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30人以上いる水泳部員の中から、迷わず選んで描きつづけてしまうほどに。
それだけじゃ足りなくて。見つめるだけじゃ足りなくて、夢にみたってまだ足りなくて――さわりたい、とまで思ってしまうほどに。
一目惚れなんてものを男にしてしまうとは……どんな運命の悪戯だ。
「だから、寮に泊まらせてもらおうよ。“夏休みのあいだ”だけ、合宿ってことで」
「寮って……水泳部の寮に? ムリでしょ!」
活動が盛んな運動部には寮が完備されている。一応、入寮するかしないかは任意になっているけど、強豪といわれているウチの水泳部はもれなくみんな寮生だ。
つまり、結果を残すための――団結や規律を学ぶための、寮生活。
文化部の俺が入寮なんて、たとえ数週間のことだとしてもジャマに思われるにちがいない。だって違和感極まりないし、その違和感の原因になる俺への部員たちの待遇は、目に見えている。
「大丈夫、ダイジョーブ! 期待してなって、ちゃんと円満に進めるからさ!」
「いっ、嫌ですよ! 絶対にやめてくださいっ!」
「……フリでしょ、それ?」
「フリじゃないです! 全ッ然、フリじゃない!」
あの日、たしかに全身全霊で拒否したはずなのに。喉の限界まで叫んだはずなのに。
俺の言葉はまったく先生に届かなかった。いや先生のことだ、俺の言葉を本当にフリだと思ったのかもしれない。
とにかく先生は、持ち前の行動力と独自理論で校長と水泳部顧問や水泳部そのものを説得して、あっさり承服させた。それなら問題なし、と寮監もまさかの快諾。うろたえる俺とは裏腹に、両親までもが笑顔で了承。
ムリだと思ったことが、なにひとつムリではなかった……世の中の常識ってなんだ。俺がズレてんのか。
そうして、拒否できる材料がまったくない俺は、なす術なく水泳部の寮に入れられた。
でも、水泳部は説得されただけだろ? 先生にワケのわからない理論で押し切られただけだろ?
なら「やっぱり迷惑ですよね」的発言をすれば、平和な夏休みが戻ってくるかもしれない。
そう、思ったんだけど。強豪ゆえの余裕なのか、彼らはおそろしいくらいにウェルカムだった。
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