夏から冬にかけてのツアーとか、他にもはいった短編ドラマの撮影とか、グループの10周年記念イベントとか・・・色んなモンが終わってからだけど。
手紙に書いといたのに
「もし、子供が出来てたら如何すんの?
聡くんが何て言おうが、二人の子だ。
俺だって責任を取る権利がある!」
そう言って先ず、2ヶ月先延ばしにされ
「ツアーも始まったし、無事にこのツアーが終えられてからね」
次はツアーを理由にまた先送りされ
「年末から聡くん、ドラマの撮影に入るだろ?」
年が明け、ドラマの撮影が終われば
「10周年の5大ドームツアーもあるし、今はそのことだけ考えたい」
だとか
「初めての紅白出場じゃん?そんなめでたい時に解消とかってのは避けたい」
とか何とか・・・結局、圭クンが番を解消してくれたのは2年近く経ってからで。
その間ずっと圭クンはオレに想いを告げてくれてたし、彼是と意味のわかんねぇ理由を考え・・・いや、考えなくってもわかんだけど。
圭クンはオレと番でいたいって心から願ってることも全部、わかってた。
けどオレは・・・圭クンからの「嫌なら一緒にいなくてもいいから、番でいて欲しい」って提案に頷くことは最後まで一度もなかった。
頑固だよな、オレも圭クンも。
絶対、どっちも意見を曲げねぇんだもん。
それでも最終的には、優しい圭クンがオレに合わせてくれて。
きっと・・・納得なんてしてねぇと思う。
ホントはオレだって納得なんてこれぽっちもしてねぇ。
けどさ・・・仕方ねぇんだよ。
圭クンのこと、すげぇ好きだし、今だって・・・番を解消したことを後悔するぐれぇ、圭クンのことを愛してる。
離れたく無かったし、ずっと傍にいて欲しかった。
でも・・・オレと圭クンじゃ、やっぱ・・・考え方が・・・って言うより、住む世界が・・・いや、そもそも生まれ育った環境が違ぇ過ぎんだよな。
圭クン家は代々バース性の家系。
しかもα同士の。
俗に言う、エリート家系だ。
それに比べればオレん家は・・・何処にでもあるβの・・・世間一般で言うところの普通の家で。
だからと言って、オレは一度だって父ちゃんや母ちゃん、姉ちゃんを嫌だと思ったことなんてねぇし、寧ろ俺にとっちゃ宝物だ。
だけど・・・番とか結婚とかってなると話は別で。
仕事で追い込まれちまったくらいで、壊れちまうような・・・オレがオレでいる為に、あんな卑怯な手を使ってでも番になろうとしちまうようなオレなんかよりも圭クンにはもっと・・・こう、素直で可愛いい女の子・・・そうだよ、オレみてぇな女々しい男のΩより、優しくて圭クンの仕事や立場を理解し、気遣いの出来るαの女の子の方が合ってる。
ちょっとしたことで心が揺れちまうような・・・弱くて、ひとりが好きだとか言っときながら実は淋しがりやな・・・取り扱いの面倒くせぇオレなんかじゃ・・・駄目なんだよ。
圭クンはさ・・・アイドルって枠を超えてもっとでかい世界に行けるヤツなんだから。
それをしっかりとサポートできる相手の方がいいんだ。
その方がいいに決まってる。
そう考えながらオレは膨らみ始めたお腹を擦って
「この選択で間違いはなかったんだよな?」
腹ん中でグルグル泳ぎ回ってるオレと圭クンの子に話しかける。
それを見た瑞希がもう一度オレに訊く。
「これで良かったんです?」と。
今度はゲーム機じゃなくオレを見て。
「いいんだよ、これで」
心配そうにオレを見つめる瑞希に笑ってみせたけど・・・上手く笑えたかどうかはわかんねぇ。
番を解消した日・・・オレは圭クンに抱かれた。
「聡くんが望むなら番を解消する。
けど・・・最後に番だった証を残させて」
そう言われて、互いにOFFになる日を選んで最後のSEXをした。
オレは卑怯だってわかってて、約束をした数日前から・・・薬を飲まなかった。
そんな危ねぇ橋を渡るみてぇなことが出来たのも、圭クンと一緒の仕事がなかったから。
圭クンと番になったオレは・・・圭クンにしか発情しねぇ。
オレはそれを利用して、最低な行動に出た。
確率で言えばこんなの0に等しいけど・・・、少しでも可能性があんなら、それに縋りたかったんだよな。
ここまできてもマジで卑怯なヤツだ・・・オレ。
圭クンに番を解消されちまったら、オレは・・・これからずっとひとりで生きていかなきゃなんねぇんだよな・・・そう思うと、自分で圭クンから番の解消を願ったくせに怖くて。
怖くて、淋しくて・・・堪んなくなっちまったんだ。
Ωのオレは生涯ひとりのαしか愛せねぇ。
αの圭クンは他の誰かを愛せたとしてもオレは・・・圭クンしか愛せないんだ。
なら・・・オレだって圭クンと番だった証を残したかった。
圭クンに愛されてたって証を。
だって、オレ・・・やっぱ圭クンが好きだから。
好きで好きで堪んねぇから。
圭クンの子が欲しかった。
ほらな・・・やっぱオレ、卑怯で最低で女々しいヤツだろ?
