87 / 171
4_23
ふれてくる腕もくちびるも、背中で感じる温度も、声だってぜんぶやさしくて甘い……“これ”は俺が知っているいつもの、守屋だ。
だから――やっぱり戸惑う気持ちが隠せない。
俺だって本当は、言いたいことも聞きたいこともあるんだ。
あの時、俺のことにらんでた?
もしかして千尋がなにかした?
俺が目を逸らしたの怒ってる?
なんで目を逸らしたか、わかってる……?
そのどれもが言えなくて。口を開いてもすぐ閉じてしまう。浮かんでは消える言葉のかわりに、息だけが漏れた。
だって、守屋の苦笑は俺に対してじゃない。“自分自身”に対してだ。そんな顔させているのは、他の誰でもない俺だから、悔しくて申し訳なくて……
俺の“ヤキモチ”なんて言えるはずがない。
それにまだ――それなのにまだ――こんな強引なことをされた理由もわかっていない。
守屋に応えられないことに泣けばいいのか、それとも理不尽は理不尽だから怒ればいいのか……それすらもわからなくて。
ただひたすらに、守屋を見つめることしかできない。
「そんな顔してると、また噛じりますよ」
「……や、やだ」
いつも通りの意地悪を言う守屋は、俺をはなそうとはしなかった。いつかみたいに、肩口にずっとくっついて頬を寄せてくる。
ふわりと、また……甘い香りが鼻をかすめた。
「においが強くなりましたね……体温があがったから」
ささやくように笑って、守屋はくちびるを重ねてくる。
「……ん」
変わらない熱に、やっと与えられた柔らかさに――ゆっくりだけど、こわばっていた身体から力が抜けていく。ぐしゃぐしゃにからまっていた気持ちがほどけていく。
守屋がなんで怒っていたのか……言ってくれたらすぐに解決するんだけど。
これはきっと、俺が自分で気づかなきゃいけないこと、なんだと思う。
『……真尋さんは悪くないです』
そう言ったときの守屋は、酷くされていた俺よりも、もっとずっと傷ついた顔を……していた。
ともだちにシェアしよう!