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 アンタ、と呼ばれるから守屋が怒っていることが本当に確定した。 「え、はっ? な、なんで……なにがっ」  俺のこらえている涙もじわじわ膨れあがる。それが気に入らなかったのか、守屋は唸りさえ聞こえてきそうな口許から、苛立った長いためいきを吐いた。  こんなにわかりやすく険悪な顔をするんだと、驚く気持ちの裏で、――それもちょっとカッコいいなんて思う俺がいて。この期に及んでもみとれる自分に非現実感が……現実逃避ってこういう感じ……? 「俺は、アンタのせいでこの2日間……絶不調ですよ」 「ど……どういう、こと」 「ちょっと前の大会で、大会記録を更新した人間が、中学生の平均タイムと似たような数字しか出せねぇっていう……ね?」  軽くすがめられていた切れ長の目がすこし緩んで見えるのは、自嘲するように守屋が笑っているからだ。そのやさぐれ感はヤケを起こしそうな不穏さがあって、さらに余計に恐怖を感じる……っ! 「コーチとか顧問に怒られんならまだしも微妙な顔で笑われて、休んでろって部室の鍵渡されたんだよ、だからここにいんだよ」  淡々とした口調は普段の守屋だけど、もはや敬語を使う気は残っていないらしい。無意識なのか意識的なのか、凄みに凄みを重ねるような低い声と、にらむような視線は心底こわい。 「あ、の……っ」  見たことない守屋すぎて、頭が回らない。なにを言えばいいのか、自分がなにか言いたいのかもわからない。  そのくらい戸惑っているのは、守屋だったわかっているはずなのに。無視するように、淡々と言葉を吐く。 「ありえねえだろ」 「も、守屋……」 「ほんと、なんなんだよ……アンタ」 「守屋……っ」 「なんで、俺を……避けるんですか」 「もり、や……」  射殺せるほど強かった瞳が、気圧されるほど荒かった語気が、だんだんと落ち着いていくのに。俺の再三の呼びかけは届いていないように、守屋は顔をふせた。  その見えない目許に、心臓が痛んで視界が波状に揺れていく。夏色の腕が――俺を閉じ込めている両腕が、ふるえているように感じて。気のせいじゃ、ないように思えて。だから言葉が浮かんでも、声になる前に消えていく。

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