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食欲がないことはない、という真尋さんのために、すこしやわらかめの粥を食堂で作ってもらうことにした。
お互い合意の上だったとはいえ、苦しそうに咳をする姿には、昨日までとはちがう罪悪感を覚える。ベッドから離れようとするたび、袖や腕を引っ張る手をはずすことすら、大罪に感じる。
「何度あるのー?」
胃もたれしそうなくらい甘ったるい声に横目で見やれば、頬杖をつく峰さんがいた。こういう登場の仕方にはもう1年の頃から慣れている。
「……38度です」
「じゃあ、きっとそんなに食べないよー。頭痛するだけでお昼食べなくなるよーな子だから」
「だからソレなんですか?」
盆の上に添えられたのは見慣れたデザインのカップアイスで。味はもちろん、あの人の好きなストロベリーだ。寮の売店には、このメーカーのものはバニラしか置いていない。わざわざ駅前のコンビニまで行ってきたのか。
「クスリ飲むならカロリーあったほうがいいからねー」
すこし呆れを含んだ視線を投げる。泣きボクロのある目許が、声と同じく甘ったるく微笑んでくる。
「ほらウチは“お父さん”が甘くないからー、ってことは“アメ”をあげるのは俺の役目でしょ?」
そんな笑みを俺に向けられても困る。向いている相手は俺じゃねぇけど……つか、そのアメのせいでアンタんちの子は風邪ひいたんだろ。
「だからさ、もう風邪ひかないでねー辻元おかしくなっちゃうから」
いくつも意味のかかる言葉にいろいろ浮かぶ考えはあるが、どれもひとつの感情か欲求から来てるものだと……思ってはいる。だから俺は、イマイチこの人に上手く敵対できないでいる。それも手の内だというなら、いよいよこの人食えねぇな……と。カウンターのひとつも見舞いたくなる。
「……峰さんのそれ、つたわってませんよ絶対」
意外そうにすこし目を開いたが、峰さんは声をたてて笑う。意味深に静かに微笑むというのが、呼吸するのと大差ない――この人の生命活動の一端のはず、なんだが。珍しいリアクションに、こっちのほうが驚かされた。
とりあえず、でも。“うっかり”と“あわよくば”があってはならないので。俺が曖昧にしている匙加減を、同量にしてくれているのなら――
「あと、峰さんからモノもらうの禁止させたんで。これはありがたく、俺からってことにさせてもらいますね」
「俺、守屋のそういうとこ好きー」
「じゃあ両想いですね」
「冗談やめてーキツいー」
利害が一致するあいだは、仇で返すのはやめておこうと思う。
_Ex.4 CANDY-HAZARD
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