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守屋の雪辱

 守屋の雪辱  週1から週3に増やした美術予備校から帰ると、守屋は机に向かっていた。俺の気配に気づいて、ノートにペン先を走らせていた手をとめると、リクライニングの背もたれを軋ませながら振り返る。くちびるにも瞳にも、やわらかい笑みが浮かんでいた。 「真尋さん、おかえりなさい」 「た、だいま……です」 「メシ、食いました?」 「食べて……きました」 「……真尋さん」 「な、なんでしょうか?」  部屋の入り口から一歩も動かない俺に、不思議そうな視線がゆっくりしたまばたき2回分向けられて。やっぱり不思議そうに守屋はすこし首をかしげた。 「なんで敬語なんですか」 「……わっわかんない、です」  その返しに今度は片眉があげられる。そうですか、と言ったきり守屋は黙って俺を見つめてくる。  わかんなくは、ないんだけど実は。だから、そんなに見ないでほしい。そんな無表情に見つめないでつらいです。 「もしかして、真尋さん……」  ネイビーのメタルフレーム――そのブリッジの部分に、指をそえて軽く押し上げながら。 「眼鏡フェチなんですか?」  と、守屋はハーフリムのレンズの奥でたのしそうに目を細めた。  口角だけをあげて笑うから、ものすごく意地悪く、見える。わざとらしい挑発に、こいつ……と込み上げるものはあってもそれが口から出るなんてことはなく、ただただ不本意に顔が熱くなる。直視を避ける。 「ち、ちがうと思う……というか、なんで眼鏡なの、ですか?」 「……目が悪いからですけど。最近字書く読むがつらくなってきたんで、作ったんです」  なんだって。ぜ、全然知らなかった……でもそういえば、この前ひとりで外出してたっけ。 「あ、そ……う、じゃあ……なんで制服なん、ですか?」 「たまたまです」  たまたま……そうか、この装備は偶然にそろったものなんだな。なんだよ、不意打ちなんて防御無視だし回避不能だし、ひどすぎる…… 「なっ……なんか」  デスクチェアにゆったり座る守屋をがんばって見つめてみる。  ダークグレーのスラックス、肘まで袖を捲っている白いシャツ。ゆるくひらいた襟元には、ストライプな濃紺基調のネクタイ……  ジャケット――いやブレザー着てないのが救い。ここはオフィスなんかじゃないと、妄想をふりきれる。ふりきらなくても、自分だって着ている制服に間違いはないんだけど。 「そ……それで、眼鏡までかけてると」  あまり感情を映さない切れ長の目許が、上縁だけがある薄いレンズに睫毛を伏せた。その鋭さが和らいだ気怠げな視線の色気に、横目で見ているとはいえ首筋がゾクゾクする。 「守屋の方が、年上……に見えるっ」  だから敬語出ちゃいます! と、熱を持つ顔を両手で隠した。だって男前すぎるだろ、これ! 本当にスーツじゃなくてよかった。制服でよかった……  でも制服だから守屋のほうが先輩に見えるよ! なんだろう悔しい! なんかもういろいろ悶えるしかない! 「……なにを言うのかと思ったら」  守屋は驚いた顔をしたけど、くつくつと軽く拳を口にあてて笑うから、予想していた反応とはいえ指の隙間からジト目でにらむ。恥ずかし過ぎて、歯軋りしそう。 「でも……へぇ、なるほどね……」  机に肘を置いて口許にあてていた手が、顎下に移る。薄いくちびるに挑発的な曲線が浮かんでいく。  慣れてしまった嫌な予感が、つつーと背筋をおりるのに―― 「それは、イイことを聞きました」  企む伏し目に、囚われて。うるさく高鳴る心音と奥で疼いた期待する熱に、 「じゃあ……今日は趣向を変えてみますね」  非常に残念ながら――俺はごくり、と唾を呑んだ。  なにをされてしまうんだろう……と、こわい7割ドキドキ3割でいたんだけど。とくに変なこともされず、要求もされず。 「ん、はぁ……だ、めぇ……も、だめ……っ」 「……なにがダメなの?」  むしろいつもよりやさしめにキスされて、押し倒されて。脱がされてなでまわされて、解されて。奥までゆーっくり挿れられて── 「とけちゃ……そこ、ぁ……も、とけっる、から……舐めない、っで」 「アメじゃないんだから、とけるワケないでしょ」  弱い右側ばっかり、集中的に。