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日の暮れはじめた校舎を駆け抜けて、寮に戻るとすぐに風呂へ向かった。
油彩絵の具に使う溶き油や筆を洗うクリーナーは、揮発性で独特なにおいがする。その移り香と汚れ防止のためにツナギを着ていても、気になる人には気になる程度に、髪や服に“におい”が残るらしい。
この時間に風呂を使うのは――使っていい許可をもらったのは――俺しかいない。だから、いつものようにゆっくりシャワーを浴びたいところだけど、いまは『予期しない客人』が俺を待っている。
泡立てたそばから洗い流す勢いで早々にシャワーを済ませて、出迎えてやるために校門へ向かおうと談話室を横切った。
――けど、
「……なんでいるんだよ、千尋」
なんとなくチラ見したその室内に、ご歓談中の客人を見つけた。
「なにその言い方っ! ほんと兄貴ってかわいくないっ」
俺の嫌そうな声にたのしく話していたところを遮られて、千尋はわかりやすくキレた。
かわいくないとか言われても、相手が千尋だと言い返す気にならない。ひさしぶりに会ったのに、お互い一言めを絶対に間違えたよな。
とはいえ、寮内で面会する場合は談話室で、と決められている。だから千尋がここにいることに疑問はない。
そういう疑問はないけど、なんで俺の妹様は蓮池と面会しているのだろうか……と、眠そうなタレ目でまったりした笑顔を浮かべる親友を見た。
この前の大会で3年は引退してるわけだから、蓮池がいまここにいるのも疑問じゃないけど、そうじゃなくて。千尋と蓮池は恋人同士のようにとなりあって座って、仲睦まじく会話していたから、脱力感を覚えた。急いだ俺の時間を返してもらいたい。
「史郎くん、いまからでも友達やめるべき!」
「いや、きっと久々に千尋ちゃんと会うからテレてるだけだよ」
千尋の剣幕に慣れている蓮池は朗かに笑う。「テレてねえよっ」っていう俺の反論も、その笑顔にゆるく流された。
この、俺とはまったくちがう柔和な対応のおかげなのか、千尋は『史郎くん』なんて呼んで蓮池に懐いている。俺と蓮池とはもう6年の付き合いになるけど、俺はまだ名前で呼んだことないのに……べつに名前で呼ぶ予定はないけど。
「兄貴が一度も家に帰ってこないから心配して様子見に来たのに! もう着くよーって連絡したんだから迎えにきてよっ」
と、千尋はまだご立腹だ。
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