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ロッカーのすぐ後ろのベンチに守屋は座る。凛としたくちびるにやわらかく笑みをのせて。まるで小さな子を迎えるように、軽く両手を差し出した。
「おいで、真尋さん」
拒否の言葉を根こそぎ奪うような甘ったるい誘導。アメが甘いのにもほどがあるんじゃないかと、喉奥に鼓動がつまって苦しくなる。
「……ちょっと」
「なんですか?」
多少ためらいながら近づく歩幅をのばされた腕に急かされて。倒れ込むように、広い胸に閉じ込められた。
鼻歌でも聞こえてきそうなくらい、余裕の笑み。なのに重ねられる視線は糖度が飽和状態。故意の甘やかしに、思惑通り陥落しかける――けど。
促されている腿には乗らずに、守屋の脚のあいだに膝をついた。Tシャツをつかんで、すこし引き寄せて。くちびるを奪いにいく。
「……俺にも、させて」
「……は?」
込み上げる恥ずかしさで声の音量は小さかったけど、守屋はしっかり聞こえたらしく、めずらしく驚いた感じにまばたきをした。でもそれはすぐに疑うような目に変わる。めっちゃアヤシまれてるな、これは。
「昨日……拒否っちゃったし……」
指のあとが残るほどつかまれた腕の痛みを思い出す。シャワーに打たれながら爪で引っ掻いた痛みを反芻する。
「だから、俺も……さわり、たい……んだけど」
あんな顔をさせた、償いをしたい。俺もこんなに欲しかった、って。甘やかしたいのは俺もおなじだ、って伝えたい。
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