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仁の海水浴日記(1)

 丞と焼肉を食いに行ったあの夜から、取り立てては何事も無く平穏な一日を過ごし、俺たちは伊豆に来ていた。  渋滞を避けて、夜が明けきらない内から出てきたものの、さすがに陽が昇れば暑い。隣りで運転する丞の額にも薄っすらと汗が滲み出ていた。  潮風の匂いが鼻をつくのが心地いい。国道沿いの白いガードレールの向こうには、既に空色に染まった海が陽の光を反射して眩しかった。 「やっぱ暑っちーな、仁、ちょっと茶ー取って。もうすぐ着くからな!」  海ヘリゾートなんて言ったって、野郎二人じゃ特にこれといった予定があるわけでもない。着いたらテキトーに泳いでメシ食って、その後はちょっとばかし豪華なホテルに泊まることが決まってる。  実のところ俺は大して乗り気でもなかった。  かといって、両親が海外旅行の留守中に家でぼーっとしているだけなのも腹が立つ。何もしないよりはマシだろうと二泊の旅行なんぞに来てみたが、案の定海水浴場に着いた途端に俺の消極的な予感は的中した。  まだ幾分早い時間帯とはいえ、夏休み真っ盛りの浜辺は大勢の人間で賑わい始めていた。  俺は気だるい思いで荷物を車から運び出し、砂浜にレンタルのパラソルを注文した。 「お~! 気持ちいーな。水もまあまあキレイだし、来てよかったじゃねえ? なあ、仁」  砂浜に来ると海のエメラルドグリーンが更に濃さを増して、確かに綺麗だ。一通り椅子やらクーラーボックスやらを配置して、どっかりとチェアに寝そべりながら丞はそんなことを言っていた。 「な、仁。これからどうする? 先ずは昼寝か? それとも早速泳いでみる?」  子供みてえにはしゃいでるコイツを見てるのは嫌じゃない。何だかんだいって気に掛かる存在のコイツと二人きりで、のんびり遊んでられるのもある意味うれしいことだし。  だけど俺はやっぱり心底からこの状況を楽しむ気にはなれないでいた。  その原因は―― 「あのー、すみません。こんにちは~」 「私たちここにパラソル立てようかなって思うんですけど……隣り、お邪魔しちゃってもいいですか?」 ――ほら、始まった。  丞の傍にいると体外こうだ。可愛げに着飾った女が二人、愛想のよさそうに声を掛けてくる。目的が何かなんてことは聞くまでもない。長身の野郎が二人っきりで彼女の一人も連れずにこんなトコでバカンスしてりゃ、こうなるのは妥当な展開ってことだ。  話し掛けやすい雰囲気なのか女受けするのか知らないが、とにかく丞の傍には昔からこうやって他人が集まってくるんだ。  外見は今時の流行をそのままに、顔の作りだってイケメンといって過言じゃない上に、ヤツは人当たりも最高ときてる。それに付随してる俺も背格好からして似たような印象なんだろう。ちょっと大胆に開いた胸元のビキニを強調すべく、屈みごしに女たちが早速お決まりの文句で話し掛けてきた。 「二人で来てるんですかー?」  にこやかにそう言われて、 「ああ、うん……そうだけど」  頭を掻きながら、満更でもなさそうな顔してる。黙ってる俺に気を遣ってか、間の悪いのを何とかしようと、 「あ、パラソル立てるんなら手伝おうか?」  なんて、ちゃっかりお隣り付き合いが始まってるじゃねえか。  いつものことだと半ば溜息混じりになりながらも、俺は相変わらずだんまりを通しているしかできない。  パラソルの穴掘りに汗を流してる丞を横目に、俺は淡々と浮き輪の空気入れなんてどうでもいいことに没頭していた。  隣りの女たち二人はすっかり丞の奴と馴染んでいるっぽい。 「あの、お二人は彼女とかいないんですか?」 「よかったらお昼とか一緒にどうですか?」  きっと軽く頬なんか染めながら、期待に満ちた顔をしてるんだろう、見なくても分かる。お決まりの会話がチラホラと耳を掠め始めて、俺は空気の入れ終わった浮き輪を手にチェアから立ち上がった。 「おい仁っ! お前っ……もう泳ぎに行くのかよ!?」  慌てたように振り返った丞と女たちに軽いお愛想笑いを浮かべて、俺は浜へと歩き出した。 「ゆっくりしててよ。俺、先に一泳ぎしてくっからさ……」 「はぁっ!? おいおいおい……ちょっと待てよ仁! 待てったら……」 「彼、仁さんっていうんですか? ねえ、もしかしてちょっと怒ってる?」 