2 / 15

丞と仁の夏休み日記(2)

 朝飯を一緒にし、一旦は各自の家へと戻ったものの、午後になると案の定、暇を持て余したふうに丞が訪ねて来た。  『伊豆へ行く車の中で聴くCDだけどどれがいい?』などと、何枚もアルバムを抱えて意気揚々楽しげだ。 「何だっていーよ、オマエの好きなの持ってけばいいじゃん。車だってオマエのなんだし……」  又も素っ気なく、気の無い返答をしてしまってから、ちょっと愛想がなかったかなどと落ち込む仁であったが、相も変わらず大らかな受け止め方の丞の様子にドキリとさせられたりと、初日からソワソワとした感情を持て余す。 「まあそう言うなってよ。せっかくだから好きなの(音楽)聴きながら行きてえじゃん?」 「だからー……オマエの好きなの持ってけばそれでいいって言ってんじゃん」 「俺はね、お前にも滅法楽しんでもらいてえのよ! お前の好きな曲を一緒に聴く、そんでもって俺の好きなのも一緒に聴くってさ? そ~ゆ~のいいじゃん?」 「別に……何だっていいよ俺、特に好きな曲とかねえし……興味ねえから……」  ボソリとそう言って気まづそうに俯いた仁の頭をポンと撫でた。 「お前なー、何でもかんでも興味無えっていっつも同じこと言ってるけどよー、そんなんじゃ人生勿体ねえぜ? せっかくの夏休みなんだしよー、もっとこうエンジョイ~っつーの? 趣味とかデートとか遊びとかさ、いろいろあるでしょやりてえこととか。そういやお前って彼女とかもいなかったっけ? 連れて来てるのとか見たことねえよな? な、な、どうなのよ仁。好きな子とかいねえの? お前結構モテるだろ?」 「いねえな。オンナとか興味ねえし」 「あ~、又興味無えときたもんだ!」  いい加減呆れたと言わんばかりに丞はゴロリとベッドに寝転がると、再び仁の髪を撫でるように手を伸ばしながら言った。 「ならさ、何なんだろうなお前の興味あることって」 「へ……?」 「ん、だからよ……知りてえなって。お前の興味あること」  じっと見つめてくる瞳が午後の日差しに透けてそこはかとなくやさしげだった。  こんなに無愛想にしているのにそんなことは気にもとめずといった調子で、それどころかこんなふうにやさしく見つめながら『お前の興味あることを知りたい』などと訊いてくる。仁は面食らったように微動だに出来ずに、ドキドキと高鳴りだす心臓音を抑えるだけで必死だった。 「別に……俺の興味なんて……そんなの知ってどーすんの……」  しどろもどろに視線を泳がせるのがやっとだ。 「どーするって、ただ知りてえと思っただけ。つーかさ、俺が興味あるんだ、お前の『興味あること』に」  クスッと笑いながらそんなことを言われれば極め付けだ。染まる頬を隠すように仁は咄嗟に背を向けて、そしてふと考え込んでしまった。  そういえば何だろう、自分の興味あることって?  改めて訊かれると出てこない。  何だろう、格別聴きたい曲があるわけでもない、行きたい場所があるわけでもない。ましてやデートだの彼女だのなんて考えたこともないということに初めて気が付いた。  何だろう、俺の興味のあること……俺のいつも考えてること……。  それって―― 「オマエのこと――」  ポロリと滑らせて、仁は慌てて口をつぐんだ。 「あのさっ、とにかく何でもいーから……曲とか……お前が好きなら俺もそれでいいし」 「ふぅん、そう? ならいいっか。俺がテキトーに選んで持ってくわ。それよか今日の晩飯どうする? 俺作ってやってもいいけどー。せっかくだからどっか食べに出るか?」 「ん……いいよ。どっか食いに行くか」 「よっしゃ、じゃあ決まりな? お前、何食いたい?」 (そんなの、お前の好きなモンでいいよ)  そう言い掛けて仁はハッと言葉をとめた。 