G.S.D 「み、峰……あのっ、待って……」 「ダーメ、俺の言うこと何でもきく約束でしょー？」 「でも、だって……こ、んなのっ」 「いいから、脱いで辻元」 「あ、わっちょおぉっ……やめ、パンツは脱がすなっ」 「だってー邪魔なんだよ、１回脱いで」 「はっ、え、なんで？……ひぃい、手を入れんなっ」 「ほらーうしろ向いて、やってあげるから」 「う、ぁ……き、きついっ」 「辻元って意外と筋肉あるよね……俺のほうが強そうだけどー」 　という、やりとりがあり――着せ替えおわった俺を見た峰は、感想を述べた。 「なんかサンタっていうよりは、ウェイトレスみたいだねー」 　これは、たぶんワンピースなんだと思うけど――赤いワンピース。ふわふわした白いまるいボタンもどきが胸の前についてるから、それだけでサンタクロース感はバッチリある。 　でもたしかに言われてみると。 「……こういう制服のお店あったよな？」 　なんだっけ、すごい甘いんだよなケーキが。制服がかわいくて有名な……有名なのはわかるかも。だって胸の下が、腰まわりがグッと締まってるから、女の子が着たら胸が強調されるデザインだ。胸元には白いギャザーが寄っていて、それは肩にもつながっていて……なんか半袖みたいな感じ。 「オフショルダーになってるから、肩は出すんだよー」 「……太ももがムズムズする」 「チュール素材だからかな？　コスプレだから安っぽいんだろうね生地が」 　スカートの部分は細い目の、なんかさわさわした透けてる素材のミニスカート。しかも、ぶわっとしていてボリュームがあるから浮いちゃって余計に短くなっている。 「なんで俺……こんなの着なきゃ」 「えーだって辻元は俺に負けたじゃーん」 「くっ……やったことないって言ったじゃんかっ」 「ああ、あれはアケコンでしかやったことないって意味だから」 　どうやらこの水泳部にはゲーム好きが多いらしく、まとまった休みやイベントがあるとすぐに格ゲー大会が開催される。今日はクリスマスだから、という名目でイブの昨日もやったのに飽きずに談話室は賑わっていた。 　今日も今日とて守屋の風呂待ちしてた俺は初参加したわけだけど、葛西くんを師匠にしてはじめたのはつい最近のこと。まだ思い通りにジャンプすらできない俺が、アケコン――ゲーセンにある実機と同じレバーコントローラーでプレイしまくってるだろう峰に、普通のコントローラー同士でやりあったとしても勝てるはずはなく。 「負けたら罰ゲームって、いつもやってるじゃん」 「そうだけど……なんで女装なんだよ！」 「むさ苦しい聖夜に華を添えようと思ってー」 「着るのはむさ苦しい誰かだろっ！」 「辻元はむさ苦しくないじゃん」 「逆三体型ばっかの水泳部と比べんなっ」 「まあ、とりあえず落ち着いてーまだこれがあるんだから」 「まっ、まだなんか着るのかよっ」 　あからさまに身構える俺をベッドに座らせて、たのしげな峰はその前にしゃがむ。投げ出すように下げていた俺の足をとって、自分の膝に乗せた。 「な、なにしてんのっ」 「たぶん辻元自分でやったらやぶくから、俺がやるね」 　パッケージから取り出したそれを丁寧に縮ませて、乗せていた俺の爪先からするすると穿かせていく。 「な、こ、それ……す、ストッキング？」 「うん、ガーターストッキングだよ」 　上擦った声の俺とは対照的に、峰は落ち着いた声で名称まで教えてくれる。この有無を言わせない感じ……守屋そっくりだ。でも、たぶんあいつとはちがって意識してやっているんじゃなくて……単純にマイペース、なんだよな。だからなんとなく言い返す気持ちが起きないから困るんだよな……と、普段見下ろす位置にない顔を眺める。 　きれいに染まっている濃茶の髪が伏せられた目許を覆ってはいるけど、のぞいている表情はあいかわらずにたのしげ。