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 いやその前に、安易に受験生を不安にさせないでもらいたい。 「じゃあ、そう言ってくださいよ」 「安心するな、少年。アタシは悪くないって言ったの。良くないの、これ」  普段はたのしげに三日月形をしている目許が、気怠げに細められる。  スイッチの入った先生は、びっくりするほど綺麗な人だ。ただ髪は頭の上でテキトーに団子にされているし、黒ブチのメガネだし、乾燥した絵の具で汚れて重たくなった白衣を着ているから、すごく残念なんだけど。目も腕も、なにより感性が確かだ。俺はそこに惚れてこの学校に来た。 「彩度が高すぎ……うーん、もっと落としたほうが……てゆーか、なに? 全体的に暗くしたいの、なんなの」 「……そんなに彩度狂ってますか?」 「狂ッテマスこの水の中のレモンとかもはや新種じゃん、このレモンがめちゃくちゃ歪みを発しててキモい」  早口でまくし立てられるあいだに、つぶやき程度に発した言葉もちゃんと拾われ。芸術的観点にブレを許さない先生は、まだなにか言いたげに細めた目で俺を見つめてくる。  なんだか、こういう視線に既視感を覚える。最近よくされるんだよな……守屋に。考えていることが読めないのはいつものことだから、気のせいなのかもしれないけど。 「見てると不安になる絵画、なんだけど……表現とかでなくて、アンタの心理モロ出しじゃないよ」 「なにそれ、恥ずかしすぎますね」  ためいきこそ混ざらなかったけど、あきれたように言われた。  モロ出し……どのあたりが、だろう。単語にちょっと笑いそうだけど、たぶん吹き出したらたたかれる。  俺が黙っていると、先生はまた演技じみた動きで泣くマネをした。俺はノーリアクションで成り行きを見つめる。  しばらくすると、手の隙間からメガネの奥の瞳が俺を見た。あれ、また三日月形に戻ってる…… 「あ~あ、残念だなぁ! せっかく、満たされてツヤッツヤの絵になってきてたのに!」 「えっ?」 「モンモンと欲求不満タレ流し絵だったのが、“合宿”のおかげで素晴らしかったのに! って、言ってんの」 「よ、欲求不満……っ」  めくるめく思い出のように、半月前の失態が頭を駆け抜ける。たしかにあれは欲求不満も欲求不満だった。

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