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「ふんわーり油のにおいするよ、私ダメなんだよねこれ」
千尋は嗅覚が敏感らしく、昔からこの油のにおいが“気になる人”だ。だから急いで風呂に入ったわけだけど、水浴びのようなシャワーでは残り香を完全に流せなかったらしい。
とはいえ、俺はこのにおいが“嫌いじゃない人”だからよくわからない。なので、判断は蓮池に仰ぐ。
「……する?」
「いや、俺はわからん。鼻つまってるし」
「史郎くんいつもいっしょだから慣れちゃってるんだよ。守屋さんに言われない? 変なニオイいするって」
「うそっ……えっ、どこからする?」
守屋に、と言われると急にあせりを覚える。そんなの言われたことないけど……
意地は悪くても基本的には気遣いのできるやつだから、もしかしたら言わないだけなのかもしれない。守屋さん……そういうことは言ってほしい人です、俺は!
「うーん、髪かなぁ? ちょっと史郎くんもかいでみて」
「いや、わからん」
「するよー、髪だよゼッタイ」
「ちょ、くすぐったい! こわい! 同時にかぐな!」
左右から、髪や首すじのあたりを重点的にかぎまわられる。避けようにもふたりの髪の毛や息づかいがくすぐったくて首が竦む。こわいこわいこわい……なにこの拷問。
談話室にすんすん鼻をすする音と俺の怯えた声が響いた。
「……なにしてるんですか」
「うわあっ、守屋っ!」
無になりかけていたところに無感情な声をかけられて叫ぶ。蓮池と千尋の頭の隙間から、談話室の入口に立つ守屋が見えた。そのうしろをぞろぞろ、他の部員も通っていく。練習のために貸しきりにしてもらっている公営のプールから、みんな帰ってきたみたいだ。なんだちょっとしか時間ちがわなかったじゃん、よかった。
「お、つかれさま……?」
「お疲れ様です」
そう思ったから結構、俺はうれしそうに笑ったつもりだったんだけど。なんか一瞬にらまれなかった、だろうか?
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