10 / 15

丞の熱情夜日記(1)

 残暑も終わって、とっくに後期が始まっていた。  大学近くの繁華街。安いラブホテルの一室で、言葉少なに服を脱ぎ捨てる。  灯りを落として真っ暗にして全裸になって、まだベッドに横たわるわけでもなく、俺たちは暗闇の中で見つめ合う――  二ヶ月前の夏休み――一緒に行った海水浴で、ひょんなことから幼馴染みの仁に永年の想いを打ち明けてしまって以来、俺は少しおかしかった。  仁が俺に気があることは大分前から気づいていたし、二人きりでいるふとした瞬間に頬を赤らめたりするコイツを見ているのは楽しかった。  俺の周囲に女っ気が匂ったりする度に嫉妬と戦い、でもそんな感情を素直に表せなくて、唇を噛み締めては耐えるコイツの姿を見ているだけで酷く満足だったんだ。  仁のそんな態度が知らずの内に俺に安心感をもたらしていたのだということに、今更になって気づかされたのもある意味驚愕と言えなくもない。  そう、俺は近頃酷く不安になっていた。  仁は今時ふうの外見に反して、性質は至って素直で無垢な野郎だ。いわゆるイケメンっていう類に入るのだろう、ぱっと見でヤツを気に入る女だって少なくないだろう。  だが仁はそんな自分の価値に気づいてない上に、元々愛想のいい方じゃないから人見知りでぶっきらぼうで無口だ。  それが又、クールだなどと周囲から思われているだろうことにも当然気がついていない。仁はただ素直に俺の告白に驚き、喜び、そして受け入れ、満足そうで、あれ以来精神状態も安定していた。  それまでは時折見せていた嫉妬心なんかも、すっかり憑き物が落ちたかのように皆無だ。俺を信じて疑わないのだろう、大学が始まって女友達とツルんでいるところに鉢合わせても、照れたような笑顔でペコリと会釈をするようにもなったし、何より以前のような焦れた表情をしなくなった。  それどころか仁の周りに群れる奴らがやたらと目につくようになったのは俺の気のせいなのか、ヤツがダチに囲まれて笑顔を見せている姿なんかを学内で遠目に見たときなんかは、かえって俺の方が焦らされるようになってしまった。  今まであまり見せたことのなかったヤツの明るさを目の当たりにする度に、モヤモヤとした不安のようなものがこみ上げるのに酷く嫌な気がしていた。と同時に、得体の知れない加虐心のようなものが心の隅っこの方にくすぶり始めるのが少し怖くもあった。 ――めちゃめちゃにしてやりたい。  そんなふうに思うのだ。  あの告白以来、俺は何度か仁を抱いた。  想いを告げてしまったことで、それまでのセキが切れたかのようにアイツが欲しくなってたまらなくなった。  愛しくて愛しくて最初の内は(たぎ)る情熱をそのままに俺は仁を求め、仁はぎこちないながらも俺を受け入れ、俺たちはしばらくの間、熱にうなされたように幸福感を味わっていた。ちょうど両親同士の旅行中のことだったから、望むままに誰に遠慮することの無く、互いを貪り合ったんだ。  親が帰って来て元の生活に戻ってからも、何かにつけて俺たちは互いを求め合った。  さすがに親と同居の家の中じゃ思い通りにならなくて、こうして外で会うようになったのもある意味必然で、そんな機会は後期が始まるとより一層多くなった気がする。  学校帰りに待ち合わして安いホテルで身体を重ね、わざと時間をずらして帰宅する。まるで不埒なことをしているような気になるのが、より一層恋慕心を煽られるようで、俺の仁に対する執着心は焦がれんばかりに大きく熱く上昇していった。 ◇    ◇    ◇ 「なぁ……下着も脱いだ?」  わざと低めの、そしてほんの僅かに機嫌の悪そうな声色でそう言って、俺は仁の腰を引き寄せた。  俺より若干華奢なものの、仁とはそう大して身長も違わない。三センチくらい俺の方が勝るくらいだった。  要は同じくらいの身長だから、ヤツの胸板が俺の胸板とほぼぴったりと重なり合う。引き寄せた腰元の、身体の中心は既に半分熱を帯びたように存在感を増しているヤツの分身が俺のそれに触れて、暗闇の中できゅっと眉の細められるのを感じた。 