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仁の海水浴日記(3)
「ね、相手どんなヒト? 告白すればいいじゃん! なんなら女心とかって教えたげる~!」
「そうそう、女の子の好みとかね~。プレゼントするならどんなものがいいかとかって。私たちでよければ何でも聞いて!」
まだ話が続いてるらしい。
急激に押し黙ってしまった俺をそっちのけで、既に告白云々にまで展開していた。
「さあな、プレゼントするったって何が好きかも知らねえし。これでも一応、常日頃アピールはしてるつもりなんだけどね」
「ええー、マジィー?」
ええー、マジー? はこっちの台詞だぜ……。
常日頃アピールって――じゃあ丞の好きなオンナって俺らの大学のやつとか?
そう思って、とりあえずは学内でそれっぽい女の顔をひとりひとり思い浮かべたら、急に心拍数が加速した。
傍では心臓がぶっ壊れそうな俺を差し置いて、女たちが益々盛り上がってる。
「ならもう案外気がついてるのかもよ? 彼女、あなたの気持ち知っててわざと知らんふりしてるのかも?」
「そうー、女ってそんなもんだよね? やっぱりオトコの方からちゃんと云ってくれるの待ってるってあるよね」
「ふぅん、そんなもんかね? でもアイツ、すげえ鈍感だから。多分気がついてねえと思う。ま、それ以前にコクってダメだったときのこと考えたら気軽に云えねーっつーのが大きいんだけどさ……」
「ええー! そんなー、大丈夫だよー。あなたみたいな男の人にコクられて嫌っていう女なんかいないって!」
「そうよそうよ、案外云ってくれるの待ってんじゃない?」
「あー、そう? そりゃ有難ぇ話だけど……。でも大マジメで俺、そいつのこと大事だから簡単にはできねえのよ」
「そんなに好きなの?」
「まあね、好きっつーか……結婚してえっつーか。とにかく一生傍にいてえなって……」
「うっそー! やだもうー、そこまで言われるとなんかこっちは引いちゃうよねえ~」
あまりに見込みのない、というか自分らにとって得のひとつにもならないような話に、女たちは完全にテンションが下がってしまったのか、早々に茶だけを済ませると、そのまま引き上げて帰ってしまった。
呆然としている俺の様子を呆気にとられたように思ったのか、既に中身の無いドリンクをズズーッとすすり上げると、丞は『俺らも帰るか』と言って席を立った。
◇ ◇ ◇
「珍しいじゃん、お前が女のナンパに乗るなんてさ? さっきのあれ、『ナンパ』だったぜ?」
「え……!?」
「気がつかなかった? だって席なんか他にいくらでも空いてたじゃん。座るトコ無えなんて、あれ嘘だぜ?」
「あ……マジで? 知らなかった……」
「は、やっぱな。お前が素直に女と合い席OKするなんてヘンだと思ったけど……やっぱただの親切心ってか?」
少し皮肉っぽく丞は笑った。
「違うって……もちろんそれもあったかもだけど……。俺、ホントはお前に申し訳無えってそう思ってて……」
「俺に? 何で?」
「昼間だってそうだったじゃん? 隣りに女の二人連れいたのに、俺のせいで何か雰囲気悪くしちまったっつーかさ……。こないだの花火んときだって……お前、いっつも俺に気ィ遣って女逃がしてりゃ悪いかなって……だから俺……」
「だからわざとナンパに乗ったってか?」
「や、さっきのはナンパとは思わなかったけどー……とにかく俺はっ……」
「俺の為にって言いてえの?」
「そーゆーわけじゃねえけど……」
丞にしては珍しくクソ真面目な表情で、心なしか機嫌もよくなさそうだった。なんだか気まづい雰囲気になって、よせばいいのに俺は咄嗟に一番気に掛かっていることへと話題を振ってしまった。
「そういやお前、好きなヤツいるって……。俺、ちょっとびっくりしちまった……いきなり結婚してえだなんてさ、そんな話聞いたことなかったし……」
チラリと上目使いにヤツの様子を窺った。もしかしたらあれは女たちを追い払う為の嘘八百だったのかも――と、そんなふうにも思えたからだ。
まさかさっきの女たちがナンパしてきたとは思わなかったが、丞が最初からそれに気が付いていたんなら、人見知りの俺を気遣ってわざとあんな態度をしてくれたのかな、なんて都合のいい想像までもが湧いてしまったからだ。
