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「こっ、これは一体……どこから」
軋む肩口を振り返って、背中で『拘束』されている俺の両手首をもう一度確認する。何度確かめたって、信じたくはない。
「あ、あからさまに……それっぽいんだけど……」
ふわふわした、ベロアみたいな素材のいわゆる『手枷』が。くるんと巻かれてマジックテープで止められて――バッグの留め具みたいな――プラスチック性のバックルでカチャっと――手首を前後に重ねた状態に繋いでいる。現実かこれ。
「な、なんでこんな、の……持ってんだよ……」
「たまたまです」
それがなにか? と言いたげに、無表情な顔で返された。
――たまたまでこんな装備がそろうワケないだろ!
縛られたことは何度かあるけど、ネクタイとかだった。こんな用意周到なもので身動き封じられたことないんだけど! 心なしか……いつもこういうサドいことする時よりも、守屋は楽しそうだし。もう恐怖しかない。
「ピンク似合いますね、真尋さん」
「う、うれしくな……へっ、なんでっ!?」
心の底から褒めてるような、満面の笑顔がすっぽり暗闇に消える。頭の上から何か被せようとしてるな、とは思ったけど!
「こ、こここ、これは……どっ、なっなんで目隠し!?」
「アイマスクですけど」
「なんでもいーよ! や、やだっ……見えない、じゃん!」
「俺からはよく見えますよ」
「そ、れは……ッ」
見えない視界の向こうでも、楽しそうに笑っているのは嫌でもわかる。じわる不安感に言い返したら急に肩を押された。途端に襲う、暗闇の中の浮遊感に「はわっ」とか、変な声が出た。
うわ、めっちゃこわいこれ。頭打つかもって思った、ヘッドボードに。距離感が全然掴めない。あと腕がちょっと痛い。いや、俺いまどうなってる? ベッドに押し倒された状態、だよな? もうなんか単純に考えればわかりそうなことも不安になってくる……
「だから、真尋さんが俺にしてくれたように……」
「えっえっ……な、なにして」
……これシャツのボタン外してる? 胸に空気が通って、緩くたわんでく布の感触もわかる、ような。なんか、いつもは思わないのに、こそばゆい気がする。気がするだけ、かもしれないけど。
「俺も真尋さんのこと、じっくり見てあげますね?」
「わっ……えっ、ちょっ、と」
腰回りがふわっとする。カチャカチャって音が……べ、ベルトも外してるっ!
く、そっやっぱりか! こいつ、このままヤるつもりだな!
「し、仕返しって……こと?」
今、守屋がどの辺にいるのかわからないけど。なんとなくのベッドの沈み具合で判断して顔を向ける。あってるかな、全然違うとこにいたら恥ずかしいな。
「……そう思います?」
小首を傾げる、ような気配。こういうきき方をする守屋にいい思い出なんて、まるでない。
「お、おおっ思わ……」
膨れ上がってくる嫌な予感に言い返そうとしたら、急に身体の上の空気がふわん、と動いた。
「ひゃっ」
耳許に、馴染みのある熱が触れてくる。
「違いますよ……日頃の“お返し”です」
たっぷり含みのある声音をこれでもかってほど色っぽく吹き込まれて。ぞくぞくって、首筋から肩までを震えが走る。はやくもじわっと涙が浮かんだ。
やっぱり、いい思い出なんて増えそうにない……
ギッ、と。スプリングの軋む音がして、頬の近くの熱も離れていく。
妙な無音――俺の小さな深呼吸が2つ3つ消えていっても、何もない。
――こわい……
何かされることは確実だから構える気持ちはあるんだけど。もしかしたら、やめてあげようかなって考えてくれてる? なんて、望みの薄そうなことを期待する気持ちが、行ったり来たり。というか、どこにいるのか……ホントにわかんなくて不本意だけど心細いっ!
