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黒ぶちメガネの奥の瞳は、たのしそうな三日月のかたち。
「アタシも一杯もらおうかなァ」
「……酒はないですよ、あたりまえですけど」
「えぇーないのぉ?」
苦笑する守屋に不満げな声を漏らす先生は、美術室に置いてきた俺のカバンと廊下に落としたツナギを持っていた。でもそんなものを届けにきた『だけ』じゃないのは、十分わかっている。
「先生ッ……俺、完全に今日で退寮するって思ってたんですけど!?」
だから当然俺は、詰め寄る相手を守屋から先生に変えた。
「どうして言ってくれなかったんですか!」
「えーだって言っちゃったら面白くないじゃない? だから辻元には最後に言おうと思ってさー」
「もう聞きましたよっ……先生から言われる前に聞きましたよ、いまっ!」
「あれー? もう聞いちゃったのぉ? え~、残念だなぁ私から言おうと思ってたのにぃー」
「笑いながらウソつかないでくださいっ!」
食ってかかったところで、こんなふうにかわされるのは目にみえていた。
どうして教えてくれなかったのかなんて『そのほうが面白いから』ただその一言に尽きるのも、この3年間で嫌っていうほど知っている。
それ以前にそもそもきっと、この人は。はじめから“夏休みのあいだ”だけ、なんて思っていなかったにちがいない! ちがいない、けど。
「……いつまでですか」
俺がここにいられるのは、俺が守屋といっしょにいられるのは……
「延長って……いつまで、なんですか?」
あと、どのくらいなんだろう――と、不安に負けそうな“期待”を確かめずにはいられない。
「来年の春まで」
メガネの奥の瞳が細められて、綺麗な月の弧を描く。
「……アンタが卒業するまで、ここにいられるよ」
その隣にいる守屋の口許は、葛西くんに渡された紙コップで見えないけど。
そこにもきっと、綺麗な曲線があると……いいなと思う。
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