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 ふれてくる腕もくちびるも、背中で感じる温度も、声だってぜんぶやさしくて甘い……“これ”は俺が知っているいつもの、守屋だ。  だから――やっぱり戸惑う気持ちが隠せない。  俺だって本当は、言いたいことも聞きたいこともあるんだ。  あの時、俺のことにらんでた?  もしかして千尋がなにかした?  俺が目を逸らしたの怒ってる?  なんで目を逸らしたか、わかってる……?  そのどれもが言えなくて。口を開いてもすぐ閉じてしまう。浮かんでは消える言葉のかわりに、息だけが漏れた。  だって、守屋の苦笑は俺に対してじゃない。“自分自身”に対してだ。そんな顔させているのは、他の誰でもない俺だから、悔しくて申し訳なくて……  俺の“ヤキモチ”なんて言えるはずがない。  それにまだ――それなのにまだ――こんな強引なことをされた理由もわかっていない。  守屋に応えられないことに泣けばいいのか、それとも理不尽は理不尽だから怒ればいいのか……それすらもわからなくて。  ただひたすらに、守屋を見つめることしかできない。 「そんな顔してると、また噛じりますよ」 「……や、やだ」  いつも通りの意地悪を言う守屋は、俺をはなそうとはしなかった。いつかみたいに、肩口にずっとくっついて頬を寄せてくる。  ふわりと、また……甘い香りが鼻をかすめた。 「においが強くなりましたね……体温があがったから」  ささやくように笑って、守屋はくちびるを重ねてくる。 「……ん」  変わらない熱に、やっと与えられた柔らかさに――ゆっくりだけど、こわばっていた身体から力が抜けていく。ぐしゃぐしゃにからまっていた気持ちがほどけていく。  守屋がなんで怒っていたのか……言ってくれたらすぐに解決するんだけど。  これはきっと、俺が自分で気づかなきゃいけないこと、なんだと思う。 『……真尋さんは悪くないです』  そう言ったときの守屋は、酷くされていた俺よりも、もっとずっと傷ついた顔を……していた。

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