170 / 171

Absence makes Heart grow Fonder

Absence makes Heart grow Fonder _1  ほんとこの寮ってなんでもあるから不思議だよな、と改めて思う。  12月31日、土曜日。  世間は暮れも暮れ、年の瀬。大晦日の夜11時すぎ。  いつもガヤガヤしている談話室は、ほとんどの部員が年末帰省してるせいですごく静かだ。静かというか、俺と守屋しかいないんだけど。テレビから流れてくる笑っちゃいけない芸人さんたちの堪えきれない笑い声がよく響く。  それをぼんやり……無表情でみている守屋を横目に映しながら、空いたアイスのカップを重ねた。  談話室の隅とはいえなんでこんなしっかり7、8人は座れるだろう“こたつ”があるんだろうか。寮の備品なのかな。まあ、でもこうやってぬくぬくしてるとホント年末って感じだし。なにより、こたつで食べるアイスは美味しい。 「……ダメです」 「あぁっなんでっ」  3つめのカップアイスのシートを剥がそうとしたら、隣から伸びてきた手に取り上げられた。  座っていても身長差というものは如実に出るらしく、おまけに手足も長い守屋に高々とおあずけされたら俺は全然届かない。取り返そうとしても無駄にぴょこぴょこ跳ねるだけ。 「なんで、じゃないです。いくつ食うつもりですか、さすがに止めますよ」  そう言って、斜め横に座る守屋は俺からアイスの蓋を奪うと、カポッと閉めて遠くに置いた。  2つめを開けたときにジロッて見られたけどなにも言わなかったから、今日は許してくれるのかなって思ってたのに。 「まだ2つしか……」 「まだ、じゃないでしょ……なんですか、アンタ病気ですか? アイス食わないと死ぬ病気かアイス食いすぎる病気か、どっちですか」 「う、あっ、明日は食べないから……」 「明日も食うつもりですか……」 「そっそんな怒んなよ! こわい!」  淡々とした口調にプラスして切れ長の目がさらにすっと細められるから思わず叫ぶ。  体型を気にする運動部の守屋には甘いもの食べる習慣がないらしく、こうやって俺が次から次にアイスとかお菓子を食べてるとすぐ怒る。虫歯があるわけでも腹壊したりするわけでもないんだから、見逃してほしい……こどもか、俺は。 「じゃあ、いいよもう……ミカンにする」 「そういう意味じゃないんですけど。つかどんだけ食うんですか……」  でも、こういう時の対処法を俺は知ってる。だから、これも誰が用意したのか謎だけど、カゴに山盛りにされてるミカンを剥いて1粒指先で摘まんだ。 「はい、守屋」 「そこは『アーンして?』じゃないんですか?」 「アーンって守屋が言ったら俺も言う」 「……なんか最近、真尋さんズルくなりましたよね」  なんとなくここが意地悪ポイントなんじゃないかってのが、わかるようになってきた気はたしかにするけど。それはおまえとずっといっしょにいるからじゃないかな……というのは黙っておく。  結局、渋々だけど守屋は小さな声で「あーん」って言ったから、俺も小さな声で「アーン」ってその口の中にオレンジの粒を入れてあげた。談話室に俺たち以外いなくてよかった……こんなの見られたらマジで死ねる。  と、思ってたら何かに後ろから抱きつかれた。 「辻元ー俺にもアーンしてー」 「ぎゃあっ」  こたつとその声の主に挟まれて、苦しいのと耳許の吐息混じりの声に悲鳴をあげる。楽しげな声と、ムスクの甘い香りで誰なのかわかるけど……やっぱりビビるものはビビる。 「み、峰ッ……な、なに?」 「アーンしてくれないの?」 「え、峰ってミカンとか柚子とか柑橘系嫌いじゃなかったっけ?」 「うん、きらーい」 「じゃあ、峰さん口開けてください」 「守屋からもらうのはもっときらーい」  守屋は鷲掴んだ残りのミカンを差し出した。けど、それは俺の顔を覗き込んでた峰にやんわり押し戻された。  お互い笑顔なのにやっぱりやりとりは殺伐としてるし、年末になってもこれだから、きっと年始も、いやこの先もずっと変わらないんだろうけど。もう少し仲良くならないかな……慣れたとはいえ居心地の悪さが和らぐわけじゃない。 