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「い、てぇー……」  眉間と鼻のあいだがつーんとする……鼻血出そう。 「なぁにしてんの、アンタ」  机に頬杖をついた先生に冷ややかに見下ろされても、俺はしばらく起きあがれなかった。  本当に、なにしてんだろう俺……おなじ状況にならなきゃ、守屋とおなじ気持ちにならなきゃわからないとかダメすぎる。  熱くなる目頭を必死に耐えた。てのひらで、両目を塞ぐ。この気持ちは、俺があふれさせていいものじゃない。   大丈夫だよ、守屋。やられた分は、いま……きっちり取り返せたから。  そう、思ったところで。昨夜の守屋は怒っていたけど、そのあとはいつも通りに戻っていた。いま、守屋がどう思っているのかは判断する材料がない。  俺は今日まだ一度も守屋と話していないし、姿を見たのもさっき屋上でたのしそうに話していた一回だけ。  こんなこと、寮に来てからなかったのに。  守屋が朝練でいないことは多々あっても、昼食で必ず会っていた。夜は帰寮する時間がだいたいおなじだから、そこからは、ほぼいっしょ。  でもそれは、寮にいるからの話だ。  明後日になればまた接点のない生活に戻る。俺は、もう水泳部の寮にはいない。  活動盛んな運動部で2年の守屋と、受験生で文化部な3年の俺は、過ごす場所もちがえば帰る場所もちがう。  この夏につきあっていなかったら、そのまま卒業して一生会わなくなっていたんだと、こわくなる。 「……帰りたい」――会いたい、と思う。  意地の悪い守屋でもいいから会いたい。さわりたい、は欲張りすぎかな?  だけど、なんて切り出せばいいんだろう。誰かとこんなふうに気まずくなったことないし。  仲直りとか、ってどういうものなんだろう。コミュ障がいまになってぶり返してきている気がするな…… 「……辻元、アンタね、帰るのはちゃんとしたもの描いてからにしなさいよ」  散々に無視されていた腹いせなのか、先生はそのあとみっちりと“愛のムチ”という名の指導をしてくれた。まあ、ちょっとお高めの夕飯をオゴってくださったので“アメ”はしっかりもらえたしいいかな。もとはといえば俺の情緒不安定のせいだ。  おかげで寮に帰ったのは、午後9時を過ぎた頃。そろそろ2年が風呂に入る時間だった。

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