甘噛みされて舌で転がされる。 「ンっ……だって、……ンんっ、だって……」 「だって……なに?」 「ん、あ……やだ、見ないで……くださぃ……ン、ぅ」  その上さらに、こうやって。見たくないのに盗み見しちゃう俺の薄目を、わざと色っぽく伏せた目で眼鏡の奥から見つめながら、くちびる塞がれて。 「ん、ぁ、ああっ……そこ、押し、たらっ、だめッ」 「好きでしょ……ここ?」 「ん、ンっ……すっ好き、です……そこ、ン、きもち、いっ……ン、あっ」  トロトロに融解してるなかをさらにドロドロにされてる、状態。  もうダメ、なにこれ。どんな拷問なんだ。悦すぎて涙とまらない。腰からなんか身体中に、甘いの出てる……  こらえる眉も気持ちよさそうな吐息も、濡れてる短い前髪も。いつも通り守屋は色っぽいのに。眼鏡があるせいで、向けてくる視線はいつもより伏し目がちで気怠げ。それだけで、俺はもう十分鳥肌立ってるのに── 「ぅあ……そんな、エロい……顔……しない、で……っ」 「……くちびる舐めただけですけど」  いつもより意地悪そうな顔で、合間に落としてくるキスに濡れた口端を守屋は舐めたりするから。頭の裏側もベッドに押しつけられてる背中も、これ以上無理なくらいゾクゾクする。 「エロい、こと……しないで、イクからほんとに、ぃ、く……っ」 「……イクんですか? なら、俺の顔ちゃんと見てて」 「あ、あっ……見たらイクッ、いっちゃ、う……っ」 「……俺に、とけちゃうトコ見せて?」  なんて、逸らしてる顎を指先で戻されて、強制的に普段より大人っぽい守屋の男前な顔を直視させられる。  胸の苦しさに連動する粘膜の締めつけと、打ち込まれる容赦ない腰振りに、 「うあぁっ……イクッ――んんぅ!……っく、んンっ、んッ」  捲られてる袖口からのびる、綺麗な筋の立つ腕をぎゅっとつかんで。レンズの奥から熱っぽく見下ろす瞳を涙目で見返す。  ぱたぱたっと、自分の腹にねっとりした感触が落ちてきて、流れて……  恥ずかしいのに満たされてもいるから、毎回こいういう時どんな反応でいるのが正解なのかわからない。ただただぎこちなく息をして、守屋を見つめることになる。 「……気持ちよかったですか?」  満足そうにながめていたフレームの奥の瞳が微笑んだ。俺の目許にかかる前髪にくちびるを小さく落として、指先で掻き上げるように流してくれる。 「ん、きもち……かったです」  髪の毛いじられるのも気持ちいいな……と、素直にそう告げると、守屋はそろえた中指と薬指で、軽くブリッジの位置を直した。そのまま、間近から――なんだか不穏に――見下ろす守屋は、 「ダメでしょ……一人で気持ちよくなったら」  イッたばっかの……まだぬるっとしてる刺激に敏感な先を、てのひらで包み込んできた。 「え、待って――ひっ、ぅうっあ、ぁ、あっ!」  中に残ってる分までぐちゅぐちゅ……というか、絞り出すみたいに擦ってくる。 「……先輩より先にイッていいんですか?」 「うあ、っだめ、やめっ……で、るっ……ち、ちがうのっで、ぅ……ッ」  硬い皮膚の指先に、遠慮なく擦られてるゾクゾクと意図しないビクつきに身体が跳ねる。変に入る力で太腿が攣りそう……  なんでこんな急に、意地悪いよりはサドいことされてんの! さっきまでの大人の余裕ある甘っぽい守屋はどこいった! 「俺、趣向を変えますねって……言いましたよね」 「んっ、ぇ……な、なに……眼鏡のことじゃない、の?」  ビクビク震える身体はあきらめて、まだ擦りあげてくる手を必死に剥がそうとしていたら。薄いくちびるが、さっきそう言った時とおなじに挑発的な曲線をつくった。慣れたはずの嫌な予感なのに、なにか得体が知れない気がして涙が膨れる。 「ダメな後輩には……お仕置きしないと、ですよね?」  企む伏し目の恐怖に、囚われて――ゆるめのネクタイの結び目をしゅるりと解く……指先と。うるさく高鳴る心音と奥で疼くそれでもまだ期待してしまう熱に、 「……辻元、返事は?」 「よ、呼び……捨てっ」  恥ずかしくて死にそうなくらい――ごっくんと、唾を呑んだ。 