「え、いや別に……あいつ人見知りなんで……怒ってるとかじゃねえよ。ごめんね」 「そんな、こちらこそいきなり話し掛けちゃったから。ごめんなさい~」  背後に、少し困りながらも照れ隠しのようなやりとりを聞いて、ひたすら波打ち際へと歩を進めた。  さすがに愛想無さ過ぎかって、へこんでみたけど、こればかりはどうしようもない。  別に丞が悪いわけでもないし、声を掛けてきた女たちにも罪はない。こんな海辺なんかで若い男女が出会えばこういう展開になるのは自然なんだ。分かってるけど俺にはあれ以外どうにも振舞いようがないんだ。  いつでもそうだ。元々無口な上に丞みたいに誰とでもすぐに馴染めるような性質でもないし。  こんな自分に少しばかり嫌気が差しながら、冷たい海水に一気に身体を浸けてみる―― 「冷てっ……」  心臓の縮まる思いに身震いをした肩を、いきなり背後から掴まれた。 「このバカッ! そんな一気に浸かったら危ねーっつーの!」  びっくりして振り返った先に、丞が目を吊り上げながらも笑っているのを見た瞬間に、水のそれとは別の冷たさが全身を伝うような気がした。  悪かった、ごめん、俺が大人げないせいでお前のこと困らせちまった。それが分かっているのに、一番言いたいことはそれなのに、どうしてか俺はいつも反対のことを言ってしまう。思ってもいないことなのに、嫌味めいたことが口をついて出てしまうんだ。 「なんだよ……もっとしゃべってりゃよかったじゃん……せっかくいい感じだったのに」  言ってしまってから後悔したってもう遅い。これじゃあの『焼肉』のときと一緒だ、何の進歩もない自分がほとほと嫌になった。 「ごめん……こんなこと言うつもりじゃなかった……マジで俺……」  うなだれる俺の頭をポコンと叩くと、丞は浮き輪を取り上げて、勢いよく海へと入っていった。 「ほらっ、行くぜ!」 「あっ……ちょっと待って……! お前だっていきなり入ってんじゃんかよ……」 「るせー! 俺りゃ~、いーの! お前と違って普段から鍛え抜いてるこの身体だからよー?」  自慢げに胸板を突き出して笑った。さっきまでのことなんか無かったように、あえて俺を責めようとはしない。  そんな丞が……好きだ。俺は丞が好き――  会ったばかりの女たちに嫉妬する程、ヤツが好きだ。  いっそのこと俺が女だったなら、何のためらいもなくアイツに気持ちを伝えられるのに――そう思ったらさっきの女たちが羨ましく思えたりした。 ◇    ◇    ◇  一通り泳いで浜をブラブラ散歩して、遅めの昼飯を食ってからパラソルに戻ると、さっきの女たちはもういなかった。  荷物はまだ置いてあるようだからどっか泳ぎにでも出ているのだろう。ホッとした気持ちと申し訳ない気持ちとで又、押し黙ってしまった俺を気遣ってなのか、丞は悪戯そうに笑いながら、『ちょっと早いけどそろそろ引き上げるか』と言った。 「え、でも……まだ時間早えんじゃねえ?」 「ん、夕方になると波高くなってくっから。泳ぐんならまだ明日もあるしさ、一旦ホテルにチェックインしてから茶でもしに、またビーチ来りゃいいじゃん?」 「ん、そっか……」  丞が気遣ってくれてるのを重々分かっていても、俺はまたしても『ごめん』も『ありがとう』のひと言も言えずに、ただ黙ってヤツの後ろから荷物を持って歩くことしか出来ないでいる。  ふと周りを見れば、午後の熱い日差しの中で楽しそうにはしゃぐカップルやらグループやらが目に入って、益々丞への申し訳ない気持ちが募ってしまった。  普通は皆ああなんだよな。彼女とか彼氏とか、そうでなくてもダチ同士とかで冗談言い合ってはしゃいで笑って――  それに比べて俺は面白いことのひとつも言えやしない。いつも無口で、大口開けて笑うこともなくて、こんな俺と一緒にいて丞が楽しいわけねえよ。  丞は元々明るい性質だし、高校の時だって今(大学)だってそうだけど、いつも丞の周りは賑やかに人が溢れてるんだから。  俺のせいで丞に気の毒な思いをさせてる、本気でそう思ったら心臓が痛くなった。  ごめんな丞、ホントは俺、もっと努力しなきゃいけねえって分かってるんだ。ホントにごめん。  広い背中を見つめ歩きながら、心の中でそう繰り返すしかできなかった。

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