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伝熱キャンディー
伝熱キャンディー
夕飯もおわってお互い風呂にも入りおわって、まったりと過ごす寝るまでの時間。なにか話しかけることがあるわけじゃないけど、寄り掛かっていた背中を少しふりかえると、
「……なんですか?」
守屋はおなじようにすぐふりかえってくれて。こういうとき俺がなにを思うのかもわかっているから、いつもちょっとニヤっとしながらもくちびるを近づけてくれる――
「……真尋さん」
……はずなのに。
「俺、風邪ひいてるんで……キスはやめときますね」
「えっ」
「だからちょっと治るまでは……エロいことするのもやめときます」
「えっえっ」
動揺しまくる俺を冷静に見つめて淡々としゃべる守屋は、
「というか、うつると困るんで……必要以上に近づくの禁止です」
まるでそのくちびるを――俺からの接触を――ガードするように、どこからか出してきた衛生的に真っ白なマスクをつけて、目許だけですこし困ったように笑った。
その衝撃的発言の直後から、部屋の中でも外でも俺が手をのばしても届かない距離が守屋の定位置になり。宣言された通り、キスもエロも……というか手すらも触れない『倦怠期の夫婦』のような、冷えきった愛のない共同生活に、
「……どうなってんだよ、あいつ」
募り募ったさみしさが憎しみに変わりかけそうな日々は、今日で7日目。つまり1週間になろうとしていた。
「守屋さんが風邪ひくと、こんっなにこじれるんスねぇ……てか、具合悪くなってる守屋さん見たのはじめてです」
「たしかにねー健康優良児って感じだし。殺しても死ななそーだし」
「なんか刺されても撃たれてもケロッとしてそースよねぇ」
「ほんとにー? じゃ今度やってみるね」
「峰さん、目がマジすぎるんスけど……」
守屋の風呂待ち中の談話室。目の前の葛西くんと俺のとなりにいる峰は、この状況を意外と思いつつも面白がっているようで。いじけた顔をしている俺とは対照的だ。守屋との付き合いが長いふたりからすれば、体調不良な守屋も周りから距離をとる守屋も日常の延長なのかもしれない。……けど。
「……このまま治らなかったらどうしよう」
まだ3ヶ月あるかないかの付き合いの『カレシ』な俺からしたら、話はべつで。微熱つづきでいつにもましてぼぉーっとしてる守屋も苦しそうに咳する守屋も心配なのに、それでも練習を休む気はないみたいで、それに関してはなにも言えない俺はハラハラする。
なにより、うっかり近づこうものならガシッと肩をつかまれて遠ざけられて完全ガードされる日常なんて……
「……俺、もう耐えられない」
さわっちゃいけないならまだしも、近づくなってキツすぎる。
「辻元先輩、耐えてください! 守屋さんが1週間こじらせてるんスよ? ものすっごいタチ悪い風邪なんですよ! うつったらヤバいスよ!」
「……そう、かな」
うーん……耐えろって言われてるものがちがう気がするけど。葛西くんにそんなこと言えないし、耐えなきゃいけないのは変わらない。
それに、たしかに体力のある守屋だから微熱でおさまっていて、だから長引いている、のかもしれない。俺だったら寝込むくらいの風邪なのかもな本当に――とは、わかっているから守屋も近づくなって言っているんだろうけど。
テーブルにくっつけていた額を頬にかえて、ためいきをつく。横で面白そうに頬杖をついていた峰と目があった。もともと甘くゆるんでいる目許が、妙にきれいに弧を描く。
ほんと峰って……俺が苦境にいるのを見るの好きだよなぁ。蓮池とはちがう意味で、こいつも俺に全然甘くない味方なんかじゃない。
「でもさー風邪ひいてるから近づくなって……そんな歌詞あったよね? うつるからキスはしないでおこーよ、みたいな」
「失恋の曲ッスよね、カノジョが他に好きな人できちゃう」
「そうそうーそれ。なんか辻元それっぽいー」
「……いや、守屋さんと辻元先輩はキスしないでしょ」
なんでそうなるんだって顔してる葛西くんじゃなく、峰は俺に向かって「しないの?」とか笑顔で聞いてくるけど。そんな冗談に付き合えるような余裕はない。
だって、いま。峰に言われたことがグサッとブスッと刺さった。もしかしてって、ほんのり思っていたことだから、なおさらだ。
具合が悪いのは、本当だと思う。だけどそれをきっかけに距離をとって別れたい、とか。もしそうだったらどうしよう……と、そんなことも考えはじめている。
あたりまえだった体温を感じない日々は、俺の思考まで病みがちにさせるから『俺のことがすき』を信じる気持ちなんて簡単にグラついてくる。それに、ことごとく頑なに拒む守屋を目の当たりにすると、心が折れるどころか粉砕しそうなのが実情だ。
「だからさ、辻元にいいものあげるよー」
バラバラッと、峰は急になにかをテーブルの上にばらまいた。軽い音をたてて散らばるそれらは、ビビットカラーの縞々模様。まるい形の、その両端をきゅっとねじられた包装が広がる『キャンディー』とはまさしくこれだ、って感じのアメリカンでカラフルな飴玉たちだった。
そのうちのひとつを――ピンクと黒の毒々しい包装のアメを取って――ペリペリと包みを剥がした峰は、
「はい、アーン」
「えっ……なに、え、あがぁッ」
いつかの日のように無理やりに俺の顔を……てか顎をつかんで、これもまた強引に口の中にアメを突っ込んでくる。なんでいつも普通にくれないんだなんでなんだ。
「海外のだから、特別よく効くからさー、っておにいちゃんが言ってたー」
そう言って、俺の苦手な……何度向けられても慣れない色っぽい笑みを浮かべながら、
「きっと大丈夫だよ、辻元」
励ましなのか慰めなのか、よくわからない言葉を峰は寄越す。
よく効くってただのアメじゃないのかよ、薬的なものなの? 大丈夫ってなにが? いやそもそも『だからさ』ってなんだどこにつながるの? あとおにいちゃんいるんだ、峰って。
よくわからない峰の言うことなんてぜんっぜんわかる気がしない俺は、まばたきしか返せない。
「のど飴スか?」
「んーそんなようなモノ、でいんじゃないかなー?」
「でもデカくないスか、これ」
「たぶん、長くじっくり効くようにーじゃないかーなー?」
「あーなるほどー」
相変わらずたのしげな峰と俺とおなじく訝しげな葛西くんの会話を聞きつつ、頬がぷくっと膨れるくらい大きなアメを口の中で転がす。甘いのにすこしピリッと舌を刺激する不思議な味がとけ出してきた。
そういえば峰からモノもらうなって言われた気がするな……なんて、その変な味にぼやけそうな頭でふわぁっと思いながら。今日もきっとナニもなくおわるんだろうなと、泣き出しそうな熱の滲むためいきをこぼした。
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