「んっ……ふ、ぇあ……も、ごめんな……さいっ」  離したくちびるからつながる唾液の糸を涙目で見つめて、真尋さんは何度目かの泣き言を漏らした。 「なにが、ごめんなさい?」 「ひ、ひとりで……きもちよくっ、なってごめ、んなさい……っ」  嗚咽混じりにあやまる真尋さんは、俺のネクタイで縛られた腕で涙を拭った。何度も擦られて赤くなった目許が痛々しくて、腰にクる。  だからもっと焦らして泣かせて──と、加虐心と庇護欲の分量が曖昧な笑みを浮かべてしまう。  ほぼ毎回これに付き合わされている真尋さんにとっては、ひたすら理不尽でしかないんだろうが。愛があるならと、許可は取ったので問題ない。 「悪い子だってわかったみたいだから、ココ……擦ってあげる」 「んぁあっ……ひ、あっムリって、言っ……の、にぃっ!」  真尋さんがひとりでイッたとこから、抜かずの連打をつづけているワケだが……俺も真尋さんもまだ一度も出してはなくて。 「辻元……口のきき方は、それでいんだっけ?」 「う、あ……むりですっ、やめて、んぇっ……くださ、いっ」  “呼び捨て”と“タメ口”に過剰反応して、きゅうきゅう絡みついてはなさない粘膜を堪能しながら、 「すげー腹ベトベト……突くたびにこっから出ちゃってるけど、またひとりでイッてんの?」 「ち、がっ……勝手にでちゃ、あっもぉ……えぐ、っちゃ、あっ」 「勝手に出るとか……エロいね、辻元」 「ひ、っん……エロくないっ、です……やめ、っン、ん……っ」  真尋さんが弱い耳や胸を舐めたり太腿をムダになでたりと、存分に気持ちいい“だけ”の嫌がらせをして。 「ふぁ、あぁっ……イクッ、い、っく!……もっ、あぁあっ」  仰け反って、ボロボロこぼれる涙を合図に、 「……まだダメ」 「ン、ぅくっ……んぇ……なんで、また……やめんのっ」  イキたい衝動が遠のくまで――音も気にせず舌を絡めて吸い上げながらくちびるを塞いで──腰をとめる、というイキ寸をくりかえしている。  焦点の定まらない濡れた瞳をレンズの奥から見つめてやると、頼りなく下がっている眉がぎゅっと寄った。抱きつきたいのか、頭の上で括られている結び目を軋ませる。  イキたいから動いてほしい、さわりたいから解いてほしい、とにかくもっとシテほしい……って感じの、物欲しそうに潤む目で。 「お、ねが……ほどい、て……誓……ぃ、イカせて……っ」  自分から『おねがい』なんて、ぐずぐずになった涙顔でおねだりしてくるから。やっとこの人に勝てたかな……と、心の中で笑いたくなる。  眼鏡と制服なんてありふれた装備が“惚れられた強み”になるのなら。結局いつもほだされて丸め込まれているのは俺のほうだ、という――日々の鬱憤を晴らすのは、いましかないだろうと。  あますことなく“弱み”をついて挑んだ、いわゆる雪辱戦――結果は、真尋さんを見ればわかる。 「じゃあ……ちゃんと言ってください」 「ちゃ、んと……?」  解いた腕を首に掛けさせて、つながったまま抱き起こす。腿の上に乗せた身体を包むように抱きしめた。 「俺にどうされたら気持ちイイのか……教えてください」  耳許で、甘やかす低めた声をささやけば。目縁に涙と恥ずかしさが浮いて出て、とろける顔を艶っぽく染める。  こんな真尋さんを知っているのも、こんなに感じるのも俺だけ、だと……言ってくれていたな、なんて。砂糖より蜜より、甘そうな瞳を見つめる。 「おねがい、します……俺の、なかっ……突いて……くだ、さい……」  こうしてほだされているかわいらしい姿は―― 「奥まで……ぐちゃぐちゃに、してっ……守屋先輩っ」 「うっ……ちょ、呼び方」  まったくどうしていつも、防御無視の回避不能で――反則だ。  □■□■□ 「俺……わりと頻繁に真尋さんが嫌いです」  とか、眼鏡をケースにしまいながら守屋は言うから。 「お、おぉっ、俺はそれでもすき……だよっ」  と、言葉の破壊力に泣きそうになりながら訴えたのに。  なぜか両方の頬をつねられた……理不尽すぎる。 _Ex.2 It's up to you.

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