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「なんだその顔、寝不足か?」  朝、食堂で会った蓮池は「おはよう」と言いかけてそうつぶやいた。チラ見した顔は心配そうだったけど、俺は止めていた咀嚼を再開する。飲み込んで、また一口箸を運んだ。 「てか、なんでこんな隅にいるんだよ……」  いつもにぎやかな食堂は、この時間がらんとしている。引退した3年以外は朝練があるから、半分以上が空席だ。  べつにどこでも座り放題なんだから、隅っこにいたっていいだろ。なんて、トゲのある言い方をしてしまいそうで、ひとつ前のつぶやきに返事をした。 「よく眠れました。このまま永遠の眠りについてもいいくらいでした」 「おまえ……そんな清々しい嘘をそんなふてくされた態度でよく言えるな。機嫌の悪い辻元なんてひさしぶりに見たよ」  そりゃあふてくされもするし、機嫌も悪くなるだろう。気まずい夜を越すためにみた夢は、後味が悪いなんてもんじゃなかった。  守屋と、抱きあう夢をみたはずなのに。  俺の身体には、あるはずのないやわらかい膨らみがあって、あるはずのものがなくなって、ないはずの穴があった。“男”の守屋が、抱いて然るべき身体だった。  自分の妄想力がたくましいのは知っていたけど、なにも夢でうなされるほど発揮しなくてもいい、と思う。 「たしかにアンタから素直を取ったら何も残らないとは言ったけど……だからって、こんな実直に内に秘めた混沌を描くことないんじゃない?」  美術室に来てからも、俺の思考は止まらない。先生のあきれと心配を含む声が聞こえても耳から耳に通り抜ける。 「朝から昼もぶっ通しで描いてるから、そのヤル気に期待してたのに。なにこの、前衛的な絵。新たなジャンルを確立してるよ、これ」  だって、きっと妄想じゃない。半分以上事実だと思う。

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