109 / 171
4_45
「守屋っ……もり、やっ」
高い位置にある後頭部に必死に呼びかける。ふりかえってほしいわけじゃないし、ふりかえる気がないのはなんとなくわかる。でも、なにも言わないでいることができるほど、俺も冷静じゃない。
だって、これ……完全に、怒ってる。本当にこわいんだけど、どうしよう……ふるえる。
それに、先生のこともこわい! 言われた通りきっちりカウントしていたら、あの角で間違いなく守屋とぶつかっていたじゃないか!
水泳部の部室前で止まった守屋は、素早く鍵をあけるろ俺をその中に放り込んだ。勢いによろけて転びそうになっているあいだに、鍵の閉まる嫌な音も聞こえた。
「……も、守屋?」
また例の無表情でゆっくり近づいてくるから、俺はおなじ歩数、後退する。休憩用なのか両壁のロッカーと向かいあうように置いてあるベンチに、足を取られた。
「うわっ……ひっ! いっ!」
またよろけそうになっている俺の肩を、守屋は捕まえて、そのまま突きはなすようにして、ロッカーに押しつけてくる。背中と後頭部があとを追うから、金属的な強打音が狭い部室に響いた。
守屋は押しつけた俺の顔の横に手をつくから――ロッカーがへこむかと思うくらいの強さで、しかも両側に――俺はまた悲鳴をあげたし、もう逃げられないのはよくわかった。
鼓膜が、ビリビリふるえて痛い。間近から見つめてくる視線は、もっと痛い。
「なんで逃げるんですか」
やっと言葉を口にしたのに、守屋はまだ無表情で。“なんで”と言ったのに、問いかけている雰囲気は感じられない。怒っていること以外読み取れない顔に――昨夜のやさしさと素直さのかけらもない――守屋に、涙が滲む。
「ぶ……部活、どうしたんだよ」
こわいのはもちろんだけど、その怒気を含んだ直視をなんとかしたい。
「なんで……いる、んだよ」
渡り廊下で浮かんだ疑問を俺もつぶやいてみた。でもそれは逆効果だったのか、守屋の片眉が歪んだ。
「……アンタのせいでしょ」
ともだちにシェアしよう!