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これで2度目だ。 聡くんが俺の腕ん中から消えてしまうのは。 1度目は番になった日。 2度目は番を解消した日。 1度目は・・・俺の前に戻って来てくれた。 でも今回は・・・俺の前から本当に姿を消してしまった。 事務所に呼び出されて、聡くんが本気だって事がわかった。 自分ひとりで罪を全部背負って、本気で俺の前から姿を消そうとしてるのが。 「成宮から話は聞いた。  及川・・・お前はαで成宮がΩだとは知らず、薬を飲み忘れ発情してしまった成宮と関係を持ってしまい、その責任をとった。  だが、番はもう解消した・・・間違いないな?」 その問いに反論しようとすれば直ぐに制され 「やっと波に乗り出したお前達を、お前は駄目にしたいのか?  もはやこの問題はお前と成宮だけで何とか出来る問題ではない。  他の三人にも迷惑をかける事になるんだぞ。  それだけじゃない、この件がマスコミに漏れたら・・・お前達だけでは済まされない・・・事務所全体の問題になる。  それでも及川、お前はまだ成宮と関係を持つと言うのか?  いいか、及川・・・頭を冷やせ。  成宮が全て責任をとった。  それが何を意味するか・・・αである及川、お前ならわかるな?  成宮には1年間、留学と言う形で日本から離れてもらう。  その間に互いの関係を完全に断ち、成宮の復帰後はプライベートで2度と二人だけで会う事は禁止する、いいな。  これは命令だ」 そう言われ俺は・・・口を閉ざすしかなかった。 否・・・違う、事務所の人間に言われたから黙ったんじゃない。 聡くんの想いや、揺らぎない決心が痛ぇほど伝わってきたから俺は・・・言葉を噤んだんだ。 ボーっとしてるように見えて、メンバーの中で1番・・・メンバーの事を想ってた聡くん。 聡くんはこうなる事をわかった上で、事務所に俺との関係を告げたんだろ? しかも俺には「バレた」なんて嘘を吐いて。 それは・・・大切な俺を・・・メンバーを守る為なんだろ? 俺と番を解消してでも・・・聡くん、あなたは・・・俺や他のメンバーを守りたかったんだよな? なら・・・俺は・・・もう、何も言わねぇよ。 聡くん・・・あなたが全てをかけて守ろうとした俺を洋祐や瑞希、一成も・・・守って行く。 それがあなたの・・・聡くんの望みなんだよな? わかったよ。 わかったから・・・1年後、必ず戻って来て。 俺達の前に。 あなたがいねぇグループなんて・・・本当のグループじゃねぇから。 俺達は5人で一つのグループなんだろ? それは・・・聡くん、あなたが1番知ってるよな? それから? そんなもん訊かねぇでも、わかんだろ? 俺は何も考えねぇでもいいくれぇスケジュールを埋めてもらって、ひたすら仕事をした。 他のメンバーもそうだ。 聡くんが帰る場所がなくなんねぇように、我武者羅に4人になっちまったけどグループとしても、単独としての仕事も淡々とこなした。 でも・・・何時も5人揃っていた楽屋に・・・誰が決めた訳でもねぇのに、必ず聡くんが座ってた場所がポツンと空いてんのを目にすると、嫌でもあなたがいねぇ事を思い知らされて。 1度だけ・・・誰もいなくなった楽屋で泣いた事があった。 そしたら、運悪く一成が忘れ物を取りに戻って来て。 「圭くん・・・泣いてんのか?」 そう訊いて俺の隣に・・・何時も聡くんが座っていた場所に座った。 俺は今まで口にしなかった・・・ずっと訊くのを我慢してた事を一成に訊く。 「なぁ・・・お前はマジ、聡くんの事・・・何も知らねぇの?  瑞希は?瑞希は・・・何か知ってんじゃねぇ?」 「ごめん、オレ・・・この件に関してはホント何も知んねぇんだ。  瑞希は・・・わかんねぇ。  でも、圭くん・・・瑞希には何も訊かないでやってくれる?  あいつさ・・・今回のこと・・・すげぇ気にしてる。  