「すげえな、もうビンビンじゃん」  又少し、声のトーンを低くして耳元ぎりぎりでそう囁いてやった。  吐息を吹きかけ、耳たぶをちらっと舌で撫でて、そうすると仁はピクリと肩に力を入れ、きゅっと瞳を瞑って甘い吐息を漏らす。  俺は仁の腰元を引き寄せたまま、分身と分身を絡め合うように擦り付けた。 「……っ、はっ……丞っ……て……」  前屈みになろうとする仁の腰元をぎゅっと押さえつけ、先走りでぬめり出した男根同士を一瞬でも離してやらない。  既にあがった吐息を熱く漏らしながら、仁は俺にキスを求めるような格好で唇を差し出した。 「な、丞……して?」 「何を?」 「……ん、キ……ス」 「キス?」 「ん……」  俺が黙っていると、仁は少し懇願したように下手(したて)に俺の表情を窺う。 「キス……してもいい?」  『キスして』から『してもいい?』に代わる。  パンパンに腫れ上がった分身は硬くてぬめって、おそらくはもう痛いくらいになっているのだろう、とろけた瞳を苦しげに歪ませてそう懇願する表情がゾクリと俺の加虐心を煽った。 「丞……なぁ、丞……」  意地悪く唇を背けても、求めるように追ってくる視線は潤んで、半開きになった唇がいやらしさをかもし出す。 「んな、物欲しそうな顔してさ? いつからそんな淫乱になったんだ? 今のお前の顔、すげえエロい。ほら、こっちも……こんなに汁垂らして。これってお前のだぜ? あ、俺のも出てるかもだけどー」  既にカチカチに勃ち上がった仁のモノをきゅっと軽く握り、蜜液の溢れている先端を指先で撫でてやる。 「……わっ! 丞っ! ちょっと待っ……」  口先では条件反射的に抵抗するものの、身体は待ってましたとばかりに、快感がこいつの全身を突き抜けていくのがありありと分かった。  俺にブツを触られたことでちょっとの緊張が解けたのか、仁は更に大胆に瞳をとろけさせ、さっきからのキスの続きをねだる。首筋に腕を回し抱き付いて、頬と頬とを合わせ、欲望に飢えて乾いた唇を持て余して俺を誘う。  そこまでしても自ら唇を重ね合わせて来ないのは一種こいつの俺に対する服従心なのだろうか、年上の俺の意向を尊重するような仕草が可愛く思えた。  こんなときは本心から仁が愛しいと思えるときだ。このまま二人きり、誰に会うことのなく自分たちだけの世界に閉じこもれるのなら、俺はきっと必要以上にこいつを大切に出来るのだと――そう思う。  嫉妬も不安も必要のない二人きりの時間がこのままずっと続いて欲しいとさえ思う。そうすれば俺は仁を甘やかして愛しんで、めちゃめちゃやさしく大切にこいつのすべてを愛してやりたい。  だが現実はそうはいかない。誰も居ない二人だけの世界なんて有り得るわけもないし、実際そんなのは空想の非現実だとよく解ってもいるからタチが悪いんだ。  こんなときだ、不安が全身を駆け巡るのは――  こんな気持ちになってしまうのがとことんバカらしくて怖くもある。  何をガキみてえにロマンに浸ってるんだろうかと自己嫌悪に陥ったりもする。  思うようにならない現実とそれを求める自分、僅かな夢幻の時間の中でジレンマと戦った挙句、結局俺にできるのは、わざと強がり意地の悪い言葉で仁を追い込むことだけだ。  グリグリと勃ち上がった分身を押し付けて絡め合わせ、ぬめった先端で腹を突付いて腰を固定して、欲望のギリギリ――果てまで追い詰めてやるんだ。  全身が欲情した性器のようになって淫らに悶えるこいつを見たいが為に、俺は何度も同じ意地悪を繰り返す。  自分じゃどうすることもできないくらいの快楽に溺れさせて求めさせて、そして酷い言葉で突き崩す。 ――淫乱過ぎ、  エロい顔すんな、  ヘンタイ野郎、  最低だな、  俺は何時こんな言葉を覚えたんだろう。  こんな酷い言葉。  これ以上蔑みようのない汚ない言葉を一等愛してる奴に平気な顔して吐き捨てるだなんて――

ともだちにシェアしよう!