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丞の熱情夜日記(4)

「ごめん、暴走した」  遮光カーテンから漏れていた夕陽が完全に翳ってしまったのか、真っ暗になったベッドで仁を抱えながらそう言った。  仁はクスっとやわらかく微笑んだだけで、俺の肩に顔を預けたままだ。 「そろそろ時間ヤバくね?」  手元の時計を見ながらそんなことを言っているのを見て、さっきまでの熱情が嘘のように現実感が戻ってしまうのが恨めしくも思えた。 「ん、じゃそろそろ支度すっか。シャワー、お前先浴びる? それとも一緒に行く?」 「バッカ……」  薄めに笑い合う自分たちの声が心なしか寂しげに感じられて、俺はもう一度強く仁を腕の中へと引き寄せた。 「あのさ、仁」 「ん、何?」 「俺、バイトでもすっかなーって」 「バイト?」  俺の腕の力を窮屈そうにじゃれながら、仁は不思議そうに俺を見上げた。 「ん、前から考えてたんだけどよ、何か毎回親の小遣いでこんなとこ来んのも何かなーって思っててさ。サークルも頻繁ってわけじゃねえし、来年になったらそろそろ就職考えなきゃだし。それにたまにはお前にプレゼントとかもしてえしさ? メシだって自分の稼いだ金で奢ってみてえとかさ、いろいろ」 「あ……うん、そっか。実はね、俺も同じコト考えてた」 「マジ?」 「うん、駅前の本屋あるじゃん? あそこ、こないだっからバイト募集の張り紙出ててさ。俺、人見知りだけど本屋とかなら何とかなりそうかなーとか思って。お前に相談してみっかなって思ってたとこ」 「へえー」  駅前の本屋ってあそこのことか。まあ、あの店なら明るい感じだし、店員も感じよさそうなおばさんとバイトも真面目っぽい奴が多かったような――  ま、あそこだったら安心かな。ふとそんなことがよぎって、俺は又、苦笑いがこみ上げた。  安心かな――だなんて、これじゃ俺保護者みてえじゃねえか。  仁のバイト先にまで安全性を求めるなんて、やっぱり相当イカれてる。しかもその安全性っていう意味がめちゃめちゃ邪だっていうことが解っているから、尚タチが悪いんだ。  真面目そうな学生アルバイトに、やさしそうなパートと経営者。そんなところだったら仁にヘンな悪さする奴もいないだろうし、何よりこいつに余分なちょっかいを掛けてくるっていう方向の心配もしなくて済みそうだから。 「ん、いいんじゃね? あそこ、よく俺も買いに行くし」 「マジ? なら行ってみっかな面接」 「何なら付き添ってやろっか」 「バカッ、いいよそんなん! ガキじゃねーんだからっ……」  ふてくされたツラが可愛くて俺は又もプッと噴出してしまい、それは仁も同じようで、二人で声を上げて笑い合った。 ◇    ◇    ◇  俺がバイトをしたいと思い始めたのは、後期が始まってすぐの頃のことだった。  夏休み中も漠然とそんなことを考えてはいたが、仁との熱に浮かれていてそれどころではなかった。情けない話だ。  一年のときに短期でバイトをしたこともあったけれど、所詮短期だったし、何よりも有難いことに親からの小遣いに不自由していなかったのもあってか、真面目にそういったことを考えたことが無かった。  仁に想いを告げていろいろと不安定に心が騒ぎ出すのがとめられなくなって、俺はそろそろ本気で何かを始めないっていうとヤバイ気がして焦り出したんだ。  こうしてホテルに通い出すようになってからというもの、その思いは益々強くなった。  親の小遣いでこんなとこに来るのは気が引ける。それ以前にこんなことの為だからこそ、てめえで何とかしたいって強くそう思うようになった。  今はまだ仁とのことを親たちに告げてはいないし秘密だが、将来のことを考えると自立のことを何よりも先に考えなくてはならないのは必然だ。  いずれ親にも本当のことを話さなければならない日が来るだろう。  確かに今はお互いに対する想いに火が点いた状態で、何事も冷静に考えられなくなっているのは自覚していたが、俺が仁とずっと一緒にいたいと思うのは嘘じゃないし、簡単な気持ちというわけじゃない。  遠い将来に、いや、案外近い未来なのかも知れないが、打ち明けなければならない時が来るのだろう。その為にも俺は何か新しいことを始めたかった。