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これまで生きてきた中での1年なんか、あっという間の出来ごとみてぇだったのに、この1年は今までに感じたことがねぇくらい長く感じた。
それはきっと・・・オレが1日、1日を大切に過ごしたから。
妊娠がわかってからは、先ず、生活態度を見直した。
今までみてぇに不規則な生活は止め、食事は朝・昼・晩とたんぱく質や野菜をバランスよく考えて摂り、あんま外にはでれねぇ分、用意してもらったルームランナーで散歩代わりに適度な運動もしたし、ソファーで寝んのも止めて、23時にはベッドに入った。
まぁ、これは仕事してねぇから出来たのもあんだけど。
それでも、出来る限り腹の中の子に良いことをやった。
胎教に良いって医者に薦められクラシックだって聴いた。
このオレがだよ?
笑っちまうだろ。
絵だって、出来る限り綺麗な色を使って腹ん中の子に話しかけながら描いた。
その時の描いた絵で気に入ったのを1枚・・・リビングに飾ってある。
青い海に夕日が沈んで行く絵だ。
ベタだって言われちまいそうだけど、オレと圭クンをイメージして描いた絵。
オレと圭クンがひとつになって、ひとつの命が生まれた幸せを・・・オレの想いを全部詰め込んだ絵だ。
この絵みてぇに・・・オレと圭クンもひとつに溶け合ってしまえたら・・・そしたら、このオレの半身をもぎ取られてみてぇな空虚感はなくなんのかな?
番を解消されたΩの苦しみも・・・少しは楽になんのかな?
この絵を見る度に、そんなことを考えちまう。
考えるだけ無駄だってわかってんだけどな。
現実はそう甘くはない。
オレはこの1年間でそれを痛いほど知った。
月に1度だった検診が2週に1度になり、グニョグニョと腹ん中で泳いでた子が、ポコポコ腹を蹴るようになって、グイッと手足を伸ばして腹を中から押すみてぇな動きになって、これ以上膨らまんじゃねぇの?ってくれぇにオレの腹が大きくなった頃、オレは事務所が準備した病院に入院した。
それまでは腹ん中の子とのんびり過ごしてたのが、検査だの、手術の説明だのと急に慌ただしくなって。
夜ベッドで空を見ながら、絵を描いてる時にグイって腹を押されて「この色はあんま好きじゃねぇの?」って腹ん中の子に訊いたことや、クラシックを聴いてたらキックしてきやがるから「やっぱ、お前もこんなのより洋楽の方がいいよな?でも、英語はわかんねよな」って腹ん中の子に笑って話した時間を思い出して、オレは少しずつ、この子との別れる準備を心ん中で始めた。
男のΩは躰の構造上、分娩ってのは出来ねぇから帝王切開で出産になるそうだ。
昨日、担当してくれる医者からそう説明を受け、その後、事務所が用意した弁護士から出産後の養子縁組についても説明された。
難しい言葉ばっかで、正直・・・全部は理解出来なかったけど、これだけはわかった。
養子に出す場合は、オレはその子の顔を見ることも、胸に抱くことも許されないそうだ。
少しでも生まれた子に触れてしまえば愛情が湧き、養子に出せなくなる例が多いから・・・って言われたけど、そんなのもう、既にオレん中に溢れるぐれぇあるって。
この命を望まなかった日なんて1日だってなかったし、身勝手だってわかってても・・・どうしてもオレには、この子が必要だったんだ。
その大切な命が腹ん中で育って行くのを日々感じて、愛情が湧かねぇわけないだろ?
腹を蹴られる度に愛しさが募って、ずっとこのまま腹ん中にいてくれよって何度思ったか。
けど・・・それは許されねぇってわかってるし、この命を守る為に事務所と約束も交わした。
だから・・・言われるまま、小さな文字が並ぶ書類にサインをすれば手が震えて。
今までに数えきれねぇくらい書いた自分の名が上手く書けなかったけど、オレが書き終わると直ぐにその下に事務所の判も押され、もう・・・後には戻れねぇんだなと思った。
そした急に胸がギュッと痛んだけど・・・これも圭クンや洋祐、瑞希や成一を守る為だって・・・何より・・・生まれてきた子が幸せになる為なんだって・・・そう痛み続ける胸に言い聞かせた。
出来ることなら・・・この子をオレの手で育てたい。
けど・・・そんなことをしちまえば、絶対に圭クンにバレちまう。
そしたら、圭クンはグループを脱退して事務所も辞めて、オレと一緒にこの子を育てることを選ぶだろ?
