88 / 171

4_24

 でも、とりあえずいまは。この、いつもの守屋に安心させてもらおう――そう、思ったのに。 「……ほんと。甘くて、女みてぇなにおい」  守屋のひとりごとみたいな言葉が、胸を刺すから。刺さった痛みで、息が止まる。 「お、男だよ……っ」 「……知ってますよ、なに言ってんですか」  ムキになって返してしまった言葉を守屋は軽く笑って流すけど、俺は全然笑えない。  上手く、息が吸えない、吐けない。鼓動するたび、心臓が重い。  守屋から離れようとする自分がいる。でも囲う腕にすがりつきたい自分もいる。  できない呼吸と鈍い胸が苦しい。  嫌だ……そんなこと言わないでほしい。不安の正体に気づきたくない、のに。  ――考えてみればそれは、あたりまえに近い不安だ。  いままで気づかなかったのが不思議なくらいの事実。  なんで俺は、そんな単純ことに。なんでいまさら……もう、離れる日が迫っているのに。  甘い香りが、部屋に漂う。守屋のつぶやきが耳に残る。どれだけ洗い流しても、纏わるこの不安の残り香は、たぶん消えてくれない。  だってきっと、そうなんだ。  “俺じゃない誰か”を好きだったことが……守屋には、きっとある。

ともだちにシェアしよう!