男のΩってのは・・・半分、女みてぇなとこがあんのかもな。
それも・・・そっか。
外見は男だけど、オレん中には命を育む場所があんだもんな。
半分、女じゃねぇや。
男の姿をした女なんだよな・・・Ωの男は。
こんなどっちつかずの・・・曖昧な性の・・・特技と言ったら発情して孕むことぐれぇしか出来ねぇオレなんか、真面目で優しくて、頭もいい・・・αの圭クンに合うはずねぇじゃん?
わかってんだよ、そんなこと・・・オレが1番よくわかってんだ。
だから・・・番を解消してもらった。
あの日・・・圭クンは気づいてたと思う。
オレが発情してることを。
けど、オレから香るフェロモンのせいで圭クンはαにオレはΩになって、互いの熱を貪り合った。
「あ・・・あ・・はぁぁ・・・あ、あ・・・んっ」
圭クンを締め付ける襞をひとつひとつ、確かめるようにユルユル抜き挿ししながら、でも・・・奥までは突っ込まず、雁の部分を入り口に引っ掛けてみたり、浅く挿入された先っぽだけを離すまいとギュッと締めた襞を擦って、緩い快感を楽しんでて。
そんな生ぬるい痺れだけを与え続けられてたオレは、もっと激しく奥を突かれたくて。
オレを組み敷いてる圭クンを反転させ、圭クンの腹の上でダンスを踊る時みてぇに腰を上下に振る。
普段の圭クンならここで驚くはずなのに、ヒートしたオレのフェロモンに思考を持って行かれちまってるから、オレの腰に手を廻すとオレの動きに合わせ下から突きまくって。
「あんっ・・・イイ・・・もっ・・と、き・・て・・・」
喘ぎ声に混じらせ強請れば、更に奥を抉るように腰を動かしてくれんだけど、それじゃ足りねぇって、圭クンを咥え込んでるソコが疼いて。
オレは落としていた腰を上げ、四つん這いになり圭クンの方にケツを向け「もっと、奥がいい」って口にして、あられもない姿を圭クンに晒す。
そんなオレの姿に欲を露わにした圭クンが、首だけ振り返っている俺の眼差しに飛び込んでくると同時に、ズンと奥を一気に突かれた衝撃で痺れが躰中に走った。
そこからは・・・あんま、覚えてねぇ・・・圭クンと最後のSEXなのにな。
ただ、無茶苦茶突かれまくって、奥を圭クンの熱り勃ったソレで突かれる度によがりまくって喉が枯れちまうくらい啼かされたのと、吐き出された精液がダラダラとオレの股を伝ってんのに、それでも圭クンがオレの腰をガッチリと掴んで腰を打ち付けてたのも覚えてる。
後、圭クンが最後にオレん中で爆ぜる瞬間、嫌がる圭クンに「番を解消してくれねぇなら、今すぐ舌を噛み切る」って言って、項を噛ませて「番は解消な」と無理矢理言わせたことも。
それからこれも・・・躰が軋んで痛くて仕方ないのを引き摺るようにして圭クンが目覚める前に圭クン家から出て、その足で事務所に行って辞めたいって告げたことも。
突然、何の連絡もなしに現れたオレが辞めたいって告げれば契約が残ってるだの、違約金がどうだの色々言われて待ったを入れられたけど
「オレ、Ωなんです。
メンバーの及川 圭と出来てました。
今だって発情して及川とヤッてきたとこです。
バレて騒がれる前に辞めさせて下さい」
そう言えば、事務所の奴等も、慌てて呼ばれて出てきた事務所の偉いさんもみんな黙っちまって。
事務所の方針が決まるまで、オレは用意されたホテルで半ば監禁状態の生活を暫く強いられた。
やっと売れ出したオレ等のグループをどうするか?悩み、事務所が出した苦肉の策はこうだった。
オレはアートを学ぶという言う理由で1年間アメリカに留学。
マネから聞く前に新聞でそれを知った時は、あまりの仕事の速さに笑いそうになっちまったけど、その間に及川との関係を完全に終わらせることを約束させられ、東京から離れた場所に身を隠すようにとオレに処分が下った。
多分、圭クンも同じことを言われただろう。
オレは言われた通り、山小屋みてぇなとこに画材やら何やらを持ち込んで、留学していたことが嘘になんねぇように、創作活動を始めた。
その時だ・・・油絵を描いてた時、絵の具の匂いで吐き気を覚え、圭クンの子を孕んでることを知った。
隠しておくわけにはいかねぇから、マネを通して連絡を入れれば事務所は「中絶しろ」の一点張りで。
それに対してオレは「産ませてくれねぇんなら週刊誌に話す」と脅しをかけ、「及川には決してこの件は話さない。及川との番は解消し、及川と躰の関係を持たない。出産後はグループに復帰する。出産した子は養子にだす。」この4つを約束を再度し直し、半ば強引に子供を産むことを認めさせた。
この条件で渋々ながらも事務所側がOKを出したのにはもうひとつ、理由もある。
女性の躰と違って、男のΩの躰の形状は特殊で中絶が非常に難しいってことだ。
事務所が裏で手を廻してあるから、世間にはオレがΩであることも、圭クンと番で圭クンの子を孕んでることも、この場所も・・・絶対にわかんねぇだろう。
もちろん、オレの居場所を圭クンが探すことだって不可能だ。
だから、事務所側が言うような間違いってヤツは起こるはずもねぇのに、何をそんなに心配してんのか。
毎日、マネから「及川とは連絡取ってませんよね?」って電話が入る。
だいたいさ、事務所も圭クンがどんなに問い質したとしても・・・この場所を教えねぇだろ?