丞はいつだって俺の気持ちを即座に察してくれる。何も言わないけれど、俺が困ってるようなときはいつも自然な形でかばってくれるようなことがあるから、ついそんなことが浮かんだんだ。
だがそれは大きな勘違いだった。俺の儚くも都合のいい妄想は、丞のきっぱりとしたひと言で見事に玉砕してしまった。
「もしかだけどさ、あれって嘘……だったりする……? テキトーなこと言って女をからかってたとかさ……?」
「嘘じゃねえよ」
「えっ!?」
「嘘じゃねえって言ったの。俺、マジで好きな奴いるし」
「あ……えーと……その……へえ、そうなんだ……そりゃ驚き……ふぅん……」
それきり会話が途切れてしまった。
縦一列で歩きながら、俺は無論のこと、丞も無言だ。
訊かなけりゃよかった、俺は真っ先にそう思った。気まづい雰囲気を打開しようと、つまらない冗談なんか言わなきゃよかったのに……。
酷く後悔した気分だ。
だが、そんなこと以上に酷いショックで、しばらくは何も考えられなかったというのが本当のところだった。
もう陽の暮れた薄暗い国道を、かなり重苦しい気持ちで歩いた。
細いガードレールの内側で、すぐ横を通り抜ける車の煽り風までもが痛く心に突き刺さるような気がして、涙が出そうだった。
◇ ◇ ◇
部屋に帰ると豪華な夕飯が用意されていて、仲居の姐さんとのやりとりで何とか場を保ったといったところだった。
丞はあれから言葉少なだし、俺だって何を話していいかなんて分からない。
目の前で淡々と飯を平らげる様子をちらりちらりと上目使いに窺う度に、より一層現実感が増してくる。さっき丞が言った『好きな奴がいる』という言葉が重く圧し掛かって、飯なんか喉を通らなかった。
でも俺の口数が少ないのはいつものことで、丞にはそれがある意味慣れっこでもあるのだろうか、黙っていても格別な勘ぐりをするようなことは無かった。いつもと違うのは丞の方がしゃべらないということくらいだろう。
飯が済むと、丞は部屋に備え付けの露天風呂に入らないかと俺を誘った。
昼間チェックインのときにちらっと見たきりだが、結構な広さのある、しかも海の望める露天風呂だったようなのを思い出したが、正直そんなことはどうでもよかった。
それ以前に、とてもじゃないが一緒に風呂を楽しむ余裕なんかないというのが本音だったからだ。
風呂なんかどうでもいいから強い酒が呑みたい、と俺はぼんやりとそんなことを思っていた。
酒でもなければやってられない。普段はそう強いわけでもないし、進んで飲みたい方でもない俺が、さすがに今ばかりは酒にでも頼らないっていうと居られなかった。
「先に入っていい。……俺、ちょっと飲みたい気分なんだ。ほら、景色もいいしよ? 普段あんまり飲むこともねえし……こーゆーときくらいはさ?」
精一杯明るく言ったつもりだが、やはりどこか変に見えたのだろうか。丞は先程までの無口返上といった調子で少し不思議そうに笑うと、
「珍しいな? お前が飲みてえだなんて」
そう言って、いつものように俺を覗き込みながら頭を撫でてよこした。
ぐっと近寄り、傍で見る瞳もいつも通りにやさしげだ。俺の機嫌を窺うように、まるで子供をあやすようにやさしく穏やかに覗き込んでくる。いつもの丞だった。
「そんなら風呂出たら一緒に飲もうぜ? それとも先に飲むか?」
風呂支度をしたついでに開けた窓から、ふわりと生暖かい夜風が頬を撫でるのに、何故だか急に淋しくなるような気がした。
俺は曖昧な表情でもしていたのだろうか、丞はクイクイと指で徳利を扱う仕草をして見せながら『風呂でも酒でもお前の好きな方に付き合うぜ』というように微笑んでいる。
「……いいよ、じゃ、先に風呂入ろうか」
「お! そんじゃイイこと思いついた! 酒持って入りゃいいんだ」
そう言って冷蔵庫を覗き込みながら屈んでいるアイツの背中を見ながら、やっぱり俺は涙が出そうだった。
独りで飲むのが急激に寂しく思えただけ――
丞を風呂へやって、ここで独りで酒を飲むのが怖く感じる程に寂しくなった。ここからでも風呂の様子は見える位置なのに。
何故だろう、ほんの一瞬でもコイツの傍から離れるのが嫌だったんだ。
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