「ぁ……は、ぅ」
何の前触れもなく、鎖骨にあたたかいものが触れてくる。浮き出てる骨をなぞる感触で、指だってわかるけど。
「ん……な、なに?」
その指は、そのまま横に滑ってシャツをくぐる。左の肩が出るとこまではだけさせられた。反対側も同じくらい空気に触れる。
「え、なに……この脱がし方……」
制服も中途半端なところで、太腿の真ん中辺りで止まってるし。でも下着はまだズラされてない、けど。
「いい格好ですね、真尋さん」
楽しそうに笑みを含んだ言葉が落ちてきて、聞こえた方に思わず首を振る。
う、くそ……ちょっと安心したじゃないか。
「なっ、に言って……」
「今、ちょっと安心したでしょ?」
「してないっ」
「あと、言葉に少し感じました? 膝、擦り合わせるの真尋さんのクセですよね。堪えるときの」
「な、んでそういうこと……はぅっ」
言い返してる途中で、また耳許にふわっと熱が寄る。ふふって笑う吐息が鼓膜まで届きそうになって肩が跳ねた。
もうやだ……これだけでゾクッとするし腰がぞわる。感度が上がってきてる、絶対。そんなの守屋には全部バレてる、絶対。
「さっき、真尋さんから俺の好きなとこ……たくさん聞いたので」
「ふぁ……そこでっ……しゃべん、なっ」
「俺も、真尋さんの好きなとこ……教えてあげますね?」
「んっ……えっ、ほんと?」
しまった、うれしくなっちゃった。これ……絶対笑ってる、ニヤーって笑ってるに違いない。こればっかりは見なくてもわかる。なんて、今にはじまったことじゃない後悔の途中で、
「どこがイチバンって、俺は言えないんですけど」
「っん、ふ……」
軽く噛んでいた唇に指の腹が触れて、きゅって力を入れて撫でられた。柔らかさをあそぶように潰されて――たぶん親指がそれを割ってくる。
「は……ふ、んっ」
「真尋さん、キス好きだから。こういうことしてるとすぐ唇が開いちゃうんですよね……かわいいなと思います」
「ん、ぁ……かわいふあぃっ」
出ていった親指の代わりに違う指が――2本もするっと入ってきて。キスするときとまったく同じ動きで舌を遊ばれて。
「キス好きなのは否定しないんですか?」
「ん、ぅ……そぇは……あ、ぁっ」
わざとだろうゆっくり加減で、唾液をたっぷり口唇に塗りつけながら口端から引き抜かれて、後を追うような声とためいきが漏れる。これもたぶん、笑われてる……そんな気配がするのわかる。
「ほら……垂れてますよ」
「は、んあ……ぅ、きゅ、うに舐め、ないでっ」
唾液の伝う首筋を、柔らかい生温かな感触が這い上がる。先を尖らせてつぅーっとのぼってくるから頭の後ろがぞわっとする。
ああ、もうやだ……近づいてくる体温までぞくぞくする。感度がホントに、なんでも拾っちゃって……
「あと……ここが好き」
首筋を撫でる舌に気を取られてたら、胸の先をぷにっと摘ままれた。不意打ちの刺激と響くように広がる甘い疼きがそこから走る。
「ん、あっ……やだ……舐め、ながらしないっ、で……っ」
「ちょっと触っただけで、こうやって背中反るくらい感度いいんですよね」
「ぁ、あっ……だって、あっ……こっち、きもち、ぃから……」
「左もいいでしょ?」
濡れて熱いざらつく感触がそこを覆う。巻き付いて吸い上げる。
「んぁあっ……ン、吸うの、っは、どっちもいい……から、ン、だめ」
ダメだってこれ……きもちよすぎる。もう腰が浮いちゃってるし、不意にされるとホントにビクつくの止められない……っ!
「すごい跳ねますね……そんなに気持ちいい?」
「っ、んぁ……くち、入れたまま、しゃべっ……ない、で……」
あたる感覚に強弱つくだけで、きもちいい。息がかかるだけでもいい、かもしれない。
「あっ……なにっ、ふぁ」
胸から離れた舌が腹に向かって下りていく。短い前髪と鼻先もかすかに撫でていくから、それにも腰が捩れる。
「真尋さん……ここにホクロありますよね」
「あっ、るけど……っ」
「臍のとこにある、ってなんかエロいですよね……だから好きです」
「なっ、に……それっ」
そんな恥ずかしいこと、どうして守屋は平気で言ってくるんだろうか。ホクロの位置でエロいとか……そんなの俺のせいじゃないっ!
おそらくホクロがあるだろう場所を啄むだけじゃなく舐めてもいた熱が、ふっと消えた。
「この……ほっそい腰とか」
入れ代わるように、くびれをてのひらの形に熱が包んでくる。曲線を甘く辿るその温度は、
「……ここの薄い肉付きも」
「あ、ぅ……やめ、て……や、ぞくって、し……ちゃぅ……っ」
するっと、衣擦れの音をさせてシーツと俺の腰の間に潜り込む。言われたその柔らかい部分をくすぐるように、指が通る。
「……背骨のこの抉れてる線とかも」
「……んっ、ん……っ」
指先が背骨の通りに撫で上がってくるから、ビクついて余計に背中が反る。震えてるのに甘い声が漏れちゃう。
「俺は好きですよ……後ろから突いてあげてる時が、とくにね」
やんわりてのひらでなぞりながら耳許でエロいこと囁いてくるし。
「んっ、ンぅ……なんでっ、そういう、こと……っ」
「すげーかわいくてエロいんですよ? 奥にあたるたびにビクついて、しなるんです」
首筋にもはだけてる肩にも、唇を落として擦り寄ってくる。いつもよりねちっこく吸いつかれてる気が、するんだけど……うぅ、どうしよう。すごい煽られるし、そんなこと言われると……
「……思い出してるでしょ、真尋さん」
――バレてる……わかってたけど。
だって部室でした時に似たようなこと言ってたし、繋がるだろ記憶が! とは、思いつつも身体はされたことを鮮明に思い出すから、ぎゅって膝を擦り合わせたく……なるんだけど。
「でも、もうちょっと待ってくださいね。まだ途中なんで」
肩口に顔を埋めてる守屋の腰を、挟み込む感じになっちゃって。堪えてるのがモロバレ状態。言葉は冗談めいてやさしいけど、意地悪い顔されてるきっと……恥ずかしくて死にそうだ、もう。
「なっ、あ、やっ、うぁあぁっ……揉ま、ない……でっ」
「真尋さんって尻小さいですよね……ちょうど俺の手におさまるくらい……このサイズ感も好きですよ」
背中を撫でていたてのひらが、離れたと思う間もなく鷲掴まれて。ぐにぐに潰すように集めたり、開かれたり……してて。なにこれ、そこいまどうなってんの……っ!