「何しに来たんですか、峰さん……まあ、その格好見ればわかりますけど」  視線の置き場がない俺を気にしてか、守屋は短く溜息をついて無表情に戻ると峰に問いかけた。  外された腕を追って振り返ると、コートにマフラー手袋片手な完全防寒の峰がいた。どっか行ってたのかなって格好、じゃないのか? 「外でみんな待ってるんだけどー辻元も来る?」 「え、どこに?」 「俺、あんず飴とチョコバナナ食べたいんだよね」  甘ったるい目許に楽しげな笑みを浮かべて、峰は出店屋台の定番を口にするから、俺はもちろん頷いた。 「行く! 俺、ベビーカステラ食べたい!」 「……マジでどんだけ食うんですか」  コートにマフラーの完全防寒姿に着替えを済ませて、待ってくれてた峰に連れられて外へ出たら、年始帰省組がほぼ集まっていた。  葛西くんは夜更かしよくしてるからやっぱりなって感じなんだけど……蓮池もまだ起きてたんだな。いつも早寝なのに。  俺と守屋を足して十人になった集団は、真っ暗な寒空の下に白い息を吐きながら、ぞろぞろダラダラ駅近くの神社を目指す。  寒い~帰りたい~を口癖に、深夜にしては人が多い駅前通りをじゃれあって蛇行しながらひたすら歩く。周りに目を向けてみれば、同じように凍る息を吐く人の流れは、みんないっしょ。  日付が変わるのに合わせて初詣をしようとする人って意外に多いんだなと、通りの先に見えている仄明るい鳥居を見やった。 「辻元先輩って受験いつなんですか?」  前を歩く集団から、ふらりとやってきたこの子は――守屋と同じ二年の永瀬くん、だよな。名前は初雪、ハツユキくん。生まれた日が初雪だったからって言ってた。 「2月だよ」 「あーそうなんスか! ホントもうすぐですねー現役でイケます?」 「現役でいきたいなー」 「辻元先輩頑張ってますから、きっといけますよ! もしダメだったら、また寮戻ってくればいいし」 「え、縁起でもないこと言わないで……」  にしし、と笑う永瀬くんは冗談で言ってるんだろうけど。それが出来るなら浪人しても……なんて、うっかり一瞬思う自分がいる。もちろん思うだけなんだけどさ。 「でも、守屋が同室でよかったですね。コイツ静かだから、邪魔になんないでしょー? たまに俺様かもですけど」  イタズラな笑みを口許に浮かべた永瀬くんは、今度は俺の隣を歩く守屋にちらっと目線を送った。それに気づいて、マフラーに顔半分を埋めてる守屋は無表情な目許をちょっと眇める。「俺様じゃねぇよ」って籠った小さな一言が聞こえた。俺様っていうよりは、意地悪だと思うんだけどね、俺は。  まあ仲良くやってくださいねーって笑いながら、前を歩く一団に逃げるように永瀬くんは戻っていった。  横に広がって進む背中たちは、みんな揃って逆三体型だし、デコボコ高低差はあっても身長も高い。高身長は、そのままタッチの差に反映されるらしいから――のっそりしてる壁たちはさすが強豪水泳部って感じ。ほんと、平均身長かなーってくらいの文化部な俺って違和感。  でももっと違和感、ていうかイレギュラーなのは…… 「……なんですか?」 「えっ、あ……なんでもないっ」  こうやって隣で笑う守屋だよな――  ほんの数ヵ月前まで、夏陽の下で飛沫をあげて水に飛び込む守屋しか知らなかったはずなのに。氷点下の夜空に白い吐息を昇らせる……コートを着た冬仕様の守屋なんて、しかも隣を寄り添うみたいに歩く距離にいるなんて。そんなの、想像しようとしたってできなかったはずなのに。 「……なんで赤くなってんですか?」 「な、なってないよ! そんなじっと見んな!」 「……エロいこと考えてます?」 「え、は? なんでだよッ」 「……真尋さん」 「な……なに?」  からかうようだった声色は、不意にふわりと優しく名前を呼ぶ。急に歩みを止めた守屋につられるように、俺も足を止めた。 「ちょっと、抜けませんか?」 「抜ける?」  見下ろす視線を瞬きして見返す。ちらりと前を行く……鳥居の入り口の左右に連なる出店に並ぼうとしている集団を目で追いながら、ほわりと白い息を吐いた。 「別行動しません?」 「……えっ、でも」  誘ってくれたのに、いいのかな……って。どうやら、あんず飴とたこ焼きとに分かれようとしてる残りの八人と守屋を交互に見てしまう。 「『来る?』