オレ達の方がもっと前から関係もって番になってんのに、何で聡くんと圭くんだけがこんな想いをしなきゃなんねぇんだって。  本来ならペナルティ受けんのはオレ達の方だろ?って。  オレだってそう思ってる・・・二人にはマジで悪いと思ってる・・・狡ぃとも思ってんだ・・・けど・・・オレ、瑞希を守りてぇんだ」 返ってきた一成の言葉から、一成の瑞希への想いが伝わって「わかった」しか言えずにいたら 「なぁ、圭くん・・・オレ等、もっとビッグになろうぜ。  事務所やマスコミが何も言えねぇくれぇビッグに。  この事務所にはオレ等がいねぇとダメだってくれぇにさ。  オレ等のプライベートに口を出せねぇくれぇに。  あのさ・・・オレ、思うんだ。  他のグループとか、先輩や後輩・・・研究生の中にもオレ等みてぇなバース性のヤツ等って絶対、いるんじゃねぇかって。  そりゃ、数にしたらすげぇ少ねぇかもしんねぇえけど。  でも、オレ等が事務所やマスコミ、ファンにも認められるような番になれたら、オレ等みてぇに悩んだり、苦しんだりしてるヤツ等の救いになれんじゃねぇかって。  それにこの問題ってさ、事務所内だけじゃねぇと思うんだ。  芸能界はもちろん、スポーツ関係とか・・・それこそ、政界とかさ。  マスコミの餌食になるような世界で生きてるバース性の・・・特にΩ性はさ、発情期があるから仕事は出来ねぇだろ?ってバカにしてるヤツ等がいっぱいいるじゃん?  オレ等がビックになって、そんで番です!って公表する日が来た時、Ω性に対する偏見とか・・・無くなんじゃねぇかな?って思ってんだ。  誰もが認めるぐれぇ・・・TVつけたら、街歩いてたら何時でもオレ等5人がいるよな?ってくれぇ世間に知らしめてやろう。  そしたら聡くんも瑞希もΩ性だからって引け目に感じることなんて必要ねぇだろ?  だって・・・聡くんも瑞希も誰もが認めるアイドルになるんだぜ?  そう誰もが思うくれぇになれば、オレ等だけじゃなく・・・バース性の・・・同性で番になってるヤツ等の希望になれると思うんだ。  オレ等がそいつ等の救世主になろうぜ。  なんか、言葉にしたらすげぇ恥じぃけどさ」 そう一成は言った後「やっぱ、オレ・・・なんかすげぇ恥じぃこと言ってんな」と再度繰り返して苦笑いをしてたけど・・・その一成の言葉に、俺は自分を恥じた。 こいつ、こんなにカッコ良かったけ? そりゃ、見た目は俺等の中で1番だけど。 グループの末っ子として、昔は俺の後ろを「圭くん」って追い掛け回してた一成が・・・こんなしっかりとした考えを持ってるなんて・・・俺なんかより、遥かに大人だよな。 末っ子の一成が、こんなでけぇ未来を見据えて頑張ってんだ。 俺だって何時までもウジウジしてらんねぇよな。 「ありがとな」 気づけば自然とその言葉が口から出ていた。 そしたら一成は 「αのオレ等から番は解消できても、Ωの聡くんは圭くんしか番になれねぇんだからさ。  今は淋しいかもしんねぇえど、オレ等がビッグになった時、もう一回聡くんと番になればいいじゃん?  それだけの事だろ?簡単じゃん」 ・・・って、俺の悩みの根底まで点いてこられ、流石にこれには・・・俺は一成に白旗を上げるしかなかった。 その日を境に、俺は変わった。 ただやっつけ感でこなしていた仕事を、意味のある仕事に変えて行こうと、とにかく後ろは振り向かず、上を目指して、頂点に昇り詰める事だけ考え、ほんの小さな事だって見逃さねぇように仕事をするようになった。 そして20日後・・・ずっと待っていた聡くんが復帰する・・・やっと、俺等の所に聡くんが戻って来ると思い、勝手に高鳴ってしまう胸をどうにしか押し殺してた頃、親父から伝えられた事実に俺は・・・茫然自失となってしまう。 その日は夜遅くから雨が降り、朝になっても厚い雲に覆われ青空が見えない・・・そんな日だった。 突然の親父からの電話に飛び起こされた俺は、不機嫌なまま電話にでれば 「お前は何も知らないのか?」 唐突に訊かれ余計に気分を害した俺は「何のことだよ?」