82 / 171
4_18
「あ、え……っと、妹が香水くれた、から……」
「……香水?」
「油彩って、ほら……油のニオイする、だろ? 移るんだよ、髪とか」
「真尋さんからそんなにおいしたことないですけど」
その言葉に、またすこし安心した。
やっぱり千尋が敏感なだけなんだ。守屋もやっと会話らしい会話をしてくれたし……よかった。
胸の引っかかりがほどけていけば、焦げついていた感覚もゆるんで息をすることがラクになる。
ふわりと、自分と守屋を包む香りが鼻を掠めた。
果物みたいな、花の香りみたいな……なんていうんだろう。甘酸っぱいけど、やわらかい匂い――俺の知らない匂い。
「嫌い?……この匂い」
「いや、好きですよ……甘くて、かわいらしい匂いですね」
耳許の守屋は、小さく笑う。『甘くてかわいらしい』のは俺じゃないはずなのに、心拍数があがっていく。
こういうとき、思ってしまう。キス、してくれないかな……なんて。
「い、たっ」
そんな恥ずかしい期待をしていたら、守屋が顔を埋めている首すじからヒリつくように痛みが走った。
「だから噛じりたくなります」
――噛じりたくなります、じゃねぇよ事後じゃんかっ!
血が出ているんじゃないかと思うほど強く噛まれて、なんだか涙が滲む。守屋にエスみがあるのは知っているけど、こんなふうにわかりやすく痛いことをされるのは恐怖でしかない。
「……守屋、痛い」
「甘噛みですよ、本気でやるわけないでしょ」
「本気だっただろ、絶対……っ」
馬鹿にしたように言うから、振り返る。くちびるがふれそうな近さで、のぞき込んでいる瞳と視線が重なった。
「本気だったら……真尋さんのこと喰ってますよ」
「ん……っ」
吐息と熱が、ほんのわずかな距離を埋めているのに。
俺のくちびるに与えられたのは、かたい爪となぞる指先だけで。俺がしてほしいことを、わかっているくせに“あえて”なのが、不安を煽る。
ほどけていたはずの胸が、今度は軋むように痛みはじめる。
ともだちにシェアしよう!