「ん……とね、そんじゃ焼肉とか……行ってみる? 今日も暑いし夏バテ防止ってことでさ」  又しても『何でもいいよ』と返答するのがバツの悪く思えて、咄嗟にそう切り返した。  そんな様子を即座に理解せんとばかりに丞はうれしそうにニッコリと微笑むと、ひょいと身軽にベッドから起き上がって仁の頭ごと抱きかかえるように引き寄せた。 「いいな焼肉。ちょうど俺も食いたいと思ってたトコ! なんせお袋のメシって和食ばっかだしよー? ココんとこずっと大根おろしとかだったから」  悪戯そうに微笑む瞳がすぐ目の前で揺れている。頬と頬がくっ付くくらいに引き寄せられて、まるで内緒話のように耳打ちされて、仁は更に頬を紅潮させてしまった。  それじゃ後で迎えに来るよ、と手を振りながら丞が出て行くのをずっと窓越しに見下ろしていた、そんな折だ。  斜向かいの玄関に入ろうとする彼の後を追うように楽しげな女たちの呼び声を耳にして、仁は咄嗟に窓際で身を潜めた。 「丞ー! ねえ丞ったら! 久しぶり~!」 「お! どうした? めかし込んで今日は何かあるのか?」  会話の様子からどうやら高校か何かの同級生か、あるいは後輩らしいのが分かった。ちらりと覗き見た彼女らは三人くらいで、皆それぞれに浴衣姿だ。  丞の問い掛けといい、何かの祭りでもあるのだろうかと、仁はこっそりと窓枠から顔を出し、階下の道路を気に掛けた。 「ヤダ~丞ったら! 今日は花火大会だよー。それに出店もあるし~! 花火の前にゆっくりお茶しようと思ってね、早めに来たの」 「へ? そうなの? 知らなかった。つーか、それでそんなにオサレしてるわけね」 「えへへ、見違えたでしょ? ねえねえ、だからさ、丞も一緒にどうかなって思って寄ってみたの! 前はよく一緒に行ったじゃん?」 「そうそう! ちょうどそんな話になってさ~? 丞と仲良かったバスケ部のゴウ君たちも来るよ!」 「え? マジで? ゴウってあの清水剛(しみず ごう)? そういやあいつらとも会ってねえなー」 「でしょでしょ? だから行こうよー、久しぶりにさ? でもまさかホントに家にいるなんて思わなかったけど~。丞ったら大学入ってからトンと音沙汰ないんだもん、久々に家行ってみようかってそういう話になって来てみたんだけどぉ……」 「そういえば丞って今、彼女とかいるの? サークルかなんかで素敵な女性(ひと)ゲットしてたりなんかして?」  矢継ぎ早にそれぞれが問い掛ける。その視線はうっとりと潤み、頬も心なしか紅潮しているようでもあって、つまり彼女らが少なからず心躍らせて丞を訪ねて来たのだろうというのが二階の窓からでもはっきりと分かった。 (ふ……っん、うれしそーなツラしやがって……相変わらず八方美人なんだからよ――)  軽く頭なんかを掻きながら満更でもなさそうな丞の様子に、仁はこっそりとカーテンを引くと、クーラーで冷えたベッドへと気だるそうに身を預けた。  じゃあ今日は『一緒に焼肉』はナシだな――  ふん、と鼻で苦笑いをし、何だか一気にヤル気が失せてだるくなってきた。  格別腹が減っているわけでもないし、もう今日はこのまま寝ちまおうか、などとふてくされながらも、急激に寂しさのようなものが襲ってくるような気がして、そんな滅入った気分を忘れようと仁はそのまま瞳を閉じた。  それからどれくらい経ったのだろう、どうやらあのまま寝入ってしまったらしい。  夏の宵闇を告げるべく、虫の涼しげな鳴き声でうつらうつらと目を開けた。  寝起きだからなのか、特有の身体が一気に火照るような感じがして、フイと寝返りを打とうと思ったそのときだ。  背後からぴったりと包むように誰かが寄り添って寝ているではないか。仁は驚いてガバッと布団を押し退けた。

ともだちにシェアしよう!