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メカクシアソビ
メカクシアソビ
美術部で使っているロッカーを新調するらしい、ということで――
画材道具やら着替えのツナギやらその他諸々を詰めた段ボールで、目の前を塞ぎながら帰ってきた真尋さんは、
「うひゃぁっ」
俺の期待を裏切らず、あと少しで机に置ける……という瞬間すっ転んだ。
「なにしてんですか……わかってましたけど」
「な、どういうことだよッ」
ぶつけたらしい鼻をこすりながら涙目の真尋さんは憤慨する。それは無視して、散らばった物を拾う手伝いをしようと身を屈めた。
箱から滑り落ちたのは比較的軽いものばかりで、絵筆や絵具がバラバラと。スケッチブックが二冊開いて落っこちてるし、あと……これは?
「あっ! いいよッ、拾わなくて……っ」
「……なんですかコレ」
水を撒いたように散っている紙の中から、適当に一枚拾い上げた状態で静止する。眼下に映る線画にまばたきをして、まだ他にも散らばる紙の海に目を移す。
これ、全部……俺だし裸だし。
バラ百枚近くあるそれら、プラス開いている2冊のスケッチブックにも裸の俺というか、『水着の俺』がそれぞれ違う動作で切り取られていた。ご丁寧にホクロまで描いてある。たしかに太腿のこの位置にあるが……背中のこんなとこにもあるんだな。つか、これ後から描き足しただろ。
律儀に日付まで書いてあるから笑えてくる。ざっと見やればバラになっているものは、去年の夏の日付がほとんどだった。
まだ俺は名前すら知らなかった頃の――真尋さんの視界に映っていたもの。
デッサン画ってものに比べたら、ものすごく荒いしラフな線画。それでも、十分に俺だってわかるくらい鮮明な描写。あの位置からよく見えるな、と感心する。
基礎的なとこで、こういうのって出るもんだと思うが、この人ホントに『絵描き』なんだな。全然描いたもの見せてくれないから知らなかった。そりゃ現役合格の期待もされるだろうし、したくもなる。あまり考えたことなかったけど実はすげー先輩なんじゃねぇのか……
ただ、この誰なのかしっかり判別できる具合は『写真』とそう大差ないから問題だ。
「こ、これは……っ」
耳は赤いのに顔面蒼白な真尋さんは、必死にそれらを掻き集めた。涙目には後悔と絶望が滲んでいる。死を決意した目って、こういうのだろう。
「これ、俺ですよね」
「ち、違います!」
やや食い気味の否定は俺に指摘されることを見越していたからで、中身のない嘘と意味のない言い訳もたぶん用意されている。墓穴を掘ることには慣れていても、埋めるのはいつまでたっても苦手らしい。まあ、そんなことは知ったこっちゃないのでいつも通り丸め込む。
「……なら、捨ててください」
「え」
「真尋さんが俺以外の、しかも男のカラダ描いてるなんて不愉快なんで」
「えっ、やっ、やだ!」
「……どうしてですか? 」
「だ、って……捨てられない……から」
「どうして、ですか?」
何故を強調して聞き直してやれば「うぅ~」という涙声が漏れてくる。気弱さからいつも少し拗ねたように尖らせている唇を噛んで、意を決した真尋さんは涙目をぎゅっと閉じた。
「これ全部、守屋だからっ……だから捨てられなくて……残してた、やつ」
うん、知ってました。ただちゃんと聞きたかっただけです、とは胸中で返しておく。
この人は……ほんとにどれだけ俺のことすきなんだろうか。
「いや、最近も描いてるでしょ。コレこの前の記録会の日付」
「あっ」
見学に来ていた、ちょうど先日の日付をスケッチブックは開いている。指先で叩いて示せば、その指ごとページを閉じられたので引っこ抜く。
と、いうことは1年とちょっと分以上か。1日1枚的な感じでは、なさそうだし。まだ段ボールの中には、バラ撒かなかった分があるのかもしれない。
「さすがに……多い、ですね」
素直に感想は呟いたものの、ひとりでにニヤついていく口許がバレないようにてのひらで覆う。恥ずかしいと思うのは、それでもパーセンテージのいくらもない。どちらかというと、うれしい、と思う。
すぐ傍にいるのに。こんなにも毎日。
気づかないところでも想って見つめてくれているんだと、こんな時には噛み締めたくなる。
3階の美術室から控えめに、それでもまっすぐに伸びてくる視線を辿って振り返ってみても、この人と目が合うことはなかった。俺か? が、俺であってほしいに変わっても。俺以外は有り得ないだろ、になった今でも。同じだけ見返しているのに、絡み合わなかった視線の理由が、やっとわかった。
