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 またすぐ大会を控えている水泳部はもう朝練に向かっていて、白い朝陽が差し込む廊下は無人だった。音を吸い込むように空っぽで無機質な道のりをふらふら部屋に戻る。着替えを取って、誰にも会わないまま、シャワー室に向かった。  鏡に映る、シャツを脱いだ背中にはちりばめるように赤い痕がある。見た目ほどひどい傷じゃないから、きっとすぐ消える。  降ってくる湯量に目を閉じて、涙のあとも洗い流す。首すじの痕に指を伸ばして、すこし爪でひっかいた。  大丈夫――俺だってこんなに守屋がほしいよ。 「もしタイトルをつけるなら『神々の黄昏』、『最後の審判』とか? まあ『集結の園へ』かな。ガフの扉開いてるもんね、これ」  あきらかに昨日とはちがう落ち込み方をしている俺に、さすがに昨日のような指導は酷と思ってくれたのか、先生は一枚描きあげただけで許してくれた。ただ、デキは昨日をはるかに上回って混沌から虚無に移行したので、感想はどこか投げやりな感じだ。 「先生、変なこと……きいてもいいですか?」  キャンバスから顔をあげると、先生は窓枠にもたれて外をながめていた。ながめる視線の先には、屋上のプールがある。  ずるい、俺も見たい――なんて、わざわざ水泳部が見えない位置に座っておいて思うことじゃない。 「変なことってなぁに?」  もたれた姿勢は変えないまま、言葉だけで先生は促す。すこし迷ったけど、やっぱり考えても上手く説明できそうにないから、思うことそのままを口にした。 「素直なのと従順なのって……どうちがう、んですか?」  ふりかえった眼鏡の奥の瞳はなにか意外なものでも見るようだったけど、でもやっぱりいつも通りたのしそうに、先生は答えてくれた。

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