そうなったら、莫大な違約金を科せられて一生、その金を払う為に生きていかなきゃならなくなる。
そんな未来を・・・圭クン負わせたくねぇ。
キャスターの仕事も順調なのに、こんなスキャンダルに巻き込んじまって、人生を棒に振ってなんか欲しくねぇよ。
メンバーだってそうだ。
オレの我儘の為に・・・今まで築きあげてきた物を壊すわけにはいかねぇ。
こうして授かった子を育み、無事にこの世に生みださせてもらえただけでも感謝しねぇとな。
オレの我儘で身勝手な願いを聞き入れてくれた事務所にも。
この腹ん中の子にも。
こんなオレんとこに来てくれてありがと。
オレと圭クンが愛し合った証。
その大切な証を・・・命を、オレなんかにちゃんと育てさせてくれてありがと。
たった10ヶ月足らずしか一緒にいてやれなかったけど、一生分の愛情は注いだつもりだ。
だから・・・大丈夫。
この子は・・・絶対に幸せになれる。
オレだって・・・一緒に過ごせた思い出があるから・・・・大丈夫。
例え・・・この腕の中に抱くことが出来なくても、これから先、一緒にいられなくっても、この子が幸せに生きてるって思えば・・・それだけでオレも幸せになれる。
身勝手で我儘な母ちゃんでごめんな。
こんな泣き虫で弱い母ちゃんのとこに来てくれてありがとな。
父ちゃんに合わせてやれなくて・・・ごめん。
本当に・・・ごめんな。
オレは予定された手術日まで、ずっと繰り返し・・・何度も何度も、そう腹ん中の子にありがとうとごめんを伝えた。
けど・・・手術当日、また瑞希がヒョコッと医者の背中から顔をだした時は・・・流石に泣いちまったな。
「今日、OFFなんですよね・・・付き添っていいです?」
ゲーム機片手に現れて言うもんだから、それまで張詰めてた緊張がプツリと切れて。
母ちゃんや家族にも今日が手術だとは教えてなかった。
母ちゃんのことだ、孫の顔みたら絶対に「私が育てます」って言っちまうだろうから。
だから・・・ひとりで頑張るしかねぇって思ってたのに。
「バカ・・・」
そう呟いて泣けば瑞希は笑って
「こんな時くらい、頼ってよ。
こんな時くらい、俺にも力にならせてよ」
返事も返せず嗚咽を上げるオレの背中を撫でてくれて。
瑞希の少し小っちゃい手がオレの不安で仕方なかった心を救ってくれた。
それから手術まではゲームの話や他愛のない話をダラダラと二人で喋って過ごしたんだけど、瑞希は絶対、圭クンの話だけは口にしなくて。
気ぃ遣わせちまってんだなぁとは思ったけど、その瑞希の気遣いがすげぇ嬉しかった。
今、ここで圭クンの話をされたら・・・心にしっかりと楔を打って止めてきた感情が溢れ出してしまいそうだったから。
でも・・・手術室まで瑞希が付き添ってきたのには流石に驚いちまった。
「付き添うって言ったでしょ?」って、水色のマスクに隠れた唇でモゴモゴ言って、絶対サイズ合ってねぇだろ?っていうくれぇダボダボの術着?割烹着?みてぇなのと帽子被っててさ。
下半身だけの麻酔で手術を受けるから、オレの意識は割としっかりしてて、その瑞希が姿に思わずクスッと笑っちまったら
「リラックス出来て何よりです」
だって言うもんだから
「あんがと」
だけ伝えたら、手術が開始された。
手術台に横になってるオレを囲むように立ってる医師や看護師から「メス」だの「クーパー」だの聞きなれない単語が飛び交うんだけど、痛みとかは全くなかった。
ただ、腹ん中の子を取り出す時は内臓がゴッソリ引き抜かれて行くような・・・そんな感覚だけはあって。
そしたら、色々と生まれた子に処置をしてくれてんのか、何かを吸うような音が数回したかな?と思ったら産声がオレの耳に届いて・・・ああ、無事生まれてくれたんだって思った。
良かった・・・元気に泣いてるって。
そしたら、それまでオレの頭側に立ってたはずの瑞希が医師の傍に歩み寄って言ってくれたんだよな。
「規則はわかってます。
でも・・・一度だけ・・・抱かせてやってもらえまんか?
もし、それがどうしても駄目だって言うんなら、せめて生まれた子の顔だけでも聡くんに見せてやってくれませんか?
