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「辻元先輩帰ってませんか?」
「……いや」
「おかしいなーどこに消えたんだろ……見つけないと俺が峰さんに消されそうなんスけど」
「なんで探してんの?」
「実はいまー、辻元先輩サンタコスしてるんスよ、ブリブリひらひらの!」
「……へぇ」
「罰ゲームなんですけど、みんなに見せる前に逃げちゃって」
「……それ、外逃げたんじゃねぇの?」
「えっ、あの格好で!? マジっすか……ちょっと心配になってきた」
「いや……まだ寮内かもしれない。寒がりだし、あの人」
「だと、いースけど……じゃあもうちょい寮の中探します! あ、もし外にいて連絡あったら教えてください、俺迎えにいくんで!」
という――やりとりがあり。パタン、カチッと鍵までかけてくれてから、葛西くんと話していた守屋はドアの前で振り返った。
「だ、そうです」
「し、知らないっ! やだっ俺死ぬ! 峰を殺して俺も死ぬ!」
「……パンツ見えてますよ」
「ぎゃあっ」
べつにパンツなんか見えたってと思うんだけど、抱えていた膝をベタンッと前に倒した。なんとなく隠さなきゃいけない気になるのは、通りすがった洗面所の鏡で客観的に今の自分を見たからだ。もうこれ以上、恥をさらすワケにいかない……いるだけで辱しめ状態なんだから。
「なんでそんなもん着てんのか、理由がわかりました」
言いながら、淡いオレンジ色の光の中を守屋はゆっくり近づいてくる。ベッドの上で壁にめり込むくらい後退りする俺の前に腰掛けた。
ちょうど風呂から帰って部屋に入ろうとしていた守屋を駆け込んだ勢いのまま中に押し入れて。抱きついてきたのが俺だってわかってもらって、事態は急を要すると理解してもらうのにコンマ数秒。
ドアからは死角だろうベッド上の位置に俺が移動するのと、のぞかれてもわかりづらいように守屋が電気を消して、ベッドサイドの間接照明だけにしてくれたのは、ほぼ同時。
そのまた数秒後に、葛西くんはドアを叩いた。守屋と俺の連携もなかなかだけど、峰と葛西くんもやりよるわ……
「つか、見れば見るほどスゲェ格好してますね」
片手をついて少しだけ振り返る守屋は、上から下まで下から上までと、遠慮ない視線でジロジロ見てくる。辿る視線の順番通りに、見られてるその場所を手でわたわたと覆ってみるけどもうどこ隠せばいいのかわかんない!
「み、見んな!」
ほの明るさを頼りにする守屋の表情は、いつもよりも読み取りづらい。というより、いつもより無表情に見えるから不安になる。
「見ないで、お、お願い……」
無言のプレッシャーに耐えられなくて、結局両手で顔を隠す。てのひらの形に冷たさがわかるくらい、俺の頬は熱いしたぶん真っ赤。
こんな格好……気持ち悪いし、情けないのは自分でも十分そう思う。だけど、守屋にそう思われるのもはっきり言われちゃうのも、嫌だ。やっぱりちがうなって思われたくない――ちがう、てなにが?
「でも、なんつーか……真尋さん、そうやって座ってると……」
無表情をとかすように笑う顔は、部屋を満たすやわらかいオレンジの光に照らされて、やさしく見えてくる。でも、つづく言葉が、その先がわかるから。不安は胸も喉も、涙も押し上げてくる。
「女の子……」
「わあぁっ聞きたくないっ!」
やっぱり当たっていた言葉の途中で耳を塞ぐ。完全拒否したくて、後ろを向いて壁と対面する格好になる。
「おっ……女の子みたいって……言いたいんだろ?」
耳を塞いでるからなのか、何も言葉を発していないからなのか、守屋からは無言しか返ってこないから、くちびるを噛む。
「だからかわいいって……こと、だろ?」
こんなこと、普段は忘れているのに。でも忘れているだけだから、言われるたびになんとなく素直になれない。
だって“かわいい”って男に使う言葉じゃない。でもそれくらい、守屋が本当に思うからなのかもしれない。
「そんなの、うれしくないし聞きたくない! だって、なんで……」
でも、こんな『女の子全開』な格好の俺にそれを言われたら。本当は、俺が女の子だったらいいなって……思ってるのかなって。それとも、もしかして――
「やっぱり……女の子がいい、の?」
じわじわたまっていた涙が、うっかりこぼれそうになる。
