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「辻元、合宿しよう合宿! 夏合宿しよう!」  夏休みに入る1週間前、先生は突然そう言った。  いま、ひらめきました! という声の調子に、描き途中のデッサン画から顔をあげる。  ――またヘンなこと言いだした。創作活動以外のひらめきに、いい思い出ないんだけど……  俺はうろんな目を返したのに、美術部顧問であり油絵の師でもある先生は嬉々としてつづける。 「学校からなら予備校だって通うのラクじゃない? アタシも歩いてくればいいだけだし、言うことなし!」 「いや、俺はデッサン見てもらいたいだけで……」  来年の美大受験まで、あと半年あるかないかだ。何浪もして入学するのがめずらしくない狭き門だけど、できることなら現役で合格したい。  そのために、高1から通っている美術予備校も受験カリキュラムに移行させた。夏休みのあいだは夏期講習を受けるつもりでいたけど、それだけじゃ不十分かなと先生にも指導をお願いしている。  先生は、油絵の世界では――いわゆる“新進気鋭”とかの言葉で呼ばれる、名の知れた画家で。俺がこの学校を選んだ理由でもある。それは、間違いないんだけど……  ちょっと、いやかなり、性格に難がある。  難というか、長所は短所で短所は短所でしかないというか……まあ、思いつき行動がハンパない。  面白いか面白くないか、それが先生の判断基準にしてまごうことなき生き方――なのも、十二分にわかってはいるんだけど。 「だから、デッサン見てあげるための合宿だってば」 「合宿の必要あります? 俺と先生だけですよ?」 「ある。アタシがしたい」 「……俺のための、じゃないんですか」  予想はしていても、ためいきは回避できない。  合宿って、だってどこでするの。 「ためいきつかないでよ、辻元にもちゃんといいことあるから!」 「ないですよっ、絶対にないです!」 「あー! いーのかなー! すっごいナイスな提案なのにー」 「なおさら聞きたくないです!」 「クロッキーの君に会えるのに?」  クロッキーの君という言葉に、肩がビクッと跳ねた。同時に冷や汗も流れていく。

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