お願いします・・・お願いしますから・・・」
・・・って、何度も頭下げてさ。
そんでやっとわかったんだよな、オレ・・・瑞希がここまで付き添ってきた訳が。
瑞希はオレにこの子を抱かせてやろうって思って付き添ってくれてたんだな・・・。
1度だけでもいいから、この子をオレの腕に抱かせてやろうって思って。
瑞希の必死な願いが届き、まだ臍の緒がついたままのオレの・・・オレと圭クンの子を腕の中に抱くことが出来た。
ガーゼで拭いてもらっただけだから、まだ血とかも所々残ってて。
すげぇ小っちゃくて、ちゃんと抱いてなきゃ腕の中から落ちてしまいそうで。
なのに、こんな小せぇ躰のどこからこんな元気な声が出るんだ?ってくれぇ顔をクシャクシャにしながら泣いてて。
男の子だった。
オレの腕ん中で泣いてる・・・この子が、すげぇ愛しくて。
「生まれて来てくれてありがとな。
こんな母ちゃんでごめんな」
そう言って泣く我が子の頬に一つだけキスを落とした。
オレの腕の中の子とオレを繋いでた臍の緒が切られる瞬間「バイバイ」って呟いたら、隣で瑞希が泣いていた。
それから処置を受けてる間も瑞希はグズグズと鼻を鳴らしてて。
遠ざかって行く鳴き声を聞きながらオレも・・・一緒に泣いた。
胸が張り裂けそうに痛くて。
どんなに涙を流しても、その胸の痛みは消えなくて。
ペッちゃんこになったオレの腹と同じみてぇにポッカリと胸ん中にも空洞ができたみてぇに感じた。
けど・・・時間は待ってはくれねぇ。
どんなに悲しくても、どんなに虚しさがオレを襲ってもグループとしての活動がオレを待ってて。
躰が回復すると直ぐに事務所に呼び出された。
母ちゃんや瑞希は「もう少し、ゆっくりさせてもらってからでも」って言ってくれたけど、ひとりで部屋にいるとなんか狂っちまいそうで。
何かしてねぇとおかしくなっちまいそうで。
オレは事務所の言う通り、直ぐにアイドルとしての仕事に戻った。
先ず、始めに記者会見。
隣で事務所のお偉いさんがペラペラとこの1年間、オレはアメリカのどこそこでアートを学び、更に感性が研ぎ澄まされた成宮をとか、これを機にデザインなどの仕事も引き受けたりだとか・・・嘘八百を並べてんのを聞き、オレは用意されてた原稿を丸暗記した通り喋って。
頭痛がするほどのフラッシュの中、頭を下げて質問には答えず会見場所を後にした。
その次は冠番組の撮影だった。
圭クンに会うのはあの日以来だ。
どんな顔して会えばいい?って考えて・・・止めた。
どんな顔もねぇよ・・・な。
オレと圭クンはもう・・・ただのメンバーなんだ。
だから、昔の・・・何もなかった頃みてぇに接するだけ。
普通に挨拶して、普通に会話して。
仕事が終わればさっさと帰って。
ただのメンバーのオレを演じるしかねぇんだ。
それしか・・・オレには許されねぇんだから。
考えるだけ・・・無駄だよな。
そう腹を括っちまえば、圭クンに会っても普通に挨拶が出来た。
「おはよ、久しぶり。
迷惑かけちまってごめんな。
オレ、こんなんだし・・・そろそろ圭クンがリーダーしてくんねぇ?」
・・・って。
そんなオレをどう思って圭クンが見てたのかは・・・知んねぇ。
ただ、オレに伸ばしかけた手をスッと下したのはわかった。
それが・・・圭クンの答えなんだなってオレは思った。
だから・・・オレはソファーに座ってゲームをしてる瑞希の横に座って、何にもなかった頃みてぇに瑞希の肩に頭を乗せ「やっぱ、久しぶりだから疲れた」って言って瞼を閉じた。
何時もの・・・オレと圭クンが何もなかった頃のグループに戻った瞬間だった。
これでいい・・・よな?
どっかで幸せに育ってるオレと圭クンの子に、胸ん中で訊いてみる。
もう、腹ん中は空っぽなのにキックされたみてぇな気がして。
平らになってる腹を擦りながら
「ありがと・・・ごめんな」
1度だけ抱いた子を思い出して呟けば、瑞希が「わかってくれてますよ、きっと」ってオレにだけ聞こえるような声で答えてくれて。
オレは少しだけ、強くなれた。
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