それでもいつもよりちょっと大人びて見えるし、跪く姿勢が……どこぞの執事やってますって言われても納得しそうなくらい、なんか完璧すぎて。傅かれるって、こんなに優越感があるのかと、妙な気分になるんだけど…… 　ガーターストッキングって？　『ガーター』ってなに？ 「ぅわぁあっ！　なんだよっ、なんでめくるんだよっ」 　レースの部分を広げるように太ももまで――スカートの中まで、峰は手を入れてくるからぞわぁっと鳥肌が立った。気持ち悪い、し、ビックリする。 「だってこれサイハイだから」 「サイハイってなに!?」 「ストラップどこいったー？」 「ひっ、なに、なにすんのっ」 「さっきつけたガーターベルトとストッキングをつなぐんだよ、これで」 　パチン、と。ストラップの留め具をストッキングのレースに挟ませて。アジャスターの長さを調節されて。 　出来上がったのは――赤いチュールから生える、細かな網目に包まれた白い脚。と、微妙な面積の素肌な太もも。を、縦に通る小さなリボン付きストラップ。 　これ、あれじゃないか……絶対領域ってやつだろ。自分の太ももにそんなテリトリーがあるなんて信じたくない。 「な、なんか見たことある……かも、だけど」 　なんで黒じゃなくて白！　そういえばガーターベルトも白だったけど、網目が小さいから真っ白いタイツ穿いてるみたい……幼稚園児かよ。でも肌が透けるから薄いピンク色に見えてキレイかも……いやキレイじゃない！　これ自分の脚！　脚線美なんてカケラもない脚！ 「やっぱり白の網タイにしてよかった、清純系いいよねー」 「不純だろ！　どう見てもッ」 　そう言い返してみてもやっぱり峰は色っぽく笑うだけだから、優雅に差し出された手に引き上げられて、しぶしぶだけど立ち上がる。 　立ち上がってみてわかったけど……調節してくれたとはいえ、腰骨で巻かれてるガーターベルトがストッキングをすこしだけひっぱるから変な感じがする。なにより、太ももまわりと尻が……下半身が満遍なくスースーして、自然に内股気味になるくらい心許ない。し、ゼッタイ見せたくない領域を隠したくてスカートの裾をぎゅっと引っ張った。きっと、いまの俺の顔色はワンピースの赤と同化するくらいだと思う…… 　もじもじなのかプルプルなのかわからない、でも恥ずかしいからに間違いない俺の身動ぎを見つめて、峰は甘ったるい目許をさらに緩ませた。ホンットに峰は俺が困るとたのしそう。この誰かさんと同じ目に、いい予感なんてしたことない。 「なんかホントに女の子みたいだね……カワイイよー辻元」 「おっ……男だし！　かわい、くないし！　うれしくないしっ笑うなし！」 　かわいいって、そんな顔で言われても。褒められた気がしない。そもそも褒め言葉じゃない。 　だってそれは免罪符にならないだろ、男には――なんて、ぎゅって胸が歪んだのは……なんでだろう。言い返した言葉が、喉につまったのはどうして、だろう。 「じゃー戻ろっか」 　抵抗する間もなく、満足げな峰に手を引かれて寮部屋を出たけど…… 「えっ、こんな格好でなにすんの？」 「え、とりあえずお披露目して記念写真撮ってー」 　戻るのはあのほぼ全員がいる談話室か！　とわかった瞬間。 「各部屋も全部回って写真撮って、あれー？」 「冗談じゃない！　形に残る前に俺が消える！　もう写真とか動画とか、そーゆーデジタルに便利なもの嫌いだッ！」 　峰が言いおわらないうちに、俺は叫びながら廊下を駆け出した。「じゃあ10かぞえたら追いかけるねー」とかのんびりした声がするけど、とにかく無視して逃げることにする。 　たのしそうにゆーっくりかぞえてるその時間があれば、匿ってくれる……だろう部屋までは、きっと余裕で辿り着ける、はず。