と怒りを露わにして返せば「そうか・・・」と親父は何か考えたように黙り込んでしまった。 電話をかけてきといて、何だよっ!と思いながらも耳にスマホを当ててると 「成宮君が出産した。  お前と成宮君の子だろ?」 訳のわかんねぇ言葉が告げられて。 「生まれた子は養子に出された。  お前は本当に・・・何も知らないのか?」 再度、訊かれたが・・・俺の頭ん中は真っ白になっちまって。 「何も返ってこないと言う事は・・・お前は知らなかったって事だな。  わかった・・・後の事は全て、私に任せなさい。  いずれ、時期が来たら成宮君とお前の元にその子を戻せるよう私が何とかする。  ただ、それには・・・お前も成宮君も世間に如何言われても撥ね退けられるだけの力が必要だ。  お前にはこの言葉の意味がわかるだろ?  お前はもっと・・・強くなれ。  お前は私と母さんの子だ。  この及川の家の子だ。  お前の中には代々受け継がれてきたαの血が流れている。  お前には誰をも認めさせられるだけの力があるんだ。  それを忘れるな。  そして、この件に関しては成宮君には話すな。  成宮君がこんな決断を下したのには理由があるんだろう。  今、辛い想いをしているのは成宮君だ。  我が子を手放すなど・・・どれ程の苦しみがそこにあったか・・・お前にもわかるだろう?  変な期待を持たせて悲しませるより、それを真実に出来るその日まで、お前は成宮君を支え、守ってあげなさい。  成宮君はお前が選んだ大切な人なんだろ?  私も母さんも・・・成宮君をお前と同じように大切に想っている。  及川家の長男の嫁になる人だからな。  3年・・・お前達が15周年を迎える日まで・・・とにかく、お前はお前の全てを懸けて与えられた仕事に打ち込め。  私も母さんも・・・成宮君とお前を応援しているから」 何も言葉に出来ず、嗚咽でしか答えられない俺に親父はそう告げると最後に 「今度、私と母さんがお前達に会う時はその子も一緒だ。  だから・・・頑張れ。  私も母さんも、何があろうと、世間が如何言おうとお前達の味方だよ」 俺に最高のエールを送って親父は電話を切った。 涙で滲んで瞳のまま窓から空を見れば・・・少しだけ青空が顔を覗かせていて。 俺はそこに聡くんを感じた。 やっぱり、あの時・・・聡くんは俺の子を。 なぁ、聡くん・・・どんな想いでこの1年を過ごしてきたんだよ。 ひとり・・・心細かったよな。 なのに俺は・・・ずっとあなたに切り捨てられたんだってひとりで被害者面して泣いて、ヤケ酒飲んで。 最低を通り越して、クソみてぇなヤローになってた。 あなたの苦しみも何も知ろうともせずに。 産んだ子を手放すなんて・・・考えるだけで俺の胸も張り裂けそうに痛ぇよ。 絶対、聡くんと俺の子をこの腕ん中に取り戻そう。 俺達になら・・・絶対に出来る。 その日が来るまで・・・俺はもう何があっても弱音は吐かねぇ。 聡くん・・・あなたも気持ちを押し殺して頑張ってんだから。 俺も頑張らなくてどうすんだよ! 俺は空を眺めながら、青空を覆っている雲がひとつも無くなんのを願った。 そして、20日後・・・あなたが復帰してきた日。 俺を見た聡くんが 「おはよ、久しぶり。  迷惑かけちまってごめんな。  オレ、こんなんだし・・・そろそろ圭クンがリーダーしてくんねぇ?」 そう言った時、抱きしめたい衝動に駆られるのを必死で抑えた。 だって・・・そう言った聡くんの瞳は真っすぐと俺を見つめ 「何も言うな。  圭クンとオレはもう・・・ただのメンバーだろ?」 ・・・って言ってるみてぇだったから。 「オレも頑張るから、圭クンも頑張れ」 そう言ってくれてるみてぇだったから。 俺はその聡くんの力強い眼差しに、これから聡くんと俺と、生まれてきた子の3人で家族になる為に必要な戦う勇気をもらった。

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