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「守屋っ……もり、やっ」  高い位置にある後頭部に必死に呼びかける。ふりかえってほしいわけじゃないし、ふりかえる気がないのはなんとなくわかる。でも、なにも言わないでいることができるほど、俺も冷静じゃない。  だって、これ……完全に、怒ってる。本当にこわいんだけど、どうしよう……ふるえる。  それに、先生のこともこわい! 言われた通りきっちりカウントしていたら、あの角で間違いなく守屋とぶつかっていたじゃないか!  水泳部の部室前で止まった守屋は、素早く鍵をあけるろ俺をその中に放り込んだ。勢いによろけて転びそうになっているあいだに、鍵の閉まる嫌な音も聞こえた。 「……も、守屋?」  また例の無表情でゆっくり近づいてくるから、俺はおなじ歩数、後退する。休憩用なのか両壁のロッカーと向かいあうように置いてあるベンチに、足を取られた。 「うわっ……ひっ! いっ!」  またよろけそうになっている俺の肩を、守屋は捕まえて、そのまま突きはなすようにして、ロッカーに押しつけてくる。背中と後頭部があとを追うから、金属的な強打音が狭い部室に響いた。  守屋は押しつけた俺の顔の横に手をつくから――ロッカーがへこむかと思うくらいの強さで、しかも両側に――俺はまた悲鳴をあげたし、もう逃げられないのはよくわかった。  鼓膜が、ビリビリふるえて痛い。間近から見つめてくる視線は、もっと痛い。 「なんで逃げるんですか」  やっと言葉を口にしたのに、守屋はまだ無表情で。“なんで”と言ったのに、問いかけている雰囲気は感じられない。怒っていること以外読み取れない顔に――昨夜のやさしさと素直さのかけらもない――守屋に、涙が滲む。 「ぶ……部活、どうしたんだよ」  こわいのはもちろんだけど、その怒気を含んだ直視をなんとかしたい。 「なんで……いる、んだよ」  渡り廊下で浮かんだ疑問を俺もつぶやいてみた。でもそれは逆効果だったのか、守屋の片眉が歪んだ。 「……アンタのせいでしょ」

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