83 / 171

4_19

 重なった視線からはなにも読み取れなかった。その揺れない瞳には、覚えがある。  ――やられた分はきっちり取り返す主義です。  そう言って俺に“示談”を迫ったときの。加害者の俺を見つめていた、あのときの瞳とおなじだった。  噛まれた首すじの痕が、脈打つように痛んでいる。身動ぎするたびにそこがひきつれて、身体が縮まろうとする。  それをこらえようとすると、舌と唾液をかき混ぜている指に顎をあげられる。あえぐ息といっしょに口の端からよだれがこぼれた。 「ふ、っ……んぅ……っ」  ぱたっ、と。シーツにしずくが落ちる音がする。そんなささいな音、いままで気にしたことなかったのに。  それだけ今日の守屋は、最中でさえ口数がすくない。 「ん、ふ……っ」 「背中も感じるんですか……ほんと感度いいですね」  そうささやく守屋のくちびるが、背骨をたどるようにおりていく。やわらかい吐息が肌をなでる感覚は、俺の腰をふるえさせる。啄むような熱だって溶け込んで身体中に広がるから、気持ちよさにためいきが漏れるのに、 「ん、ぃ!……っ、た」  こうやって、それを咎めるように噛みつかれる。尖った歯は、針で深く刺されているようで涙が浮かぶ。  でもその痕が、甘い痛みに変わっていくのは―― 「んんっ……ぁ、ン……っ」  胸をいじる指が、そこをやわらかく押し潰して、なでるからだ。そうしながら守屋は、噛み痕を舌先でていねいに舐める。  あたたかい舌の粘膜とむず痒い指先の刺激に挟まれて、痛いのか気持ちいいのか……わからない。  守屋がつめたくしたいのか、やさしくしたいのかも――わからない。

ともだちにシェアしよう!