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act.3 ギブソン~隠せない気持ち~

 あの日以来、瀬名とはズルズルとセフレのような関係が続いている。身体に残る痕が薄くなるたびに上書きされていく程度には頻繁に。  関係が続けば続くほど、職場の誰かに目撃されるリスクが高くなっていく。それがわかっているのに、何故だか瀬名からの誘いを拒む事が出来なかった。  今まで、こんなに深く人と関わることは一度だって無かった。自分の連絡先は絶対に教えないし、相手にも聞かない。中には例外も居るにはいるが、それでも、身体の関係を持つのは一度だけだと決めていた。  それなのに――。 「鬼塚部長……?」  突然声を掛けられてハッとして顔を上げた。係長が怪訝な顔をしてこちらを見下ろしている。どうやら考え事をしていた間に何度か呼ばれていたようだ。 「あ、あぁ、すまない。なにか?」 「お疲れのようですが、大丈夫ですか? あ、これ以前言われていた報告書です」 「問題ない。あぁ、そこに置いといてくれ。後で目を通しておく」 「わかりました。では、何かあったらいつでも言ってくださいね」 「あぁ、ありがとう」  去っていく係長を見送りながら理人は小さく溜息を吐いた。その後ろから間髪入れずに大人しそうな社員が緊張した面持ちで書類を持ってやってくる。 「あ、あの部長……先日提出するように言われた企画書をお持ちしました。確認していただけますか?」  差し出された書類を受け取り、ざっと中身を確認する。 「……よくできているが、無難すぎるな。もっとテーマを絞った上で、やりたいことをもっと掘り下げろ。それから、この数値はもっと細かく設定し直せ。ここの数値が曖昧で、読み手によっては数値の意味が解りづらいだろう。はっきり言って、レベルが低すぎる。もう一度作り直してこい」 「え、あ……でも、これ以上は……」 「なんだ、出来ないのか?」 睨み付けたつもりは無かったが、部下の身体がヒャッと竦むのがわかった。 「……ッ、す、すみません、すぐやりなおします!」  企画書を突き返すと、部下は不満げな表情を浮かべながら席へと戻っていく。  その態度に、思わずため息を吐いた。  先ほどの企画書も着眼点は悪くなかった。だが、考察が甘すぎる。 つい先日提出された瀬名の企画書の方がもっと面白みがあったし、やってみたいと思わせるような内容だった。 「理人さん、ちょっと厳しすぎるんじゃないですか?」 「……おい、ここでは名前で呼ぶなと言ってるだろう!」  背後から聞こえた声に振り向くと、いつの間にか瀬名が傍に来ていた。  相変わらず、仕事の時は前髪を下ろしていて野暮ったい印象を受ける。伊達だと言っていた眼鏡が更に野暮ったさを加速させているように感じるのは気のせいではない筈だ。 瀬名は困ったような笑みを浮かべながら、理人の座るデスクに両手をつくと身を乗り出してくる。 「すみません、つい癖で……それより、部下のやる気を削ぐような言い方はやめた方がいいですよ。彼らも日々成長しているんです。せっかくやる気に満ち溢れている時に水を差すようなことを言うのは酷だと思いますけど」 「私がそれでは会社の為にならんだろうが。利益を上げなければ意味がないんだ。中途半端なレベルの物を世に送り出すわけにはいかないからな。温情や馴れ合いで妥協するつもりは無い」 「ハハッ、ほんっと仕事モードとのギャップが凄いな」 「五月蠅い! 用が無いながら席に着いてさっさと仕事しろっ!」 「用ならありますよ。今夜――」 「すまないが今夜は駄目だ。先約がある」  その言葉に、デスクに置かれていた瀬名の手がピクリと動いた。 「相手は男、ですか?」 「……お前には関係ないだろう」 「それは、そう……ですけど……」  あからさまに不満げな表情を浮かべ、瀬名は唇を尖らせる。 「……わかりました。また別の日に誘わせて貰います」 「そうしてくれ」  理人が視線を逸らすと、瀬名は諦めたのか肩を落として自席へ戻って行った。その姿を横目に見つつ理人は先ほど係長が持ってきた資料に視線を移した。

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