もしそれが当たっていたら、どうしたらいいんだろう。どんなに好きでも、好きすぎて泣けてくるくらいでも──足掻いたって宥めたって、俺は『本物』にはなれないし。こうやって装ってみればなおさらに、勝てないんだなと思い知らされる。
ぽたぽたっと、透ける赤いチュールと白い細かなレースの間にぬるい雫が落ちてくる。オレンジに光る透明なそれを見ていたら、耳を塞いでいた手になにかが触れた。
「またそんなこと言ってんですか……ちがいますよ」
俺の手を外させた耳許で、守屋はためいきまじりに否定する。背中から重なってくる体温にぎゅっと包まれた。
「女の子よりかわいいですね、って……言おうと思ったんです」
露出してる肩に守屋は顎を乗せてくるし、首筋に真っ直ぐな黒髪があたるから俺はちょっと首を縮めた。くすぐったいのはそれだけじゃないんだけど……
「……俺言ったじゃないですか、真尋さんなら何でもいいって」
そう言いながら、擦り寄せた頬もまだ目尻で膨れてる涙も、守屋はくちびるで辿って慰めてくれて。
「もっと平たくいえば……“真尋さんだから”かわいいし好きなんです」
鼻先が触れて、ほんのり淡くオレンジの明かりが揺れる瞳と瞳が絡んで。じゃれるよりは長めの、奪うよりは優しいキスで塞いでくれる。
「何回言えばわかるんですか。いい加減にしないと俺が拗ねますよ?」
軽く絡んでた舌先を離した守屋は、冗談っぽく笑う。からかっているのに、その声はやさしいから、拭ってもらった目尻がまた熱くなる。
どうして、守屋はいつも俺の欲しい言葉がわかるんだろう。なのに、どうして俺はいつも見失っちゃうんだろう。
男とか女とか関係なく想ってるのがいっしょなら。もうこんな嫉妬する意味ないし、不安な気持ちは包んでくれた体温にとけて、とっくになくなってるんだけど、でも――
「な、何回でも……わかんない」
拗ねる守屋は見てみたい……と、期待を込める。この期に及んでどんだけ好きなんだ俺。
守屋は、一瞬だけほんのちょっと目を見開いたけど、すぐに見慣れた意地悪そうな顔をする。
「なら、身体にわからせましょうか」
「えっえっなんでそーなんのっ」
「なんで、って……ほら」
「あ、わっ……なにっ」
ぺたんと座っていた足を――くるぶしから太腿までを――守屋のてのひらが、ストッキングの上を滑るように撫であがってくる。薄い細かなレースを過ぎた素肌のところをやわく立てた爪でなぞられる。
「ん……っ」
それだけなのに。ぞくんって、背中が震える音がする。音が響くみたいにそれは腰にも爪先にも伝わっていくから……ぐって、こらえる力が入る。
そのあいだに、てのひらはストラップの先を目指すようにチュールの裾も潜ってきた。
「ヒラヒラしたものはめくりたくなるし、白くてやわらかいものは、触りたくなるし……」
赤いチュールを手繰り寄せて、隠れていた内腿にも守屋はてのひらを這わせてくる。
「あ、やだ……っ」
やわやわ揉まれる肌に守屋の指が食い込んで、強弱するその弾力に、小さく喘ぎの混ざるためいきが出る。我慢してるはずのくちびるから、頼りなく漏れていく。
「は……ぁ、んっ、んっ」
「無防備なとこには痕つけたくなるし」
「んんっ……」
ビクつく肩から背中まで短く吸いつかれるから、こぼれていく声は、いよいよ甘い唸りになる。浮き出た骨をなぞりあげる守屋のくちびるはうなじも首筋も啄んで、通ったあとに鈍い痛みとやわらかい吐息を残す。
「んっ……だ、め……」
そんなこと次々にされて、かたく熱くなっちゃってるのをきゅって握られて。我慢できないのと恥ずかしいので、腰は勝手によじれていく。
「期待は裏切れないでしょ?」
それをダメ押す――意地悪なのにやさしい声が、耳許に吹き込まれるけど。期待してたものは、全然ちがうものだし。見透かされてるのをすんなり受け入れるのも悔しいから、
「き……期待してな、いっ」
抵抗してみる。
「じゃあ、しない?」
「う、ぁ……し、してるっ期待してる……から」
でも、逆手に取られそうな意地の悪い声音には……どうしたって従っちゃうし。さっきとはちがう期待になったのに変わりない、から。
握り込んでる手に手をそぉっと重ねて。触れ合わせたくちびるに少しだけ、舌先を差し込んで……くすぐって、みる。
「俺のカラダに、わからせて……」
「……いつの間にそんなエロくなったんですか、真尋さん」
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