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「あ、う……おっ」  言葉は頭に浮かんでも、声として出たのは意味の通らない母音だけ。  そんな俺をじっと見ていた守屋の右足が、一歩前に進み出た。反射的に、俺の視線がそれから逃げる。左足が出る、気配がする……また右足が、前に…… 「――真尋さんっ」  俺の手からツナギが落ちて、呼ばれた名前のあとに舌打ちがかぶさる。バタバタと階段を駆けおりながら、聞こえたそのお手本のような舌打ちに、ただただ涙目になる――だって超こわい!  守屋って舌打ちとかするんだ、しかも……やっぱ足速い!  近づいてくるのがわかったから、ものすごく無表情で近づいてくるから、恐怖と準備不十分な頭と心は、逃げることを満場一致で可決した。  3階から2階までを飛ぶように走る。連打する俺の足音より数倍速い足音がうしろから追ってきている。確実に距離をつめられているのはわかっても、ふりむけないし止まれない。  なにかに追われる夢ってよくみるけど、あんな感じに近い。  足が、もつれて、全然、先に進んでいる感覚が、なくて、めちゃくちゃこわい……っ!  守屋は無言だからさらに不安感は増してきて、だけどとにかく捕まるわけにはいかない。だってなにされるかわからない――より、なんだろうこわい! なにをされるのか考えたくないほどの、極上の恐怖感。  2段とばしで駆けおりて1階に着地した俺は、目の前にひらけている体育館とグラウンドへつづく出入り口を飛びだした。  外に逃げたい、けど……うわばきのまんま!  この非常時にそこだけ冷静な頭は、雨避けの屋根がある廊下でつながった部室棟をめざそうと、まっすぐに行こうとした逃走ベクトルを変えさせる。  速度の緩んだ、その一瞬で―― 「わっわっわっ!」  筋力だけじゃなく俊足も劣らぬ守屋に、あっけなく捕まった……  犯人を逮捕するように腕をひねってくるから、痛さにふりかえる。でも、まったく息の乱れていない無表情な顔と目が合いそうになって――やっぱりこわい! と、現実を回避して涙をこらえた。  そのあいだも、黙ったままの守屋は手の力を緩めることなく、追いかけてきたのとそう変わらない性急さで。俺を部室棟のほうへとずるずる、ずるずる……引きずっていった。  ――夢ならさめてほしい……

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