俺への気持ちは少しも褪せていないと『俺の知らない俺』から告げられる。不意打ちで出会す『すき』ほど、想ってくれている深さを知れるものはないだろう。
まったくホントにズルくて、かわいい人だ。
「……き、気持ち悪いよなやっぱり」
長い沈黙に耐えられなかったのか、真尋さんは震えた声を出した。どうしていつも、自分の想いを卑下するんだろうか。『自分のほうが好いている』というのを悪く捉えるのは、真尋さんの短所であり――最大の『勘違い』だと、ためいきを吐きたくなる。
「盗み見して、勝手に描いて……しかもこんなたくさん……大事に取っとく、とか……」
大事にしてたのかやっぱり、という言葉は喉奥に止めておく。俺に対する律儀さが、そのままこの人の健気さだ。それを責めるつもりはねぇし、変わってほしくもない。だから、思い詰めたように続く先を待つ。
「でもっ……だって好き、なんだよっ守屋の裸!」
「え」
思わず、訝しげな低い声が転がり出る。いや、だって予想外すぎるだろ。
「あっ」
それは言った本人も同じらしく、今度は真尋さんが両手で口許を覆った。血の気をなくしていた顔が、じわじわ首まで赤くなる。きゅっと眉が寄って、潤んでいく目が、俺の直視から逃げるように泳いだ。
この……少し眦の上がった目許が。涙を溜めて恥ずかしさに歪んでいく仕草は、何度見ても厭きない。
見た目だけというか顔の作りだけなら、まあまあネコ目だしちょっと冷たそうな、キツそうな感じに見えるんだけどな。微妙な人見知りと押しに弱い性格だから、ギャップがモロに表情に出る。だからかわいいな、と……思うところだが、いじめ甲斐がありすぎて困る。
「真尋さんは俺のカラダが好きなんですか……」
「え、やっ、ちが」
「たとえば?」
「えっ」
「いちばん好きなの、どこですか?」
「えっ!?」
これはいい機会といえばそうだ。じっくり聞かせてもらおうかと、はくはくと息を吸う真尋さんの顎を取る。
視線を逸らすように俯く顔を上げさせると「ふぁっ」なんて怯えたのか感じたのか、まあ両方な声が出るから、更に笑顔でダメ押す。
「教えて?」
「わぁあぁっ、わっ脇の……筋肉っ」
ハダカが好き、なんて言ってるからそうだとは思ったが、いきなりマニアックなところから来たな……
「他には?」
「え、せなかっの、筋肉と……腹筋とか」
見事に上位3つは筋肉か。バタフライは運動量が一番多い泳法だから、どうしたってつくんだが。競泳選手然とした、上半身が厚くて腰と尻が締まった典型逆三角体型だと、自分でも思う。
「あとは?」
「ふ、太腿と……腰骨のあたり、とか……」
促しながら、真尋さんの表情に恥ずかしさ以外の熱が差すのに気づいた。逸らされた視線が見ているのはおそらく自分が口にした俺の部位だ。
よく脚巻きつけてくるしな。エロいことを思い出すのはわかる。だからあのラフ画は全部、躍動的というよりは肉感的だったんだろう。よくも悪くも温度がわかりそうに生々しかった。そんなとこまで素直で大丈夫なのか、この人は……
「肩甲骨とか、ボコって浮き出るのすごく好き……あと、筋の入る腕とかたのひらも好き……あったかくて」
客観からは程遠い、実感をともなった主観的感想を言い終わると同時に、真尋さんは熱っぽくためいきをついた。濡れた瞳でうかがうように見つめてくる。閉じかける瞼に虹彩を深くするその蕩けた色は、まるで蜂蜜のそれ。甘ったるく俺の視線に絡めてくるから、何を期待しているのかはわかる。
――だからこそ。
「……真尋さん」
「ぅはっ……はいッ」
温度差のある呼びかけで、霞の向こうにいきかけている意識を引き戻す。
嫌な予感をしっかり覚えただろう顔。これも厭きないうちのひとつだ。
「こんなに描いてるなら、目に焼きついてますよね?」
「ぅ……はい」
「それくらい無遠慮に俺のカラダ見てたんですよね?」
「ぅう……はい」
「やられた分はきっちり取り返す主義なの、知ってますよね?」
「……は、っえ?」
ぎこちなく唾をのんだのが、上げさせている顎から俺の指先に伝った。毎回のことだが、とてもいい反応だ。この期待に応えてあげないでどうする。
「やってくれた分、きっちりカラダで返してくださいね?」
「……ぅえ!?」
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