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「あ、辻元先輩おかえりなさい」
談話室を通りがかったら、そう声をかけられた。テレビの前に輪をつくっている集団が、こっちをふりかえって口々にそれとおなじ言葉をかけてくれる。
1か月近くおなじ建物で生活していても、人見知りの抜けない俺は、急に声をかけられるとまだ微妙に身構えてしまう。でもこの声の主にはだいぶ慣れてきた。
「ただいま、なにしてんの?」
俺の返事に葛西くんはにへらーと笑った。まわりに花が飛びそうなほどその笑顔はやわらかい、というよりは天然っぽい。俺より背はデカいんだけど、1年生だし……なんとなく頭をなでたくなる雰囲気だ。
「みんなで格ゲーしてるんスけど、やります?」
犬っぽいその雰囲気で俺に話しかけてくれるから俺も緊張しないし、ここに来てからいちばん仲良くしているかもしれない。
ゲーム大会のときに参加しないかって誘ってくれたのは、葛西くんだった。
「え、っと……俺、守屋に用があるんだけど」
「守屋さんなら、さっき風呂行くの見ましたよー」
「あ……そう、なんだ」
向けられる笑顔にすこし目を伏せた。
学校を出たときからそうじゃないかなとは思っていたけど、なんだか今日はタイミングが悪い気がしてならない。気まずさが重さを増したように胸が沈む。
「もしかして、なんスけど……」
落としていた視線をあげると、葛西くんが俺の前にいた。わかりやすく心配からさげた眉でのぞき込んでくるから、これは子犬っぽい。
「守屋さんとケンカ……とか、なにかしました?」
「え、っな、んで?」
わかりやすくあせった反応に、葛西くんは「あー」とつぶやいて苦笑した。
「んー守屋さんにしては……変、だったんで」
「……変?」
「まあ……守屋さんって、あんましゃべらないしマイペースなんで、読めない人だと思うスけど……昔からだし。気にしなくて大丈夫スよ」
大丈夫、が沈んでいた気持ちをすこし浮かせてくれた。葛西くんイイコだなぁ、とも思うから涙が出そうになる。
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