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「あ、そうだ。おまえ……全然荷物まとめてないだろ。間に合うのか?」 「……あ」  いろいろありすぎて忘れていた“リミット”を切り出されて、乾いてきていたはずの涙が戻ってこようとする。  ――そうだ、もう明日が最後だ。なんで飛び出してきちゃったんだろう……でも、いまさら守屋のところへは帰れないし……  また思いつめた表情が浮かんでいたのか、峰が面白そうに笑った。 「あいかわらずトロいなァ辻元ー、でもべつに夏休み明けてからだって間に合うから大丈夫だよ」 「そうはいかないんだよ、こっちはいろいろやることあるんだから」 「寮長ってタイヘンだねー、でも手伝ってあげなーい手続きとかきらーい」 「おまえには絶対頼まないし、頼もうと思ったこともない」  真面目と不真面目だから、まるで正反対なのに。このふたりは仲が悪く見えないのが不思議で、俺はすこし笑った。    明日になれば、明日のいま頃は……笑えているかな?  笑って、くれるかな。許してくれるだろうか、俺の好きな人は。  そのためには、このしんどさを越えないといけない。気持ちがそのまま伝わってくれたら、こんな苦しい思いはしなくていいんだけど……そんな都合のいい方法はないから。地道に努力するしか、ないんだと思う。伝える、努力を―― 「じゃあ、辻元こっちおいでー」 「え、え、なんでっ」 「ひとり寝なんてさみしいでしょーだから俺といっしょに寝よー?」 「峰は廊下で寝ろ」  風呂に入ってないと丁重にお断りをしたら「ちがうそういうことじゃないから」と蓮池にツッコまれた。  そんなことをしているうちに、いつのまにか俺は眠ってしまったらしい。床に座って話していたはずなのに、目が覚めたらベッドの上だった。目の前にある、日頃の塩素で色素の薄くなった茶色い頭とその向こうでアイマスクをつけている寝相のいい顔とをぼんやりながめて。お礼は、ふたりが起きてから言おうと、静かに部屋を出た。

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