って聞かれて、行くって言っただけで……『いっしょに行く』とは、言ってないでしょ?」 「そ、うだけど……」  それって屁理屈じゃ……なんて、意地悪そうに笑ってるから思ったりするんだけど。 「初詣、しましょう?……ふたりで」  鼻先が触れそうなほど近くで、喧騒に負けないように囁かれる誘いは……理屈抜きに魅力的だから、 「……うんっ」  俺はもちろん、頷いた。  気づかれたらなんて誤魔化そう、って思ったけどそんな必要もなく、並んだ参拝の列は案外スイスイと進んでいった。  俺の実家近くの神社は、この時間だと結構な数並んでいるんだけど……学校近くのこの神社は、きっと今日の昼間がピークなんだろうな。 「あとどのくらいかな?」 「あと半分くらいですよね……あの鳥居抜けたらすぐなんで、待って30分くらいじゃないですか?」  鳥居までの階段に並ぶ列とスマホとを見ながら、守屋は言う。横並びに10人くらいのこの参拝列を整備の人が拡声器を使って誘導していて、進むときは結構大きく進む。目で見ると結構な長蛇の列に感じるけど、そんなに待たなくても済みそうだ。  5円玉あったかなぁ……なんて考えながら、擦り合わせた手を吐き出す息であたためていたら、スマホの画面から顔を上げて微笑む守屋と目が合った。 「真尋さん」 「ん?」 「明けましておめでとうございます」 「あ……お、おめでとうございます」 「今年もよろしくお願いします」 「こ、こちらこそ……よ、よろしくお願いします」  会釈よりは深めに頭を下げるから、俺もなんだか畏まる。ペコペコ挨拶をしあって、同じタイミングで顔を上げたからまた目が合って、おかしくなって笑いあった。  もしかして、守屋は日付が変わるとき……ふたりでいたかったの、かな。  ……なんて。お互い前に向き直ってから盗み見る横顔に、ニヤける。だってなんか満足そうだから。  こういうとこ、年相応っぽくて可愛いなと思うんだけど……言ったら機嫌悪くしそうだから秘密にしとこう。  案外はやく回ってきた賽銭の順番に、5円玉を探して手間取る。どうしよう1円なら5枚あるんだけど、と交換してもらえるかなと守屋を見たらすでにてのひらに5円玉が用意されていた。「あげますから」と交換は拒否されたので、素直にいただくことにして。次々に投げ入れられている賽銭箱に俺も放った。二礼二拍手だっけ? とか思いながらぎこちなく打った手を合わせる。  ――さて、なにを願おうか。  考えてはいたけど、なんて伝えたら神様はちゃんと力添えしてくれるだろうか。できればシンプルで、間違いのない願い事……いや、言葉がいいなと思うんだけど……たとえば、  ずっとこのままでいられますように──  チラリと盗み見た隣には守屋の姿はもうなくて、とっくに脇に避けているから、焦ってそんなありきたりで……ふわっとした願い事になった。  けど間違ってはない、かな。余分な主語がないから融通がきくんじゃないか。  なんて考える俺は、最近守屋がよく言うようにズルくなったのかもしれない。でもそうあるべきなんじゃないか、とも思うんだ。  だって、離れても離れるわけにいかないんだから。  その為なら神様だって運命だって、出し抜けるくらいズルくなりたい。 「やっぱり受験生なんですね」  出口はあの坂を下ったとこです、って車通しにもなってる脇道を指して守屋は歩き出す。ざくざく砂利石を踏む音と人波の蠢く音が混ざって、声は聞き取りづらい。 「え?」 「この神社、合格祈願で有名ですから……大丈夫ですよきっと」  追いついて隣に並んだら、そう微笑まれた。  どうしよう、そうか……そうだよな。そのせいで離れる心配はしても、そのもの自体は頭から抜けてた。 「俺……全然違うこと願っちゃった」 「……だと思いました」 「え?」 「だから、大丈夫ですよ」  ニンマリと笑うその口許は、意地悪いよりは確信犯の曲線。ほんと俺の思考なんて……思うことなんて、守屋はいつでも見透かしてる。  だから……『何を願うか』なんてことも、先を歩く背中は知っている。 「で、でも……え、守屋のは? もう1回しようよっ」  ざりざりと、坂道に向かうゆっくりした後ろ姿に声を張る。俺の代わりに、なんて優しすぎて嬉しいけど。