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「……ほ、本当に?」
「アタシ、辻元に嘘はついたことないと思うけど? がんばったらご褒美あるよ、って言ったじゃないの」
詰め寄っていた剣幕なんてもうどこにもない俺の手を取って忘れ物を持たせながら、先生はチェシャ猫みたいな笑いをやわらかくする。
「……というワケで、必ず現役合格してよぉ? アタシの先行投資をムダにしないでよねー期待してるんだからっ」
先生のまごうことなき生き方をこんなにありがたいと思ったのは……はじめてだ、と。涙目に映るその屈託ない笑顔に感謝した。
――と、その時は大団円的な空気にのまれたワケだけど。
「……いつから知ってたんだよ守屋」
一体いつ頃から、事態はややこしくなっていたんだろうか、と。これも確かめずにはいられない。
「1週間くらい前だと思いますよ。真尋さんが予備校に行ってるあいだに、全員集められて聞きました」
「先生に口止めされた?」
「いや、されてませんよ……つか、誰もそれらしいこと言わなかったんですか?」
「いや……なんか、変だったなと……思い返すと、思う……」
怒涛のような歓迎会もおわって、いまは夏休み最終日恒例――らしい――の、ゲーム大会に談話室は騒いでいる。俺も守屋もゲームはしない人だからと、本当の混じったいいわけをして、部屋に戻ってきていた。
ベッドに並んで腰掛けていた体勢から、俺はうしろに倒れるように突っ伏した。軽くバウンドする視界から、顔半分で守屋を見上げる。
「……千尋が『また来るね』なんて言ってたし、さ」
俺はあの時、最終日に――つまり“今日”来るつもりでいるんだと思っていた。でも、すでに卒業までの延長を知っていたんだろう千尋の“また”はもっと先の“いつか”の意味で。だから当然母さんはせっかちでもなんでもなく、単純にただしく、新生活の心配をしていた。
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