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ゆっくりと顔をあげた守屋は、
「俺のこと、嫌いになりました?」
――不思議なくらい、やさしく笑った。
冗談めいた苦笑でも、さっきのような自嘲でもないし、だからもちろん自棄でもない。これはきっと。昨夜、俺を手放したときとおなじ――望むのをやめた、笑みだ。
「きらい、じゃ……ない」
それは、あまりにもふるえすぎて、言葉になっているのかさえ、音として届いているのかさえ疑うような声だったけど。
「ちゃんと、言う……から、怒らないで……きい、て」
すこしも饒舌じゃないし、なにが、とか、どうだとか、説明もないあいまいなもので。
「だって俺……守屋がはじめて……だから。こんな、ふうに思ったのはじめてで、だからっ」
でも、嘘も我慢も、ひとつもない――俺の本心で。
「守屋がしたいなら、俺だって……したい、し痛くても……平気だし。なんでもいい、はず、なのに」
ただの“いいわけ”かもしれないし、ただのエゴかもしれないし。
こんなこと、もっと怒らせるだけかもしれないと、不安は不安を呼ぶけど。
「でも千尋に笑ってるのは、なんか嫌で。それだけでもしんどい、のに。あ……秋村さん、て……人にもわ、笑って……て」
それでも、消えてなくなりそうに頼りない俺の言葉を、
「葛西くんから守屋と……つきあってたとか、聞いて。千尋からもらった香水もいっしょ、とか……すごく、なんか嫌で」
上手じゃないくちびると、つつけば落ちそうなほどたまっている涙を、守屋は……いまちゃんと、見てくれているから。
あいかわらず無表情で、揺れない瞳はガラスみたいだけど。俺のこの、たどたどしい気持ちを一心に汲み取ろうとしてくれているから。
「だって、おなじ……で、いてほしかった」
だからいまなら。言えなかったことも言いたかったことも、伝わると思うんだ――
「俺が……守屋のはじめての人が、よかった……っ」
すこし、守屋のくちびるが動きそうになった。なにか考えるようにゆっくり、まばたきをする。
それはたぶん、俺の言葉の湿度が一気にあがったからだ。飽和しそうな涙をこらえるから、ふるえる声はまた聞き取りづらくなる。
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