3日の夜に、水泳部全員で初詣に行くらしいから……その時にすればいいやって思ってるのかもしれないけど……そういうことじゃない。  たとえ、1回分の神頼みだとしても。守屋の願い事が俺のせいで叶わなくなるのは嫌すぎる。 「それも大丈夫ですよ」 「なんで……?」 「だって真尋さんと同じだから」  思わず止めていた足でまた追いかけて、今度は待ってくれてた守屋はそう言って笑う。マフラーに隠れた口許は見えないけど、意地悪くニタニタしてると思うんだ。だって、きっと俺いま……耳まで赤い。 「まぁ……『神頼み』なんてしなくていいんですけどね。俺も真尋さんも」  なんでもないことのように、そう呟く口許から白い息がほわりと昇って。澄んだ青黒い夜空に溶けるように消えていった。  誕生日にもクリスマスにも感じた、この『温度差』は……卑怯だと思う。  どうして、いつも。キミはそうやって。『当たり前に』言ってのけてくれるんだろう。  これ以上俺を好きにさせてどうするつもりだ──  「ヒトが増えてきましたね……」なんて、またなんでもないことを口にする守屋は「真尋さん、はぐれそう」って首を傾げて笑った。  俺が今、どうしたいって思ってるのか見透かされてるんだってその仕草でわかる。 「……手、繋ぎます?」  また、なんでもないことのように守屋は言う。 「混んでるし、誰も気にしてないし……バレないですよ」  言い返せない根拠を並べるからほんと意地が悪いなと思うんだけど。  でも、差し出されたてのひらの優しい微熱は、いつだって魅力的だから。 「……信じる」  そんなの頷くに決まってる。 「……そういうことだったんスね」 「あっ、やっ、ちがっこれは……ッ」  参拝が終わった人波と一緒に坂を下ってきた出口──俺と守屋を置いて帰らなかった8人は、なぜかそこに集まっていて。包み隠さず手を繋いで歩いてきたのをバッチリしっかり見られる、という……何をどう言い訳すれば包み隠せるのかわからない状況になった。  いつも意味深に笑ってる峰と眠そうな蓮池は置いとくにしても、葛西くんと他のやつらはニヤニヤしてるからもう死にたい! 平然としてる守屋のことは殴りたい! 「……やっぱり、守屋さんと辻元先輩って」 「ちが、聞いてっ葛西くん! これには、理由がッ」 「マジ仲良いッスね!」 「……っは!?」  予想した言葉じゃなかったから、盛大に上擦る。  な、なにそれ。ディスってんのかな……嫌み? 「辻元すぐフラっていなくなるし、人波に乗れないから大変だったろ?」 「え、えっ?」 「まだ繋いでたほうがいーよー辻元。混んできたから」 「え、は?……ど、どういうこと?」  蓮池と峰の言葉でいよいよ意味がわからない。葛西くんは「守屋さんてなんだかんだ面倒見いいッスよね」なんてことも言うし……  それに他のやつらもそれぞれ同じようなこと言ったり頷いたりとか……ニヤニヤはしてるんだけど。  ──おい待てもしかしてと、過る。 「あの……ちょっと聞くけど。なんで俺と守屋、手ぇ繋いでたと思う?」  怯えと諦め半々で、悪気なく笑う八人に問いかける。  答えは、やっぱりひとつらしく。 「え、迷子防止でしょー?」  元部長の峰はこれが総意と言いたげに微笑んで、残りのやつらも同意するようにニンマリ笑う、から。  これからどんな顔してあの寮にいたらいいんだとか、そもそも寮にいられるんだろうかとか、やだなせっかく仲良くなれたのにとか、走馬灯のようにめぐった思いすら恥ずかしくなる。  ほんっとに、この水泳部って謎過ぎる! どんだけポジティブ思考でフレンドリーなんだよ。恋人じゃなくて、親子みたいなもんだって思われてるとか……  勘違いも甚だしくて有難いけど恥の上塗りでしかないからありがたくない! 「……みんな、俺のことそんな目で見てたのか」 「だからバレないですよ、って言ったでしょ?」  守屋は相変わらず隣で勝利宣言するし。  神様とか運命とか出し抜く前に。まず、この意地悪な後輩よりズルくならなければ…… 「とりあえず、手は繋いでも大丈夫ですね……次はなに試してみます?」 「ステップアップしようとするなっ!」  だって、今年もこの先も。そこだけは。ずっとこのままでいたくない!

ともだちにシェアしよう!