働くことで社会と接し、何かを得たいと、漠然とだがそんなふうに思っていた。  裏を返せばやはり自信が足りないのだろう、まだ親のスネをかじっている非力な子供の俺には自立なんて夢のまた夢だ。  何も解っちゃいない、だからこそ何かを始めなければならないと、痛切にそう感じてならなかった。  俺がもっと経験を積んで大人になれば、仁に対する独占心や焦れる気持ちもきっとやわらぐに違いない。親にも社会にも自信を持って向き合えるようになりたい。こんなふうにコソコソとじゃなく、堂々とこいつと共に歩いていけるようになりたい。そんな日を一日でも早く迎えられるようにと、俺は密かに決意のようなものを固めていた。  少し無口なままで呆然とそんなことを思い描きながら深い一服を吸い込んでいると、傍で仁も腕枕片手に煙草を銜えていた。 「で、お前はどーすんの? バイト、どっか目ぼしいトコとか決まってんのか? 何なら一緒に本屋に面接行く?」  照れたように仁が訊く。 「バカタレ、結局一緒に『面接』じゃしょーがねえだろが!」 「や、そーゆー意味じゃねえってば! 俺は単にバイト先の案を出しただけでー」 「はは、分かってるって。サンキュな? でも俺、もう行こうと思ってるとこあるから」 「――そうなの?」  先々週あたりからずっと気になっていたネットのアルバイト情報欄。案内によると、かなり待遇のいい話なのに未だに人材が確定していないのか、延々と募集が続いているひとつの職が俺の頭から離れなかった。  ひょっとしてアブナイ職業なのかなと思って一度下見に行ったけれど、外見からするには全くといっていい程、怪しげには見えない。しかも実は有名な会社だったりするから余計に不思議だったんだ。 「なあ何処? どんなとこでバイトすんのお前?」 「ん、まだ面接にも行ってねえし、連絡もしてねえから確実じゃねえんだけどー。ちょっとね、有名処。きっとお前も知ってるぜ?」 「はあ? 有名処って?」 「よくテレビとかにも出てるし」 「ま、まさかっ……まさかホストとか!? なあ丞、お前っ、自分イケメンだからって稼げるとか思ってんだろっ!?」  慌てて煙草をひねり消し、ちょっと蒼白といった感じで俺を覗き込んだこいつの瞳が不安にゆらゆらと揺れて可愛く思えた。  ああ、いつもこんな目で俺を見るこいつの気配がたまらなく心地よかったんだな、俺。  両想いになったって変わらずにこんな視線を向けてくれることに俺は又感動しちまって、キュッと胸の奥が熱く疼くのを感じた。 「はは、違うよ。ホストじゃねーって! 第一俺にゃ無理だ、勤まんねーよ。女大好きってわけじゃねーし。ましてや初対面のお客の女相手に上手く立ち回れる自信なんかねーし。ま、それ以前にお前にしかやさしく出来ねーしー俺?」 「は、嘘ばっか! ホントは女好きなくせに……。何かいいようにごまかされてる気がするんですけど」 「あはは、ごまかしちゃねーってば。俺、女よかお前の方が超好きだし、大切だし?」 「どうだか! ガッコ始まったと思ったら即行オンナと仲良く一緒に群れてんじゃんか! こないだも……今日の昼だって綺麗っぽい姉ちゃんとツルんでメシ食ってたくせに……」  その言葉に俺はハッとさせられた。  仁は変わってなんかいないんだ。俺が想いを告げたからってそれまでの焦れてた気持ちとか嫉妬とかが無くなったわけじゃない。安心したわけでもなく、ただ俺の気持ちを聞いたことで俺を信じて自分を抑えてただけなのか?  俺はポカンと仁を見つめて、しばらくは言葉さえ発せないままで固まってしまった。 「何……怒った? だっていいじゃん、たまにはそんくらい言ってもよ……。俺だって心配だもんよ」  又も口を尖らせて、仁は少し拗ねたように俺の肩から寄り掛かっていた頭を離したが、すぐにそれを引き戻して、髪を撫で回さずにはいられなかった。 「バッカやろ、怒るわけねーじゃん。ちょっと感動してただけ! 俺、すっげうれしいー」 「はあ? うれしいって何……」 「ん、お前が妬いてくれんのが!」 「うわっ……! バカ丞ーっ」  堪らずに俺は又、仁を枕へと押し倒し覆い被さった。

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