「やっ、だ……へ、ヘンな感じする……っ」
「けど……気持ちイイ?」
低い囁きは仰け反る喉元で聞こえたはずなのに。答える前に、唇の微熱は胸を吸い上げる。
「は、ンぁ……きも、ち……ん、ぁ、あっぁ、あっ」
「かわいいね真尋さん……俺に押しつけちゃって」
「あっ、ンんっ……だって、だ……あっきもちよ、すぎ……るっ」
「そうみたいですね、下着の色変わるくらいしみてますよ?……これ以上汚れる前に脱ぎましょうか」
「っぁ……あ、ぁっゆ、っくり脱がす、なっ」
「そのほうが擦れて気持ちいいでしょ?」
「やぁ、もっ……はやく、脱が……してっ」
目は、ちょっと開いてると思うんだけど。光が入る隙間ないくらいぴったりカバーされている。気が紛れるものが何もなくて、予測する材料がなさすぎて――判断力が、敏感に反応する感度に持っていかれる。『きもちいい』だけが、身体にひたすら溜まっていく……
もう、なんだよこのアイマスク! ホントにどっから持ってきたんだよ!
「……脚、邪魔なんですけど?」
存分に焦らしながらとはいえ、ご丁寧に靴下まで脱がしてくれたのはいいけど……
「ぅ、だって……恥ずかしい」
脱がされた下着に糸引いちゃってたのわかるくらい俺すっごい勃ってる、し……ベトベトになってる。
「恥ずかしいって、真尋さんは見えてないでしょ?」
「だっ、だから……恥ずかしい、って」
「ああ、俺に見られると恥ずかしいんですか……かわいいですね」
「う、ぁあっ……どこっ、なで、て……だよっ」
閉じてる太腿の裏から付け根のほうへ、かすかに触れてる指先がためらうようにゆっくり撫で下りる。付け根っていうか尻のほうにまで下りていくし戻ってくるし。ぞくぞくヤバい……鳥肌が立ちすぎて痛いくらい。
「俺、ここも好きです……この白くて柔らかい感じ、痕つけたくなります」
「やっ、だ……ぁん、そんな、何回も……吸わないでっ」
まだ鳥肌のおさまらない太腿の内側を強く弱く吸われるけど。痕つけたくなりますって、絶対つけてるだろ! こんなところヒトに見せないけど、俺があとで見て自分でダメージ喰らっちゃうだろ!
「……あと、ココ」
「ひぁっ!」
びっくんッ、て。魚みたいに跳ねたのは、いつの間に用意してたのか……ローションを尻の粘膜に掛けられたから、だと、思うんだけど。
「ぅ、あ……ひ、あっ……ぁ、あっ」
「腰揺れてるね……まだ周り撫でてるだけですよ?」
「だ、ンぁ……だって」
とろとろ、割れ目を流れていってるのは肌で感じてる感覚のはずなのに。簡単に想像できちゃうからで。てのひらであたためてくれているのはいつものはず、なのに、そのぬるい温度も今は、余計にヤラシく感じてしまうし。
「真尋さん、自分で指入れたことないでしょ?」
「あっ……な、ないっ……ない、こんなとこ……ぁ、あっ」
指が入ってくるのも目に浮かぶようにわかる、し。
「だから、教えてあげますね。真尋さんのココ……いつも熱くて、柔らかくて……」
「っそれ、やっ、ひろ、げ……ないでっ、ゆび……ひらかないでっ」
まるで追い出すみたいに、きゅぅって締め付けてるのを押し開かれるのも……
「なのに、狭くて……」
「あっ……こ、すったらっ、ひ……だ、めっ」
弱いところを擦られるのも捏ね回されるのも。されること全部、抱きつきたいほど気持ちよくて。
「指入れてるだけでも、すげー気持ちいいんです。だからもう好きとかじゃなくて……挿れてる俺は、たまんないって感じ」
それをさらに煽るように、
「……自分から脚、開いてくれるんですか」
浅い吐息の囁きが落ちてくるから。
「マジでいい格好になりましたね、真尋さん……恥ずかしいとこ全部、俺に見えちゃってますよ?」
当然、振り切れて壊れた感度に……身体と心は裏腹になる。
もうダメだ。今日の守屋はエロ過ぎる……
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