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仁の海水浴日記(6)

「バカ……見んなよ。恥ずかしいじゃんかよ……!」 (てめえに恥ずかしいなんて感情が存在すんのかよ?)  俺はまだポカンとしながら絶句、硬直していた。 「お前さ、ホント鈍感だからあえて言っちまうけどよ……俺の方が早いんだぜ?」 「――は?」 「俺の方が早いの、お前のこと好きかもって気が付いたの小学校卒業した春休みン時だったもん。……お前はせいぜい高校上がってからだろ?」 「なっ!? 何……言って……何でそんな細かいこと覚えてんだって」 「ああ俺、そーゆーの大事にするタチ(性質)なの」  照れながらも悪戯そうな瞳で、チラっと俺を横目に見て笑った。  信じられない展開にこれは夢だと思いつつも、そんな笑い方をされたら次第に身体中を逆流するような疼きが背筋を這い上がるようで、俺はブルッと身震いが走る思いがしていた。  だって――  丞はまだ腕の中にしっかりと俺を抱き締めたままでいて、俺の頬はヤツの厚い胸板にぴったりとくっ付いていた。  しかも風呂の中でマッパのままで――  のぼせていたせいもあるだろうが、身体を這い上がる微熱がドクドクと温度を増して発熱していくのをはっきりと感じた。  月光に照らされた丞の頬は、湯銭にけむり熟れるように紅潮してる。多分、俺も同じ色をしているんだろう、そう思ったらうれしさとも安堵ともつかない何かがこみ上げて、又目頭が熱くなった。  急に安心してしまったせいか、今までの焦れや緊張が一気に解けたことで気が緩んだのか、涙腺までもが緩くなってしまったようだ。  格別に悲しいとかいった感情もないのに何でか涙が溢れてくるんだ。  男のくせにこんなことで泣いちまうなんてバカみてえだ。情けねえ。  急に恥ずかしくなって、俺は抱き締められていた丞の腕から逃れようと身を反らした。  熱い肌と肌の触れ合いが離れた瞬間に、ふわりと心地よい涼風が肩を撫でて、 『――ああ、風……こんなに涼しかったんだな』  そんなことを思いながら俺たちは湯船の淵に腰掛け並んだまま、しばらくじっと俯いていた。どちらから話し掛けるともなく、ただただ身体の熱を冷ますように黙って肩を並べていた。 「――俺にだっていろいろ悩みはあんだよ」  遠慮がちに言われた言葉に真隣りの丞を振り返れば、まだ俯いたままのヤツの頬が真っ赤に紅潮したままだった。  珍しく視線を合わせようともしないで、それって何だか酷く恥ずかしそうにも感じられる。まるで必死に照れ隠しをしているようにも思えた。 「俺、おちゃらけて見えるかも知んねえけどさ、これでもマジメに悩んでんだって。でももういい……そんなことどうでもよくなった……」  どういう意味?  ポツリとそんなことを言った丞の顔は、見たこともないくらい恥ずかしそうに紅くなって、瞳は俺を避けてしどろもどろといったように泳いでいて、言葉はちょっと震えてもいるような感じだった。  丞はその紅い頬をそっと俺に押し付けて、おでことおでこを合わせるように俺の頭ごと抱き寄せて、そしてまた、軽く唇を重ねてきた。窺うようにぎこちなく、軽く重ねては離して、恥ずかしそうに急に俯いたりを繰り返した。  丞が照れている?  いつもは明るくて何に対しても動じることも物怖じすることもないようなコイツが、こんなに消極的に俯いて照れているなんて。  丞も俺と同じ気分なんだろうか、そう思ったら身体中が熱くなって、今しがたの焦れったく繰り返されたキスのせいとで、分身までもが熱くなっちまったみたいで、あまりの恥ずかしさに俺は咄嗟にヤツに背を向けて身体を丸めた。  こんなの見られたくねえよ、超みっともねえ……。  だけど丞はすぐに俺の手を取って、 「仁――」  湯の中で導かれ、軽く触れさせられたヤツのモノも……俺と同じように硬くなってた。 「バッ……カヤロ……何すんだって……」  やっぱり大胆なところは変わらないじゃねえか、ウブなふりしたって丞は丞だ。  恥ずかしくて身体が熱くて、バラバラになりそうだった。高熱出したときだってこんなに苦しくならねえよ……。  それでも幾分の恥じらいはあるのか、互いの欲情を隠すかのように頭をガッと掴まれてもう一度激しく抱き締められて、そしてもう一度キスをされた。今度はさっきのよりも激しいキス……だ。  バカ、こんなことすりゃ又興奮しちまうってのに。  触れ合う頬と頬も真っ赤で熱くてホントにのぼせそうだった。  身体中が熱くて頭が朦朧とする。本当に湯当たりしそうだぜ……。  