それに使ってたスマホだってオレだけじゃなく圭クンも取り上げられたはずだ。
番号もメルアドも分らない圭クンにどうやって連絡を取るって言うんだよ?
なら、毎日・・・こんな面倒くせぇことしなくってもいいのに。
まぁ、このことが公になっちまったらグループだけじゃねぇ・・・事務所にとっても致命傷だから、何が何でもこの秘密を守りてぇんだろうけど。
それに・・・オレからはスマホを取り上げられる前
「事務所にオレがΩだってバレて、圭クンと番だってこともバレた。
事務所の話し合いで暫く圭クンとは離れることに決まったから。
他のメンバーに迷惑かけない為にも留学することになった。
子供は出来てねぇから、安心しろ。
次、オレに会った時はただのメンバーだかんな。
グループを守れんのはこれしかねぇから」
一生分の嘘を吐いて言い逃げしたし、圭クンも事務所から上手いこと言いくるめられてるだろうから、まさかオレが圭クンの子を孕んでるなんて思ってねぇだろうし、圭クンがオレを見つけ出すことなんか出来ねぇ筈なのに・・・どう言う訳か月に1度、東京から検診に来る医者の背中に隠れてた瑞希がヒョイっと顔を出し、「陣中見舞いです」って笑ってオレの前に立ってて。
どうやら瑞希は母ちゃんに「俺もΩなんです」だとか言って泣き落としの手を使い、この場所を訊きだしたらしい。
慌てて母ちゃんに連絡したら「ごめん」って言われて。
流石にマズイだろって思ってヒヤッとしたけど・・・母ちゃん、何時もあんな風に強がってはいたけど・・・オレをΩに産んじまったことを申し訳なく思っちまってたのかもなぁ。
だから、瑞希がΩだって知って、オレの力になってやって欲しいってこの場所を教えちまったのかもしんねぇ。
結局・・・オレは母ちゃんにも辛い想いをさせちまってるんだよな。
マジで・・・いやになる。
それでも、さっき・・・検診で元気に動く腹ん中の子を見せてもらって、なんとか気持ちを持ち直したのに、前・・・楽屋で話してたみてぇに瑞希とバカ話してたら忘れなきゃなんねぇ感情が溢れ出してきちまって。
圭クンにすげぇ会いたくなって。
圭クンとオレとで生まれてくるこの命を一緒に育ててぇって。
こんな歳になっても心配かけちまってる母ちゃんのことや、まだ・・・好きで堪んねぇ圭クンのことや腹ん中の子のこと、それから・・・今後のこととかメンバーのこととかでいっぱいになって。
もう・・・オレの頭ん中も胸ん中もグチャグチャだ。
だからきっと・・・瑞希に向けた笑顔もグチャグチャで・・・半分泣いたみてぇな面になってんだろう。
だって・・・
「いいんだよ、これで」
そう言って笑ったオレを見る瑞希の瞳は悲し気に揺れてっから。
多分、オレは・・・今、笑顔で涙を流してんだろう。
それでもオレはこの道を選んだことを後悔はしねぇ。
圭クンが傍にいねぇのは死にてぇほど淋しくて、もう二度と圭クンに愛されねぇのが悲しいのも、番じゃなくなってオレの半分がもぎ取られたみてぇに苦しいのも、オレはこの子を産んでもこの腕に抱くことはできねぇって辛さも、それでもオレは・・・オレと圭クンの子を産みてぇって身勝手すぎる感情も・・・今、オレの腹ん中でスクスクと育ってくれているこの命の存在がそれを忘れさせてくれる。
この子はオレと圭クンが愛し合ったって証だから。
この子が世界のどっかで生きていてくれるってだけで、オレは強くなれる。
「大丈夫だよな?」
腹を擦りながら呟けば腹の中からキックで「大丈夫だよ」と答えてくれ、胸ん中の切なさを愛しさに変えてくれた。
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