そして唇を離すとそのまま頬、額と移動させながら、丞は俺の顔のあちこちを軽く唇で撫でるようにしながら言った。 「俺にだって……いろいろ悩みはあんだって。お前の親に……おじさんやおばさんに何て言ったらいいかとかよ、申し訳ねえとかいろいろ考えて……でもお前のコト諦めらんねえしで……フツウを装うのも結構辛かったんだって」 「俺の親に……? 何で……? それどういう意味……?」 「バカ……! だってそうだろ? 俺がマジにお前に惚れてるなんて知られてみろよ。いくら仲いい、幼馴染みだっつったって野郎同士なんて認めてくれるわけねーだろうが。しかも二人して両思いですー、なんて言ったら引っくり返るぜ親たち……。悪い冗談って笑い飛ばされるか相手にされねえか……仮に信じてくれたってドヤされるに決まってんだろーが。そんなんなったら今後どうやって顔合わしたらいいかとかさ、家だって隣りなんだし困るだろ? 親同士の付き合いだってギクシャクするだろうし、最悪絶交なんてことになったらそれこそただじゃ済まされねえよ。そう思って我慢してきたけど……でも正直苦しかったよ。だからって突っ走って素直になってお前に告って、挙句お前を失くすようなことになったら元も子も無えしよ? これでも散々悩んだんだぜ?」 「う……そ……そんなのって……」  初めて知った丞の気持ち。そんなこと考えたこともなかったよ、俺……。  親のこととか、ましてや丞の親父さんたちに申し訳ないなんて気遣うことさえ忘れてた。気が付かなかった。  そんなにも深い気持ちで俺を見ててくれたなんて……。  感無量だった。  何も言葉が出なかった。  と同時に、自分のガキさ加減が恥ずかしくなって益々気後れ、酷い自己嫌悪に陥りそうだ。正直なところめちゃくちゃへこんでしまった。 「でももう限界……お前があんましガキだから俺もコントロールきかなくなった」 ――え? 「いや、ガキなんは俺の方だな。親だの世間体だのを気にして自分抑えて偽ってばっかで……結局逃げてたのと一緒だ。もっと……真正面から向き合うべきだったよな? お前のこと好きだってちゃんと言やよかった。そりゃ『結婚』ってのは現実問題無理にしろさ、ずっと一緒にいてえなってそれはホントだったから。 これから大学卒業して社会人なってさ、そんでもお前と一緒にいてえなって。これでもマジメに将来のこととかシュミレーションとかしてたんだぜ? なのに肝心のことから逃げてたな俺。お前が好きだって……先ずはそれ言うのが先だったよな? そんでもって、後のことなんかお前と一緒に考えてきゃそれでよかったのにな」 「……んっ……丞っ……!」  押し当てられた唇の中に今度は舌が入ってきて、俺は本当にもうのぼせそうになった。  いろんなことが一気に頭を駆け巡って目の前がぼーっとなっていく。  ああ丞、俺、このままどうなってもいい気がするぜ?お前の腕の中でこのまま気を失ってもいい気分。  なんかすげえシアワセだ――  湯煙の霞越しにお前が俺を覗き込むのが見える。  いつものやさしい瞳で俺だけを見つめてる。  大好きなあの瞳に包まれて俺はそっと目を閉じた。 「仁……? おい仁っ! 仁ー!」  丞がデカイ声で俺を呼んだような気がするけど、なんだかすごく気持ちよくてこのまま眠ってしまいたい気分だ。  結局俺は湯当たりしたらしく、そのまま気を失ってしまったようだった。  翌朝、すっかりと陽が高くなってからやっと気がついた俺を、めちゃめちゃ心配そうな表情で、でもほんの少し不満げな表情で丞が見下ろしていた。 「あ……俺……? どうしたっけ……」 「……ったく、これからだってときにすっ倒れやがって……!」 「え……!? あ、ああ……そう……」  昨日あのまま風呂で気持ちよくなって、それからどうしたっけ?  昨夜のことを思い出したら急に恥ずかしくなって、俺は咄嗟に布団を被って寝返りを打った。 「この……バカタレが……」  ヤツはふてくされた顔で口を尖らせながらそう言ったが、すぐにいつもの瞳で俺を覗き込んだ。  いつもの――あの大好きな瞳で俺だけを見つめて笑ってくれた笑顔を見たら、信じられないような幸福に俺はしばらく夢心地から覚められそうになかった。 「まだ具合悪ィみてえ……。だからもうちょっと寝かして?」  必死で布団に包まりながらモゾモゾしている俺の頭に丞の指先がコツンとやさしく触れて、俺は又夢心地になった。 - FIN - 次話『丞の熱情夜日記』です。

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